第531話 おじさん対校戦の開幕で演奏する


 その日は生憎と小雨がぱらついていた。

 前日の夜から降ったりやんだりと微妙な天気である。

 

 だが、今年はおじさんの作った全天候型の闘技場があるのだ。

 アラベスク模様が透ける傘に結界。

 その美しい景観に闘技場を訪れた人々は驚きを隠せなかった。

 

 いつの間にこんなものを、と。

 

 学園長はそんな声を聞くたびに鼻高々であった。

 幼なじみであるゴージツに怒られた甲斐があったわい、と。

 

 ゴージツもまた目尻を下げていた。

 リーちゃんはスゴいのうと。

 

 そんなことで注目を集めていたおじさんはというと、学生会室で皆を前にして立っていた。

 

「皆さん、しっかりと装備と衣装は行き渡ったようですわね」


 おじさんが事前に準備しておいたものである。

 主に千年大蛇の素材から作った装備品だ。

 

「会長!」


 相談役の一人であるヴィルが手をあげながら言う。

 おじさんは口を開かず首肯で応じた。

 

「本当にこちらをいただいてしまってもいいのですか?」


 そうなのだ。

 装備の質は極上である。

 上級の冒険者が身につけていてもおかしくないものだ。

 

「かまいません。ちょっとした伝手で素材が思った以上に手に入りましたのでお裾分けですわね」


 お裾分けというレベルではない。

 そんなことを思いつつも、ヴィルはおじさんを見た。

 

 艶然と微笑むその姿はいつものままだ。

 

 特別な贈り物に対しては、特別な意味を見いだそうとする。

 貴族の悪い癖だと言えるだろう。

 

 だが、おじさんにはそんな意図はまったくない。

 善意というか厚意というか。

 損得ではないところからの贈り物なのだ。

 

 納得してヴィルもまた微笑む。

 それは他の相談役である二人も同様であった。

 

「会長のご厚意、ありがたくいただきます」


 正式な礼の姿勢をとる相談役の三人である。

 

「うっそ! なんかすっごい馴染むんだけど!」


 そんな相談役たちとは異なり、既に装備を身につけている聖女であった。

 

「エーリカ、はしたないのです!」


 パトリーシア嬢からの叱責が飛ぶ。


「パティ、エーリカ、皆も。まずは衣装とともに揃いで作ったのだから着替えてみてくださいな」


 仲裁に入るおじさんだ。

 いつものようにワチャワチャしていては時間が足りない。

 もう対校戦の開幕はすぐそこなのだから。

 

 おじさんの言葉に従って、学生会室のパーティションで分けられた場所で男女別に分かれて着替える。

 

 男子は黒のミリタリー風のチェスターコートが印象的だ。

 背中の部分には薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのロゴが描かれている。

 あと、腕章の部分にもしっかりロゴが入っているのがポイントだろう。

 

 女子の方もミリタリーを意識したデザインになっている。

 黒をベースにしたトレンチコート風だ。

 男子と同じく薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのロゴが背中と腕章に入っている。

 

 別装備としては男女ともにモッズコート風の衣装もオマケで作っていたおじさんだ。

 この手の意匠が好きなのである。

 

「リー様! 総員準備ができました!」


 アルベルタ嬢の声でおじさんは目を開けた。

 待っている間に学生会長の椅子に座り、目を閉じていたのだ。

 

 全員がお揃いの衣装を着ている。

 なかなか壮観だ。

 

「では征きましょうか。本日は対校戦の開幕式のみ。本番は明日からですが、今日は演奏会もありますからね。皆、ふだんどおりの実力をだせば問題ありません!」


 全員が、はいと唱和する。

 その姿を見て、おじさんは再び微笑んだ。

 

「エーリカ、音頭をとってくださいな。気合いを入れますわよ!」


 おじさんが聖女を指名する。

 こういうのは聖女が適任だ。


「気合いいれっぞぅ!」


 聖女が一歩前にでて叫ぶ。


「シャオらぁ!」


 学生会全員が声をひとつにした。

 

「身幹順に二列縦隊!」


 アルベルタ嬢が声をかける。

 おじさんを先頭にして背の高い順に二列で縦にならぶ。

 

 こうして、おじさんたちは開幕式に参列するのであった。

 先頭を歩く圧倒的なまでの美少女。

 その後ろにならぶのは揃いの衣装を身につけた学生たち。

 

 恐ろしく規律の整った行動に、他の参加者たちは思った。

 なんか格好いい、と。

 

