第536話 おじさん気を利かせるの巻
闘技場の舞台の上である。
超絶美少女であるおじさんが、敢闘したプロセルピナ嬢を抱きしめるような形で受けとめていた。
その姿に会場中から、ほう、と息が漏れる。
美しかったのだ。
一人で敵チーム全員を相手にしたプロセルピナ嬢。
苦戦しながらも勝利を掴んだその姿は多くの者の心を打ったのである。
パチパチと拍手の音が響く。
それはいつしか会場中に伝播していた。
プロセルピナ嬢を抱きしめたまま舞台から下りるおじさんだ。
舞台袖で治癒魔法を使って、一瞬で傷を癒やしてしまう。
「お疲れさまでした。今はゆるりとお休みなさい」
プロセルピナ嬢を近くにいたウルシニアナ嬢がおんぶした。
「リー様、プロセルピナは学生会室で寝かせてくるべ」
「頼みました」
ウルシニアナ嬢も良い笑顔をひとつ残して、軽快な足取りで闘技場を後にするのであった。
さて、と呟いてから、おじさんは動く。
舞台の上に転移したのだ。
「サムディオ公爵家領の皆さん。あなたたちもよくがんばりました。最初の棄権はいただけませんが、その後はよく戦いましたね」
パチンと指を鳴らして広域の治癒魔法を発動するおじさんだ。
「あなたたちもまたこの国を守る者、民たちを守る者なのですから。今回は敗れてしまいましたが、その悔しさを己の研鑽へと変えてくださいな」
ペコリと頭を下げてから、おじさんはニコッと微笑んだ。
その笑顔に敵方の生徒たちは見惚れてしまう。
男も女も関係ない。
おじさんの笑顔の破壊力が高すぎたのである。
「学園長! ということで、よろしいですわね?」
おじさんは理解していた。
学園長が先ほどから自領の貴族学園の生徒たちに目をむけていたことを。
なので先手を打っておいたのである。
「……うむ。仕方あるまい! 皆の者、ゆめゆめリーの言葉を忘れるではないぞ!」
はい! とサムディオ公爵家領の学園生徒たちが唱和した。
「学園長。身体を動かしたいのであれば、
おじさんの作った闘技場型の迷宮である。
その意図をしっかりと把握したのだろう。
学園長が唇をつり上げた。
「気が利くのう!」
そうなると思っていたのだ。
本来なら対校戦を見守る役目がある。
だがプロセルピナ嬢の戦いが学園長の琴線に触れたのだ。
先ほどから魔力が昂ぶっていた。
どうせこんな状態では、大人しく試合を見るわけがない。
なので、おじさんは発散してこいと言ったのである。
「では、参りましょうか」
学園長と姿を消すおじさんであった。
「まったく……」
ガシガシと頭を掻く男性講師だ。
うちの学園長は自由すぎる。
あと、おじさんも。
そんな思いを隠しながら、周囲を確認した。
「お前ら、次の試合があるから退場しろよー」
未だにぽーとなっている
男性講師の声に反応して、ようやく両者が動きだした。
「あの……会長と学園長はどちらに?」
キルスティである。
男性講師に声をかけたのだ。
「もうひとつの闘技場だろー」
男性講師は知っていたのだ。
学園長に聞かされていたとも言うが。
「なるほど」
納得したキルスティである。
「あのなー。さっきから演奏がとまってるから。そっちは任せていいかー」
そう。
男性講師は気づいていたのだ。
聖女が地団駄を踏んでいたことに。
「承知しました。そちらはお任せください!」
残された二人とともに、足早に舞台へとむかうキルスティだ。
「よーし、じゃあ第二試合の連中は入場してこいなー」
冒険者選抜の一組と冒険者選抜の三組が対戦予定である。
一組は王領にある冒険者組合からの選抜だ。
三組はラケーリヌ家領からの選抜になる。
両チームが姿を見せた。
だが、あんまりやる気が感じられない。
第一試合があれだけ盛り上がったのだから。
そんな思いがあるのだろうか。
「はー。そんな気がしてたー」
