第535話 おじさんプロセルピナ嬢の戦いを見守る


 学園長の一言はこの場で何よりも優先されるものである。

 それが身分社会における上位者の発言というものだ。

 

 おじさんは学園長の言葉を受けて、ニッコリと笑った。

 実に良い笑顔である。

 

「我が騎士プロセルピナ! 存分に力を奮うといいですわ!」


 おじさんの言葉にうっかり泣きそうなプロセルピナ嬢だ。

 だが、それは歓喜の涙である。

 充足したという喜びがプロセルピナ嬢の胸に満ちたのだ。

 

 そして、彼女の目には今まで以上のやる気がみなぎっていた。

 

 学園長の采配に観客席からも拍手がとんでいた。

 正直なところ、まだ見たかったのである。

 圧倒的なまでの強さを発揮した学園生の姿を。

 

 加えてプロセルピナ嬢が王都出身だったことも大きい。

 観客席の中には顔なじみもいたのだから。

 

 一方で絶望的な表情を浮かべたのが敵方である。

 サムディオ公爵家領の学園生たちだ。

 

 あんなものに勝てるわけがない。

 が、残る十四人全員で勝負ができるのだ。

 

 先ほど棄権を告げた生徒が中心になって輪を作る。

 作戦会議だ。

 

 提案された作戦は二つである。

 固まるか、分散するか、だ。

 

 前者の場合は全員が一個の塊となって結界魔法を張る。

 プロセルピナ嬢の一撃に耐え切れれば反撃できる。

 逆に耐えきれないのなら、一撃で試合が終わるかもしれない。

 

 後者の場合は十四人全員がある程度の距離をとって分散する。

 その場合、誰が狙われるかは運次第だ。

 一人を犠牲にして、集中砲火を行なうという算段になる。

 

 前者の作戦はまさに一か八か。

 ギャンブル性が高い。

 後者の場合は一人やられるだけだ。

 ならば――。

 

 サムディオ公爵家領の貴族学園生たちは全員の一致をもって、後者の作戦を採ることにした。

 

 闘技場の舞台の上にずらりと並ぶ十四人の敵。

 それを見て、プロセルピナ嬢はうっすらと笑みをうかべた。

 

「準備はいいなー。では、はじめー」


 男性講師の声がかかった。

 すぐさまに十四人が均等に距離をあけてばらける。

 

 なるほど、とプロセルピナ嬢は頷いた。

 敵方の作戦を理解したのである。

 

 では、どこから狙うのか。

 決まっている。

 それは敵の首魁だ。

 

 棄権を告げた男子生徒である。

 プロセルピナ嬢の目が男子生徒を捉えた。


 ちょうどばらけた生徒たちの真ん中にいる。

 敵方だってバカではない。

 それを予測して反撃しやすい位置に彼を配置したのだ。

 

「だよねー。そうなるよねー!」


 涙目の男子生徒である。

 他の十三人はそっと目を伏せて思った。

 ご愁傷様、と。

 

「いきます!」


 颶風を従えるかのようにプロセルピナ嬢が突っこむ。

 

「クッ! お前らわかってるよな! オレの犠牲をムダにするんじゃね……ぐはぁあああ」


 天高く錐もみ状に弾き飛ばされる男子生徒だ。

 方向転換をするために、プロセルピナ嬢の足がとまる。

 

 その瞬間を見計らったように初級の魔法が雨あられとなって彼女に殺到した。

 

「やったか!」


 砂煙のあがる舞台。

 初級とはいえ、十三人分の魔法である。

 さすがに耐えきれないだろうと十三人は考えていた。

 

 だが、砂煙の中からプロセルピナ嬢が姿を見せる。

 既に姿勢は前傾。

 暴風刺突サイクロン・ストライクの体勢に入っている。

 

 だが、全身のあちこちから血が流れていた。

 特に犠牲にしたであろう左腕からの出血が酷い。


 特に十三人の目を惹いたのは彼女の騎槍ランスが半ばから折れていたことである。

 武器の状態を考えれば、戦闘の続行は不能に思われた。

 

 からん、と音を立てて舞台の上に半分になった槍が転がる。

 

「き、棄権してもいいのよ!」


 敵方の生徒から声が飛ぶ。

 それに対してプロセルピナ嬢は返答した。

 

「我が身体は槍! リー様への忠誠という名の槍! 武器がなくなったからといって戦えないわけがないだろう!」


 プロセルピナ嬢は傷ついた左腕を水平に伸ばす。

 指の形は貫手である。

 

 学園長はウンウンと頷いている。

 こういうところが蛮族三号なのだろう。

 

「いくぞ! 我が身体こそが忠誠の槍なり! はああああ!」


 最も近くにいた敵に突進するプロセルピナ嬢。

 その生徒もまたなすすべなく、錐もみ状となって空を飛んだ。

 

 だが敵も然る者である。

 一人の尊い犠牲をだしながら次の行動に移っていた。

 全員がひとかたまりとなったのだ。

 

 当初提案された二案のうちのひとつである。

 槍を失い、怪我を負ったプロセルピナ嬢の突進力が落ちているだろうと判断したのだ。

 

