第530話 おじさんの知らぬ場所でケンカする元妖精女王と元イトパルサ商業組合組合長


 イトパルサ近郊にある小さな森の中である。

 落ちぶれた二人が出会った。

 

 一方は商業組合の会長だったマディ。

 もう一方は元妖精の女王。

 

 その二人は今、睨みあいをしていた。

 二人の間に口を挟めずにいる暗黒三兄弟ジョガーたち。

 

 彼らは知っているのだ。

 女同士のケンカに口を挟んでいいことはない、と。

 

「もういっかい言ってみ? おおん?」


 マディがすごむ。

 下級とは言え、貴族の令嬢であったとは思えない表情だ。

 ヤンキー漫画の住人だとしても差し支えがないだろう。

 

「おばさんをおばさんって言って何が悪いのよ! 知ってるわよ、人間たちは目尻の小じわが気になりだしたらおばさんだって!」


 悪戯をするのに仕入れた知識が火をふいた。

 マディの顔面に亀裂が入る。

 元妖精女王の無慈悲な言葉はクリティカルだったのだ。

 

「お……おほほほ!」


 無理をして笑っているのが丸わかりである。

 

「ふふーん! だから契約なさいなって言ってるのよ! 魔法おばさんになれば、ちょっとは若く見えるんだから!」


「この妖精おばさんがっ! へらず口を!」


「な!? なにおううう! 私は目尻に皺なんてないもんにー!」


 ばちちと両者の間で火花が散った。

 暗黒三兄弟ジョガーの三人は、そっと気配を消す。

 そのまま二人から距離をとる。

 

 問題児の二人が同時に叫んだ。

 

「ぶち殺す!」


「わからせてやる!」


 奇しくも両者が魔法を詠唱するタイミングも同じだった。


「絢爛を満たす忘我の王よ! 清輝の騎士よ! クー=テンペスの悔恨を晴らせ!」


 マディが使える中でも位階の高い魔法である。


「泥梨の落とし子、七つ子たる業をもって無権の私刑を科せ! マ・ルーク・ド・サード!」


 腐っても元は妖精女王。

 なんだかんだで魔法を使えるのだ。

 

 ともに詠唱を終えたのも同時である。

 あとはトリガーワードを紡ぐのみ。

 

 その状態でお互いに睨みあっている。


 少し離れた場所から、ごくり、と暗黒三兄弟ジョガーたちの唾を飲む音が響いた。

 

 マディが動く。

 元妖精女王も呼応するように動いた。

 そんな二人の頭にざばぁと水の塊が落ちる。

 

「バカどもが何をしているんだ?」


 水の大精霊ミヅハの登場であった。

 

「げええ! だ、だだだ大精霊様!」


 元妖精女王の声に跪く暗黒三兄弟ジョガーたち。

 さすがにこの辺りは弁えているのだ。

 

「きゅきゅきゅー」


 マアッシュの使い魔である精霊獣が主に駆け寄る。

 

「そこの精霊獣が報せてくれてな。さて、元女王よ、なにか申し開きはあるか」


 龍人であるミヅハの尻尾が地面をぴしゃんと叩いた。

 

「け、けけけ契約をしようとしてたんでゲス!」


「ほう。あのような剣呑な雰囲気でか?」


 ミヅハがスッと目を細めた。


「ええ! ちょっとした行き違いがあっただけでゲス!」


「契約すれば聖域には戻らずともいい。そんな風に考えているのだろう?」


「え? ちがうの?」


 思わず口調を忘れてしまう元女王である。

 

「契約をしようがしまいが、どちらにせよ戻ってもらう。聖域から逃げた罰を受けてもらう必要があるからな」


「き、聞いてないでゲスううううう!」


 崩れ落ちる元妖精女王だ。

 契約をすれば聖域に戻らなくてもいい、と思いこんでいたのだ。


 地面をだんだんと叩く元女王の姿を一瞥して、ミヅハは言う。


「で、契約するのか、しないのか」


 その言葉はマディに向けられたものだった。


「……契約」


 少し間を置いて考えるマディだ。

 

 使い魔を持つ。

 それは魔導師にとってひとつのステータスだ。

 

 もちろんマディだって使い魔ガチャを学園で引いた。

 その結果は言わずもがなだろう。

 

 マディにとってはコンプレックスのひとつなのだ。

 それが今、手に入るかもしれない。

 

 口は悪いし、態度も気に入らない。

 だけど……。

 

「そうよ、私と契約して魔法おばさ……じゃなくて魔法中年になるのよ!」


 それはそれで酷い。

 なにか別の意味が含まれていそうだ。

 

 元妖精の女王にとっては契約はしておきたい。

 なにせ聖域を抜けだす口実ができるのだから。

 

 いつまでもあんな場所には居られない。

 それを思えば、契約はしておくに限る。

 

 だから言葉に気をつかったのだ。

 

「誰が中年じゃああ! ごるぁ!」


「なんで怒るのよ! おやびんなら魔法美少女だけど、そもそもあんたは少女じゃないし、もう若くも……ははーん。わかったわ! 若作りしたいのね! もう、それならそうと早く言いなさいよ!」


「……コロスコロスコロスコロスコロスコスコロオオオス!」


 完全にマディの地雷を踏み抜いた元女王である。

 目から光が消えたマディがメンヘラと化す。

 

「なんで! 本当のこと言ってるだけじゃない!」


 元妖精女王はやってしまった。

 おじさんにやられたのと同じことを無意識に。


 正論はいつだって正しいわけではないのだ。


「わかったわかった。もう契約はなしってことで」


 半ば呆れかえったミヅハがため息をつきながら言った。

 そのことに顔を真っ青にする元女王だ。

 

「くううう! あんたのせいだからね! この目尻の小じわが気になる魔法中年!」


 妖精の元女王は嘲るような笑みをうかべる。

 

「死ねっ!」


降魔の疾風剣アモス=トラール


 剣となった風が妖精女王に襲いかかる。

 

「待ってました!」


契約コントラクト!】


 元妖精の女王は起死回生の策を思いついたのだ。

 契約には魔力が不可欠。

 

 本来であれば、契約のための魔力は本人から譲渡されなければいけない。

 だが魔法が放たれているのだ。

 

 その魔法の魔力を横取りして契約となす。

 いわば強制的な契約だと言えるだろう。

 

 だから、敢えて挑発したのだ。

 最後の一言だけ。

 

 にやり、と笑う元妖精女王である。

 

「こんなものは無効だ、馬鹿者が!」


 半ば強制的に結ばれようとしていた契約。

 それを強引に破壊する水の大精霊だ。

 

「げえええ! そんな脳みそまで筋肉な破棄ってありなの!」


 あまりの力技につい暴言を吐く元女王である。

 その一言は水の大精霊の逆鱗に触れるものであった。

 

 急激に魔力が膨れ上がる。

 プルプルと震える水の大精霊の目が光った。

 

「この愚か者がっ! いっぺん死の淵を覗いてこい!」


九頭龍咆哮撃ハイドラ・エクスキューション!!!】


 本家本元の大技が炸裂した。

 黄金の九頭龍が大口を開けてブレスを吐く。

 

「みぎゃあああああああ!」


「ちぃ! あの人間も巻き添えにしたか!」


 元妖精女王と仲良く天空に打ち上げられたマディ。


「なんでよおおおお!」


 マディの声が蒼空に響くのであった。

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