第532話 おじさん色んな意味で波を乱す
闘技場における貴賓席で学園長が捕獲されていた頃である。
少し離れた位置にいた父親は
と、同時に
父親の隣にいた母親はもう闘技場に備えつけてある魔道具に興味津々であった。
特に大型の傘の魔道具。
あれはよくできているのだ。
傘の先端部分につけられた宝珠。
その宝珠に埋めこまれた結界の起動式。
母親の中にはなかった発想である。
いや現在のアメスベルタ王国において、こうした発想を持っている人間はいないのではないだろうか。
おじさんを除いて。
そうした意味で母親は
この才能に足かせをつけるのは罪だと。
新しい世界を作るだけの才覚があるのだ。
だからこそ
それは物理的な障害だけではない。
古い慣習やら何やら目に見えないものも含めて。
母親のそうした決意に呼応するかのように魔力も昂ぶる。
父親は敏感にその様子を感じとっていた。
が、口にはださない。
そんな公爵家の当主たちに近づく者は誰もいなかった。
闘技場に並んでいた他の参加者たちは唖然としていた。
胸中に渦巻くのは様々な思いである。
だが、やはりお年頃の者たちが集まっているのだ。
特におじさんの美貌への関心が高い。
超絶美少女であるおじさん。
揃いの衣装でばっちりキメた
かっこいい。
シンプルにそんな思いに満たされていたのだ。
特に王都以外にある貴族が通う学園の生徒からは、そうした思いが強く見えていた。
意識をしていなければ、自然と跪きそうになる。
そのくらいおじさんは美しくも威厳があったのだ。
特にカラセベド公爵家内にある学園の者たちは、その姿に感激していた。
――勝った。
なにに勝ったのかはわからない。
だが、そんな思いを抱える者がほとんどだった。
ちなみにフレメアの縁者であるララックは、従兄であるアポストロスの話を思い返していた。
そのお姿は女神様がこの世に顕現されたようで――。
大げさなと思っていたのだ。
だが、従兄は真実を語っていたのだと気づかされたのだった。
一方で冒険者組合からの選抜組。
その反応は大きくはふたつに分かれていた。
おじさんに対して心酔する者とそうでない者である。
さすがに負けん気が強いとも言えるだろう。
「おいおい、雰囲気に飲まれすぎじゃねえのか?」
クルートが言う。
猛き王虎たちに育てられている若手のホープだ。
そんなクルートに対して無表情であったヤイナが応える。
「バカは黙ってる。マニャミィは気づいているよね」
「ええ……」
どこか心ここに非ずといったマニャミィだ。
おじさんたちの演奏に目を見開き、驚いた様子を見せていたのだから。
「どういうことだよ、ヤイナ」
「あの人たちが移動したのは魔道具じゃない」
「あん? どういう意味だ?」
まるでわからないという表情のクルートだ。
「あれはたぶん転移の魔法」
「……どういうことだ?」
ヤイナがやれやれといった表情を作った。
「勇者を名のるなら古い文献くらい見るといい」
「いや、教えてくれたっていいだろ?」
仕方ない、とヤイナが息を吐いた。
「現在では失伝しているのが転移の魔法。それを復活させたとなると、あの人は……」
ぢっとおじさんを見るヤイナだ。
「なるほどなぁ。いかにも頭でっかちな貴族様ってことじゃねえのか?」
クルートは状況をよくわかっていない。
だからバカなのだ、とヤイナは思う。
「おう! そこの兄ちゃんよぅ。オマエ、今、リー様のことバカにしたんか、おおう?」
おじさんちの領都近郊から選抜された冒険者たちだ。
既におじさん信奉者なのだから、今のセリフは聞き逃せない。
「あん? なんだてめえら?」
クルートがすごむ。
その姿を見て、フッと鼻で笑う。
「オレたちゃよぅ、リー様の親衛隊じゃけん。バカにした言うんなら、ちぃと痛い目を見てもらわんとのう」
「ちょっと待ちなさいよ! 自称ってちゃんと付けておかないと後で怒られるわよ!」
そこへ女性冒険者が割って入ってきた。
「はん! どいつもこいつもあのお嬢ちゃんの犬ってことか?」
犬歯をむきだしにして挑発するクルートである。
「ああん? なに言ってンのよ! リー様の犬にしていただけるのなら、今すぐにでもしてもらうに決まってるでしょうが! ちょっとは考えて物を言いなさいよ!」
女性冒険者がクルートに食ってかかる。
「え? え?」
さすがにその反応は予想外だったクルートだ。
挑発する予定が大幅に狂ってしまった。
で、考えた。
クルートは必死で考えた末に言葉を紡いだ。
「……あの、なんかすんません。ボク、そういうのちょっと遠慮したいんで」
「はっ! 雑魚が! そんな覚悟もないのね!」
勝ち誇る女性冒険者だ。
一方でクルートは思っていた。
こいつらやべえと。
そんな喧騒をよそにマニャミィの目はステージに釘付けになっていた。
「リー!」
ステージ上で聖女がおじさんを振り返る。
今日の聖女はキレキレだった。
観客を煽るためのパフォーマンス。
そのすべてが成功していると言えるだろう。
聖女とケルシーにパフォーマーを任せてよかった。
そんな思いをこめて、聖女にサムズアップするおじさんだ。
「シャルパイセン! ドラムが走ってるです! アリィは少しだけ遅れ気味なのです!」
そんな中でも、しっかりと指示を飛ばすパトリーシア嬢である。
学生会のメンバーは思っていた。
自分たちの演奏がこんなにも人を楽しませるのか、かと。
魔技戦でも演奏はしていた。
そこでも盛り上がってはいたが、所詮は身内である。
学園内でのことだと思っていたのだ。
だが、今はちがう。
王都の民衆が入っている闘技場全体が揺れているのだ。
自分たちの奏でる音楽にあわせて。
それは見たことがない景色だった。
――楽しい。
言葉にすれば、それだけで事足りる。
しかし、この思いを表現すればどうすればいいのか。
言葉が足りないのだ。
自分の人生においてこんな経験ができるなんて。
そんな感情を爆発させるかのように演奏に力をこめる。
万感の思いをこめて音を奏でるのだ。
「いくぞー! お前らーいくぞー!」
聖女が声を張り上げて煽っていく。
それは観客だけではない。
学生会全員の気分も盛り上げていたのだ。
「華の乙女」
今回、どうしても聖女が入れたいといった歌である。
薔薇やら椿やらが咲き誇るお嬢様の戦いの歌だと力説していた。
そう歌入りの曲なのである。
なぜそんな選曲をするのか。
ただ演奏時間は一分強と短いのだ。
それで聖女は押し切った。
どうしてもこれが歌いたいのだ、と。
「リー様、よろしいのですか?」
アルベルタ嬢である。
演奏をしながらおじさんに近づいてきたのだ。
「かまいません。こういうのも楽しいではないですか」
「……そうですわね。あまり固定観念に縛られるのもよくないのでしょうね」
楽しそうに歌う聖女を見るアルベルタ嬢だ。
「じゃあ次はねーどんどっとっと! いくぞー!」
ケルシーが聖女に続く。
エルフの宴会で欠かせないどんどっとっとをやりたい、とどうしてもねじこんできたのだ。
ちなみにケルシーの呪いは解除されている。
ただし反省が足りないと見られれば、いつでも復活するが。
「アロロロロ!」
どんどっとっとのリズムで叫ぶケルシー。
エルフの伝統をバカにするわけではない。
ないのだが、一気に蛮族感がでてしまったのはおじさんの気のせいだろうか。
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