「ここが勝負どころですわ! あなたたち気合いを入れなさい!」


 敵方の令嬢が叫んだ。

 その言葉に応と全員が唱和する。

 

「いいでしょう。その意気やよし! 私もまた全力をもって参ります!」


 ああああ、とプロセルピナ嬢が魔力を高める。

 それをすべて身体強化に回して、貫手にした左腕を水平に伸ばす。

 

「はりゃあああ!」


 気合いとともにプロセルピナ嬢が舞台上を駆けた。

 

「今よ、物理結界を張りなさい!」


 敵方の生徒たちの前に展開される物理結界。

 それは十二の幕となってプロセルピナ嬢の前に展開された。

 

 一枚、二枚と貫通していくプロセルピナ嬢の左腕。

 だが八枚の結界をぶち抜いたところで足がとまった。

 

 その隙を見逃さずに号令をかける女子生徒。

 

「今よ! やれええええ!」


 先ほどから一人減ったとはいえ、十二人の魔法の弾幕だ。

 それを真正面からくらうプロセルピナ嬢である。

 

 砂煙があがる。

 

「今度こそやったか!」


 何度もフラグを立てるサムディオ公爵家の学園生たち。

 だが、彼らが見たのは両の足で立つプロセルピナ嬢だった。

 

 既に装備をしている部分を除けば、満身創痍と言えるだろう。

 あちこちを怪我している。

 

 特に左手の指が酷い。

 曲がってはいけない方向に曲がっている指も見える。

 

 だが、彼女の目は未だに輝いていた。


「嘘でしょ? でも、絶対にこっちが有利! 畳みかけるわよ!」


 その言葉を聞いて、プロセルピナ嬢は再度笑った。

 好戦的な笑みである。

 

「覚悟! 先ほどの私には覚悟が足りませんでした! 我が身こそが槍というのなら! あのような突進しにくい形を取るべきではありませんでした!」


 そこへ初級の魔法が弾幕となって降ってくる。

 

「リー様に勝利を捧げると誓ったのです! 絶対に退きません

わ! 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの名にかけて!」


 パチパチと拍手をする学園長だ。

 ちょっと涙目になっている。

 

 感動したのだ。

 プロセルピナ嬢の決意に。

 

 プロセルピナ嬢は構えをとるのをやめた。

 そして前傾になったまま走りだす。

 全速力で。

 

 魔法の弾幕を最小限で躱しながら。

 前へ前へと進む。

 多少もらってしまうのは仕方ない。

 

 だが所詮は初級の魔法である。

 我慢できないことはないのだ。

 

「打ち方やめ! 結界を展開!」


 女子生徒の号令に従って結界が張られる。

 

「おおおおお! これが覚悟というものです!」


 プロセルピナ嬢が頭から突っこんでいく。

 先ほどよりも結界をぶち抜く速度があがっていた。

 

「クッ! このままでは!」


 十一枚。

 残りは一枚。

 そこで足がとまるプロセルピナ嬢だ。


「ああぁぁぁあああああ!」


 歯を食いしばる。

 血の味がした。

 

 思うのは、ただ一人。

 超絶美少女のおじさんである。


 リー様に勝利を捧げると誓ったのです! 諦めません!


 それは言葉にならずとも伝わってきた。

 おじさんも思わず拳を握る。

 

「プロセルピナ! がんばりなさい!」


 一進一退の攻防の中で響くおじさんの声。

 その声は確かにプロセルピナ嬢の耳に届いた。

 

「はい! リー様!」


 結界がパリンと音を立てて割れる。

 最後の一枚だ。

 

 信じられないという表情の学園生たちだ。

 その生徒たちを睥睨してプロセルピナ嬢が言う。

 

「私の勝ちですね! 暴風刺突サイクロン・ストライク!!!」


「ぎゃああああああ!」


 サムディオ公爵家の学園生全員が宙を舞った。

 

「勝負ありー」


 男性講師の声が響いた。

 

「ようやった! ようやったぞ! それでこそ貴族! 貴族の鑑じゃ!」


 学園長が拍手をしながら、声を詰まらせている。

 それを無視して、プロセルピナ嬢は振り返った。

 

「リー様! 勝ちまし……た」


 膝から崩れ落ちるプロセルピナ嬢だ。

 それを短距離転移で移動して、受けとめるおじさん。


「よくやりました。さすがはわたくしの騎士ですわ!」


 おじさんから褒められて、柔らかな笑みをうかべるプロセルピナ嬢であった。

 

 

「ぜんっぜん目立ってないわ!」


 聖女であった。

 

「エーリカさん、今日はもう大人しくいつもの演奏をしませんか?」


 答えたのはヴィルである。

 貴公子然とした彼はヴァンパイアをイメージした衣装を着て、ボーカルを担当していたのだ。

 

「くうううう! 悔しい! 負けを認めたくない!」


 聖女がだんだんと舞台の床を踏みならす。

 

「仕方ありませんよ。あんなに白熱した試合だったのですから」


「わかってる! わかってるけど! くううう! 認めたくないものね! 若さ故の過ちっていうものは!」


 聖女の姿にため息をつき、肩を落とすヴィルであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る