 一方で闘技場に詰め寄せた観客は静かだった。

 いつもとは違う王立学園生徒たちの入場に飲まれていたのだ。


 だが、少し落ちついたところで口々に声を漏らす。

 それはやっぱり格好いいというものが多かった。

 

「あー本日は生憎の雨。じゃが、この新しくなった闘技場では関係ないのう」


 呵々と大笑する学園長の挨拶が始まった。

 観客が驚いたのは、その学園長の姿が壁に仕込まれた大きな画面に映っていたことだ。

 

 おお、とどよめく観衆である。

 そのことに学園長はにたりと笑う。

 

 挨拶はつつがなく進んでいく。

 そして最後の挨拶が終わったところで、学園長が合図をだした。

 

 おじさんたちは短距離転移にて、バックスクリーンの下に設えられたステージに移動する。

 そのことにも驚嘆の声が漏れた。

 

「では、皆に対校戦を祝う演奏を聴いてもらおうかのう」


 ぱーぱぱららっぱーぱー

 ぱーぱぱららっぱーぱー

 ぱぱぱーぱぱぱー

 ぱぱぱーぱぱぱー

 ぱぱぱーぱぱぱっぱっぱっぱー

 

 パトリーシア嬢の独奏から始まる音楽。

 学園長とその関係者以外、全員が一気に耳を奪われてしまう。

 

 この楽曲を推したのは聖女である。

 第二の国歌なんだから! と。

 

 おじさんの前世において国歌の誕生は意外と古くない。

 最古とされるものでも十六世紀の初頭に作られたものだ。

 

 アメスベルタ王国においても国歌にあたるものはない。

 強いてあげるのなら、王室の祝い事で伝統的に奏でられる音楽はある。

 

 だが国歌として広く民衆にまでは知られていない。

 知識層である貴族や一部の民衆しか知らないのだ。

 

 また例年の対校戦ではこのようなイベントはなかった。

 開幕の挨拶のみで初日は終わるのだ。

 

 そのため闘技場に駆けつけた民衆たちは驚いたのである。

 本格的な楽団の演奏は初めてだという者も多かったのだ。

 

 民衆の間でも音楽は親しまれているが、それは吟遊詩人などが奏でるものである。

 こうした多くの楽器による演奏に度肝を抜かれたのだ。

 

「ウ、ウナイ……この演奏は」


 学園の老講師であるゴージツが学園長に声をかける。


「うむ。見事なものであろう。先の魔技戦においても演奏しておったがのう。より磨きがかかっておるな」


 かかか、と大笑する学園長。

 曇天模様ではあるが、気分は晴れ晴れである。

 

 そこで一曲目の演奏が終わった。

 闘技場の観客席からは割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 

「さて、そろそろワシも参加してこようかのう」


「バカなことを言うな。あれはあの子たちのための場だろうがっ! 大人のでる幕ではないっ!」


 正論である。

 老講師ゴージツは実に正しい。

 だが、そんな正論は蛮族三号には通じない。

 

「お前らーいくぞー! テンションあげてけ、おらぁ!」

 

 聖女の声が響いた。

 

「いくぞー! いくぞー! いくぞー!」


 ケルシーが観客を煽る。

 

 魔楽器を持ち替えている学生会の面子がいる。

 プロセルピナ嬢が奏でるギターの音が鳴る。

 

「アビスの力を思いしれっ! 開幕メイルシュトロームでございます!」


 聖女が叫んだ。

 

「さよならなのだ!」


 ケルシーが聖女の台本通りに続いた。

 

 そこからテンポの速い音楽が流れていく。

 そのリズムに民衆たちの身体が自然と揺れる。

 

 演奏をしている薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちの中で、小さくジャンプする者たちがいた。

 

「跳べえええええええ! いけ、おらああああ!」


 聖女が自分も跳びながら観客を煽っていく。

 すると観客の中でも小さく跳ねる者たちが現れた。

 

 自然とリズムにのれるのだ。

 徐々に闘技場の観客席が盛り上がっていく。

 

 呆気にとられていたのだが、そうしていいものだ・・・・・・・・・と理解できたのだろう。

 要は畏まらずともいいと判断できたのだ。

 

「後生じゃ! ゴージツ!」


「ええい、大人しくしとれっ! リーちゃんの演奏が聞こえんではないか!」


 老講師が学園長を取り押さえていた。

 観客の盛り上がりとともにウズウズする蛮族三号。


 老講師は控えていた職員数名とともに、学園長を捕縛し続ける。

 そしておじさんたちの演奏に耳を傾けるのであった。

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