第534話 おじさんと薔薇乙女十字団は対校戦の初戦から見せつける


 多少の雲はあるが晴天。

 対校戦の初戦が始まるには幸先がいいと言えるだろう。

 

 王立学園も含めた貴族系学園が四校、冒険者選抜で四チーム。

 合計で八チームがトーナメントで対戦する。

 トーナメントの枠はクジによる抽選であった。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツからは、代表してキルスティが参加している。

 

 その結果、トーナメントの左端。

 一番の枠をゲットしていたのだ。

 

 つまり対抗戦の第一試合を飾ることになる。

 メンバーの選考には揉めた。

 

 結果。

 大将としておじさん。

 副将はキルスティ嬢。

 中堅はカタリナ嬢。

 次鋒はレオパルドン――もとい、ウルシニアナ嬢。

 先鋒はプロセルピナ嬢。

 

 という面子になった。

 聖女が大人しく退いたのは演奏があったからだ。

 どうしてもやりたいことがあったらしい。

 

 悪意と悲劇のライブを再現することだ。

 ある意味でゴシックロックの表現を極めたバンドである。

 

 ちなみに聖女はおじさんに衣装の青いドレスを作ってもらって満面の笑みを浮かべていた。

 髪の毛も衣装にあわせて、金髪縦ロールに仕上げている。

 

 そんな薔薇乙女十字団ローゼンクロイツと対するのは、サムディオ公爵家領にある貴族学園であった。

 

 キルスティの実家がある場所だ。

 そのため試合前にはキルスティに挨拶にくる者もいた。

 

「お互いにがんばりましょう」


 笑顔で対応するキルスティだ。

 だが胸の裡では、あなたたちが勝てる見込みはないけどね、と無慈悲なことを考えていたのである。

 

 聖女たちの演奏が始まる。

 ゴシックロック、あるいはロマンティックロック。

 弦楽器とギター、ベースの音が絡み合う。

 

 その音を聞きながら、プロセルピナ嬢はおじさんの前で膝をついた。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの脳筋三騎士の一人だ。

 

「リー様のために勝利を掴んでまいります」


 力強い口調だった。

 この日のために薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは修行を積んできたのだから。

 

 ハレの舞台なのである。

 脳筋三騎士だけではなく、全員が力を入れても仕方ないだろう。


「わたくしはあなたの勝利を信じています。ただ、その力はあなたが研鑽してきたもの。この場にて存分に発揮してきなさい。さぁ征きなさい、我が騎士プロセルピナ!」


 おじさんもノリノリであった。

 いや、それよりもプロセルピナ嬢が舞い上がる。

 なにせ、おじさんの口から我が騎士と呼ばれたのだから。

 

 勢いよく闘技場の舞台に駆け上がる。

 

「プロセルピナ、忘れ物だべ」


 ウルシニアナ嬢から舞台上のプロセルピナ嬢にむかって得物が投げこまれた。

 それは騎槍ランスである。

 

 本来は騎士が馬上にて使う武器だ。

 細長い円錐状の槍だと考えていいだろう。

 

 その木製バージョンである。

 投げ入れられたそれを、ハシッと受けとるプロセルピナ嬢。

 

 おじさんにむけて一礼する。

 そして相対する敵に目をむけた。

 

「はん! 騎槍ランスですって? バカにしているのですか?」


 サムディオ公爵家領貴族学園の先鋒は女性であった。

 

 肩あたりで切りそろえられた髪。

 ほんの少し吊り目がち。

 印象としては気の強そうな少女であった。

 

 手には魔法杖。

 装備はローブと胸甲のみ。

 見るからに魔法を主体にする相手だ。

 

「ふっ……」


 鼻で笑うプロセルピナ嬢であった。

 その瞳には余裕すらある。

 

「いいわ! 蜂の巣にしてあげる!」


 両者の距離は約十メートル。

 プロセルピナ嬢が騎槍ランスを構え、前傾姿勢になる。

 相手もまた初手から魔法を使う構えだ。

 

「両者ともに準備はいいかー」


 審判である男性講師の間延びした声が響く。

 二人は相呼応するように頷いた。

 

「はじめー!」


 男性講師の合図。

 それと同時に相手が魔法を撃ちこむ。

 

【火弾】

 

 狙いは適当でいい。

 プロセルピナ嬢は突っこんでくるしかないのだ。


 火弾は目くらまし。

 本命は足場を崩して走らせないこと。

 そのため土の魔法を準備する。

 

 それなりに使える相手なのだ。

 

 だがプロセルピナ嬢にとって、それは何度も訓練してきたことである。

 なにせ騎槍ランスなんて使っているのだ。

 

 誰だって同じような戦術をとってくる。

 だから、一気に魔力を練りあげ、すべてを身体強化に回す。

 

 脳筋三騎士の名は伊達ではない。

 目いっぱいに強化した身体で、プロセルピナ嬢は火弾の弾幕へと突っこんでいく。

 

「まったく! バカじゃないの?」


 ふつうならそれで勝負ありだ。

 自ら火弾の中に突っこむバカはいない。

 

