第533話 おじさん対校戦の初日を終えて家族の武勇伝を聞く


 対校戦初日の開幕式も無事に終わった。

 意外とケルシーのどんどっとっと! は好評だったのだ。

 聖樹国の文化を初めて見る学生や、民衆たちにとっては新鮮だったのだろう。

 

 また複雑な音の重なりで表現されるものではない。

 単調な太鼓のリズムというのがわかりやすかったのだ。

 結果、闘技場の観客席からもアロロロロ! の声があがるまでになっていた。

 

 このノリの良さというのは国民性なのかもしれない。

 

 色々とあったが明日からは本番が始まるのだ。

 おじさんはと言えば、自宅に戻って満足そうにしていた。

 

 明日からの本番といっても何か変わったことをするわけではないのだ。

 いつものようにやることをやればいい。

 当たり前のことを当たり前にこなすだけなのだ。

 

 そんなおじさんと対照的だったのはケルシーである。

 未だに興奮が収まらないのだろう。

 

 弟妹たちと一緒になって、どんどっとっとをしている。

 ちなみにジャンベの魔楽器を叩いているのはクロリンダだ。

 

 楽しそうに踊っているところを見ると、ケルシーはもう呪いのことがすっかり頭から抜け落ちているのだろう。

 

「リーちゃん、明日は試合にでるのかしら?」

 

 最近お気に入りのラガーを飲みながら母親が聞いた。

 おつまみは蒸し鶏に食べるラー油を絡めたもの。


 よだれ鶏の変化球だ。

 プルプルとしたお肉とつけ合わせの香草が美味しそうである。

 

「さて、どうでしょうか」


 一チームあたりの出場人数は十五人である。

 ただし全員が戦うわけではない。

 試合は五対五の勝ち抜き戦で行われるのだ。

 

 五人目の大将を先に負かした方が勝ちとなる。

 

 勝利した者は次の相手とも戦えるが、棄権してもいい。

 いかに中級までの魔法、殺傷性の低い木製の武器といっても怪我をする確率は高いのだから。

 

 治癒魔法を使って回復することはできる。

 が、大会中はチーム内で回復しなければならない。


 そのため意外と戦略性が高いのだ。

 怪我の具合によっては回復できない、しないという選択も考えられる。

 

 結果、試合ごとにメンバーの入れ替えができるように、出場人数は十五人となっているのだ。

 

「まぁ……それもそうか」


 母親は納得する。

 対抗戦はお祭りでもあると同時にスカウトの場でもあるのだ。

 

 優秀な者は貴族のお抱えになるチャンスである。

 そうした機会を潰してしまうのはよくない。

 

 だって、おじさんが出ればそこで終わるからだ。

 攻撃のための魔法は使えない。

 武技と補助系の魔法のみという縛りはある。

 

 が、そんなもの縛りでもなんでもないのだ。

 おじさんなのだから。


「お母様やお父様は出場なされましたの?」


「どうだったかしら?」


 おじさんの質問に首を捻る母親である。

 その様子にふふっと笑いをこぼす父親だ。

 

「私とヴェロニカ、ドイルの三人は出場しているよ。一年生のときからね。でもヴェロニカは……ふふっ。最終的には出場禁止になっていたよね?」


「思いだしたわ! そうよ! 学園長に怒られたのよ! 心を折りにいくなとか言われて。いっそのこと学園で禁呪をぶっ放してやろうかと……ああ、そう言えばお兄様が色々と駆け回っていたような」


 物騒なことを言う母親である。


「ハハハ……思えば宰相閣下もあの頃から変わらないよね」


「自分は優等生でした、みたいな顔をしているけどスランだって学園長に怒られていたじゃない!」


「あれは仕方ないよ! 兄上のことをバカにしたんだからね。ちょっと痛い目を見てもらっただけさ」


 両親は楽しそうに笑っている。

 若かりし頃のいい思い出なのだろう。

 おじさんは、ふと気になって侍女を見た。

 