男性講師は胃の辺りをさするのであった。
一方でバックスクリーン下にある演奏用の舞台である。
「エーリカ、いつまでも拗ねないのです!」
パトリーシア嬢の声が響いた。
色々とケアをしていたのである。
今回は聖女の意見をまるっととおした形だ。
衣装などもおじさんに揃えてもらっている。
だが、プロセルピナ嬢にぜんぶ持っていかれてしまった。
まったく注目を集められないことに聖女は拗ねたのだ。
本来、バックグラウンドミュージックの係なのだから、それでいいのだけど。
むしろ本戦よりも注目を集める方がおかしいのだ。
でも、演奏をしている方としては、ちょっとくらいこっちを見てくれてもという気持ちは理解できる。
正直なところ、今までが上手くいきすぎたのだったとも言えるだろう。
「わかってるわよ。ちゃんとやるから!」
「で、どうするのです? このまま続けるのですか? それともいつもの演奏に戻すのですか?」
パトリーシア嬢の質問に聖女は頭を悩ませる。
思うのは、先ほどのプロセルピナ嬢の試合だ。
あんなに盛り上がる試合はそうそうにないと思う。
つまり、今回は巡り合わせが悪かっただけ。
次の試合が退屈なものなら、ワンチャンある。
そんなことを思うのだ。
一方で、対校戦は甲子園のようなもの。
それはもう何が起こるのかわからないのだ。
なので、ライブの再現をやるのは無謀のようにも思える。
「ううん、どうしよう」
「あんまり悩んでいる時間はないのです。もう次の試合が始まりそうなのです」
闘技場の舞台を指さすパトリーシア嬢だ。
既に出場する選手が揃っている。
「パティはどう思うの?」
「私はいつもの演奏に戻すべきだと思うのです。エーリカの提案したものは楽しいのですよ。でも、あれは別の機会にお披露目した方がいいのです」
「……なるほど。一理あるわね!」
パトリーシア嬢の言葉に背中を押された聖女だ。
「じゃあ! 今日はいつもの演奏に戻しましょうか!」
その決断に胸をなで下ろしたのは、ボーカル担当という大役を担わされていたヴィルであった。
「ちょっと待ったああああ!」
異を唱える者がいた。
シャルワールだ。
彼はこの再現ライブの間中、ずっとピエロの格好をさせられていたのである。
しかも、動くなと聖女に厳命されていたのだ。
「そりゃねえよ! オレなんかずっと我慢してたんだぜ! せめてオレの役に意味があったと思わせてくれよ!」
また面倒臭いことを、と思う聖女だ。
むっきむきの肉体をしているシャルワールは、このライブに合わないと聖女は判断していたのである。
だが、彼だけを無視するわけにはいかない。
だから雰囲気作りの置物としたわけだ。
当然だが置物に意味はない。
「仕方ないわね! シャルぱいせん。あなたには聖女特製のハンバーガーを進呈するから、それで我慢なさい」
「な!?」
声をあげたのはアルベルタ嬢である。
以前に食べたあの味を思いだしたのだ。
とても美味ではあったが、死ぬほどお腹が痛くなったあれを。
おじさんのお陰で事なきを得たが、あと一歩でマヨネーズによる集団食中毒事件となっていたのだ。
今、その禁断の封印がとかれようとしていた。
「ちょっと! エーリカ!」
大丈夫なのという視線を送るアルベルタ嬢である。
「ふふっ。自分も食べたいだなんて、もうアリィってば食いしん坊なんだから! いいわ! どうせだったら全員分、どーんとごちそうしようじゃないの!」
聖女の言葉に絶句するアルベルタ嬢だ。
もはやツッコむことを忘れている。
「なんだそれ? 美味いのか?」
「美味しいに決まっているでしょうが!」
失礼しちゃうわ、と聖女が言う。
そんな二人を見て、ため息をつくアルベルタ嬢であった。
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