 だが、プロセルピナ嬢はただのバカではなかった。

 極上のバカである。

 

「はあああああ!」


 火弾が炸裂するよりも速く。

 その先へ。

 

 ぼふん、と爆音がした。

 その中から、騎槍ランスを前にして吶喊するプロセルピナ嬢が姿を見せる。

 

 無傷だ。

 その瞳は真っ直ぐに相手を射貫いていた。

 

「いきます! リー様とともに磨き上げた必殺の一撃!」


 だりゃああとプロセルピナ嬢が前傾姿勢で突撃する。

 それは一陣の暴風さながらであった。

 

 目の前で風を巻いて突進してくる騎槍ランス

 それしか相手の目には映っていない。


暴風刺突サイクロン・ストライク!!」


 魔法ではない。

 ただの技名である。

 それを推奨したのは聖女だ。

 

 絶対に格好いいから、と。

 

 圧倒的な暴威の前で腰が抜ける相手だ。

 ぺたん、と女の子座りになってしまう。

 

「はああああ!」


 突進の勢いを緩めることなく進む。

 その前に男性講師が割って入った。


「はい、そこまでー。試合終……うおお!」


 停まらないプロセルピナ嬢。

 騎槍ランスの先端をわずかに躱す男性講師。

 

 そのまま突っこんでくるプロセルピナ嬢の腰に手をかけようとした。

 止めるためには、それしかないと判断したのだ。

 

 その瞬間である。

 

「プロセルピナ! 停まりなさい!」


 おじさんであった。

 その声で我に返るプロセルピナ嬢だ。

 

 間一髪というところで足をとめる。

 ふぅと男性講師は息を吐く。

 

 あのまま止めていたら、プロセルピナ嬢にダメージが入っていただろう。


「リー様!」


 おじさんにむかって膝をつくプロセルピナ嬢である。


「よくやりました。あなたの勝ちですわ!」


 その声でようやく相手を見たプロセルピナ嬢だ。

 相手は腰を抜かした状態で半ば白目を剥いている。

 

「リー様! このまま次も戦ってよろしいでしょうか?」


 質問の形をとっているが、実質的には懇願だ。

 表情を見れば、すぐに理解できる。

 

 おじさんはキルスティを初めとしたメンバーを見た。

 全員がおじさんに視線に対して首肯する。

 苦笑いをうかべながら。


「よろしくってよ! プロセルピナ、この試合はあなたに任せますわ! お好きになさい!」


「ハッ! ありがたき幸せ!」


 騎槍ランスで舞台をドンと叩くプロセルピナ嬢。

 次はどいつだと敵方に目を向ける。

 

「あのう……棄権したいんですけど」


 サムディオ公爵家領の貴族学園生徒から声があがった。

 恐らくはチームのまとめ役なのだろう。

 年長の男性が手を小さくあげている。

 

「はぁ? 棄権?」


 男性講師が頭を抱える。

 

 前代未聞だ。

 いや、聞いたことはある。

 

 男性講師よりも前の世代。

 その世代の試合は凄惨すぎたと。

 相手の魔法をすべて相殺した上で嬲り殺しにしただとか、攻撃する振りをして舞台の外にいる全員を半殺しにしただとか、チーム全員まとめて再起不能にしただとか、極めつけは学園長相手に禁呪を放とうとしただとか。

 

 噂だ。

 あくまでも噂。

 その結果、学園チームと対戦が決まった時点で棄権を申し出るチームがあったとかなかったとか。

 

 なんとなくそんな噂が頭をかすめる男性講師だ。

 

「このバカもんどもがっ!」


 学園長である。

 自身の領内にある学園の生徒たちを叱りつけたのだ。

 

「貴族とは! 弱き民たちを守る盾であり、剣であるのだ! 勝てないから退くなど言語道断! 死ねえええい! 戦って死ねえええい!」


 どこぞの塾長のような無茶を言う学園長である。

 男性講師もドン引きだ。

 戦略的撤退とかそういうのもあるだろう、と。

 

「まぁまぁ学園長。わたくしから提案がありますの」


 おじさんが激高する学園長に声をかける。

 こんな状態の学園長によく声をかけられるものだと感心する男性講師であった。

 

「こちらはプロセルピナ嬢一人でいいですわ。そして、あなたたちは残り全員でかかってきなさいな。プロセルピナ嬢が負ければ、うちの負けでかまいません」


 前半はプロセルピナ嬢を見ながら、後半は相手のチーム全員を見ながら言うおじさんであった。


 いや、そういうことじゃなくてと相手チームは思うのだ。

 なぜ戦うことが前提になっているのか、と。

 

「ふむ。それならばまだ……」


 考えこむ学園長である。

 一方で相手チームは思っていた。

 キルスティお嬢様、助けて、と。

 

 全員が懇願するような目でキルスティを見る。

 だが、キルスティは気の毒そうに顔を横に振った。

 

 なぜなら、こうなった学園長をとめる術を知らなかったから。

 そして、おじさんの頭の抜け具合を知っていたのだから。

 

「では、リーの案で続行!」


 学園長の鶴の一声であった。

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