「サイラカーヤはどうでしたの?」


「私ですか? 私はお二人ほどの武勇伝はありません。大人しいものです」


 と、父親と母親を見る侍女だ。

 

「あなただってやらかしてたでしょう? 確か十五人全員を一人でぶちのめしてたじゃない?」


「恐縮です」


 侍女が母親に頭を下げる。

 

「十五人全員ってどういうことですの?」


「ええと……あれはそう! 相手が悪いのです! あと学園長も! 結局、許可をだしたのは学園長なのですから!」


 力強く拳を握る侍女であった。

 おじさんは思う。

 なんだかんだでうちの家族は全員やらかしているのだ、と。

 

 だから、自分はやらかさない。

 そうは思わないのがおじさんの悪いところだ。

 

 自分だってやらかしていいのだと思ってしまう。

 変なところで小市民的な、長いものには巻かれろ的な感覚が顔を覗かせてしまうのであった。

 

「ご歓談中に失礼いたします……お嬢様、ウドゥナチャが戻ってきております」


 家令であるアドロスだ。

 

「お父様、お母様、こちらに呼んでもかまいませんか?」


 おじさんの言葉に鷹揚に頷く両親であった。

 イトパルサからわざわざ報せを持ってきたコルリンダ。

 その報告を受けたおじさんは、使い魔だけではなくウドゥナチャにも動くように命を下していたのだ。

 

「あーえー失礼します?」


 ウドゥナチャが顔を見せた。


「ご苦労様でしたわね。では、報告を」


 居場所がなさげにしているウドゥナチャに、おじさんから声をかける。

 その気遣いがわかったのだろう。

 ウドゥナチャは頭の後ろを掻きながら報告を始めた。

 

「あーそうだなー。結論から言うと、蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースが動いていると思う。確証はないけど、その可能性が高い」


「ほおん」


 母親がカタリとグラスを置く。

 おじさんの作った切り子のグラスだ。

 お気に入りなのである。

 

「各地の魔物の活性化というのもその影響ですか?」


 おじさんが質問をした。

 

「あいつらがどんな手段をとっているのかはわからねえ。が、幾つかの組織があいつらに飲みこまれたって話だ。つまり……人手を集めてなにかしようとしてる。こいつらは末端だろうから、何も知らねえと思うけど」


「王都に侵入した形跡はありますか?」


 さらに質問を重ねるおじさんである。

 

「さて、何が目的かは知らんけど、その形跡はあった。王都近郊の森? あの辺でいくつか死体がでてる」


 恐らくはおじさんが学園長と一緒に地竜と戦った場所だ。

 

「死体の身元はわかっているのですか?」


「いや、ドロドロのぬちょぬちょだったからわかんねえ。死体も残さねえヤツらってのが蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースの評判だからなぁ。腑に落ちねえところはあるけど……オレはあいつらの仕業だと思っている」


「根拠は?」


 短く問うおじさんだ。

 

「勘」


 一言で答えるウドゥナチャであった。


「なるほど。警戒はしておく方がいいですわね。引きつづき情報の収集をお願いしますわ」


「うへぇ」


 と嫌そうな顔をしたウドゥナチャの頭に鉄槌が落ちる。

 家令である。

 

 無言で崩れ落ちるウドゥナチャであった。

 

「兄上と宰相、ドイルには私から報告しておこう。既に暗部は動かしているそうだけど……」


「リーちゃん、なかなか面白そうなことになってきたわね!」


 真面目な父親とは打って変わって楽しそうな母親である。

 

「アロロロロ!」


 ケルシーとアミラ、弟妹たちの声が響く。

 軽快なリズムと合わさると、なんだかお祭り気分になってくるのだから不思議なものだ。

 

「ま、やれるものならやってみるといいですわ!」


 おじさんが宣言する。

 その言葉に頷く両親であった。

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