第529話 おじさんの頭を悩ませる悪魔合体が行われるかもしれない


 そいつはぶぅんと羽音を立てて、やってきた。

 どこからやってきたのかはわからない。

 

 ただ、やってきたのだ。

 そして人々の目を盗んで悪戯をする。

 

 例えば牛の尻尾に火をつけて暴走させたり。

 村人の秘密を大声で暴露したり。

 収穫前の麦を円形に倒したり。

 

 それはもうやりたい放題であった。

 だが、ふつうの村人にはなにがやってきたのかわからなかった。

 

 奇妙な現象が起こって迷惑を被るだけである。

 被害というほどの被害ではない。

 

 だからといって放置するほどでもない。

 だが原因がわからないから不安になる。

 

 それでも数日も続けば沈静化するのだ。

 だから人々は首を捻りながらも忘れてしまう。

 

 そうした報告には上がらない被害が連続して続いていたのである。

 

「ひゃーひゃっひゃっひゃ! 自由だあああああ!」


 そんな声が各地で聞こえたそうである。

 

 一方でイトパルサの郊外。

 イトパルサの港から少し南へとくだった場所だ。

 ここには小さな森がある。

 

「いや姐御、それはマズいって」


 暗黒三兄弟ジョガーのガイーアがマディに言う。

 

「なんでよ! こうなったら私たちで作るしかないじゃない!」


 下級の魔法薬の話である。

 魔法薬組合にて一括仕入れを断られたマディ。


 一時は冒険者になることを目指したが、心が折れた。

 周囲から浮いていたからである。

 

 では、どうするのか。

 シンプルな話である。

 

 資金稼ぎのために、自分たちで魔法薬を作ろうとしたのだ。

 だが、これは王国では違法行為である。

 

 その昔はマディのように野良でお手製の魔法薬を作る者もいた。

 結果、中毒患者が蔓延したのだ。

 

 身体を壊す者が多くでたことから、王国でも法が整備されたのである。

 現在では有資格者でなければ、魔法薬組合に登録できない仕組みだ。

 

 まぁおじさんの場合は超法規的措置である。

 祖母を初めとして有資格者に幼少期から仕込まれていたことなども含めてのものであるが……そういうことだ。

 

 宮廷魔法薬師の筆頭にも認められるほどの実力者を放置しておくのは罪という考え方もできるだろう。

 また王制という仕組みだからこその超法規的措置だとも言える。

 

 そもそも魔法薬組合には登録してないし。

 

「いやいや! それがマズいんですってば!」


 ガイーアの言葉にオールテガとマアッシュも頷く。

 さすがにこの一線は譲れないのだ。

 

 もちろんマディとて、そこは理解している。

 だが他に方法がないと思いこんでいた。

 

 貧すれば鈍す。

 視野狭窄に陥っていたのである。

 

 王国法によれば資格なき者が魔法薬を製造販売した場合、有無を言わさずに死刑だ。

 情状酌量の余地があったとしても、長期間の労働刑は免れられない。

 

 かなり重い罪なのである。

 

「くうううううう! じゃあどうしろって言うのよ!」


 なにをやっても上手くいかない。

 資金はどんどん目減りしていく。

 

 一方で暗黒三兄弟ジョガーたちは順調だ。

 そのため自分が足を引っぱっていると感じてしまう。

 

 悪循環。

 当然だが暗黒三兄弟ジョガーたちは、このよくない雰囲気に気づいていた。

 

 だからこそしばらくは自分たちが養うとも言ったのだ。

 だが、それはマディの矜持に触れる禁句だった。

 

 親切からの言葉だったのが、それが裏目にでた形である。 

 マディは自分で自分を追い詰めていく。

 

 その結果が今なのである。

 

「言ったそばから薬草引っこ抜かないでくだせえよ」


 ガイーアの耳にマアッシュが耳打ちする。

 

「あ、それ薬草じゃなくて毒草だそうですぜ」


 その辺の知識はマアッシュが詳しいのだ。

 

「きいいいいい! なにが毒草よ! いいわ、こうなったら毒薬を作ってやるわ!」


「なに言ってんですかい、姐御!」


 毒薬なんて作って売った日にはというやつである。

 さすがにそんなバカなことはさせられない。

 というか自分たちの身も危ないのだ。


「けーけっけっけ! あんた面白いわね!」


 咄嗟に身構える暗黒三兄弟ジョガーだ。

 聞き覚えのない声に驚きつつも、しっかり臨戦態勢を整えている。

 

「おっと! 私はあんたたちの敵じゃないわ!」


 そう言って姿を見せたのは人相が悪い妖精である。

 いや妖精らしく姿そのものは愛らしいのだ。

 だが、雰囲気がやさぐれている。

 

「よ、妖精?」


「ふふーん。ただの妖精じゃないわよ! 私は妖精女王!」


 元だけど、と小さく付け加える元女王である。

 

「嘘つきなさんな! 妖精女王? そんなの聞いてたことないわよ!」


「なにいいい! 妖精女王のことを知らないって言うの!」


「っていうか妖精そのものが御伽噺じゃない!」


「なにいいい!」


 派手に驚く元妖精女王である。

 

「……むふふ。ガイーア、オールテガ、マアッシュ! そこの妖精を捕まえなさい!」


「え?」


 マディの言葉に驚くガイーアたち。


「え?」


 なんで驚いてるのよと抗議の声をあげるマディだ。

 

「その妖精が本物か偽物か知らないけど、捕まえて組合に持って行けば高く売れるでしょ! 生け捕りよ、生け捕り!」


 目に欲望の炎をたぎらせて指示をだすマディだ。

 だが御伽噺の中の存在を目の当たりにした暗黒三兄弟ジョガーたちは動けなかった。

 

 ――妖精に手出しをすると罰があたる。

 

 御伽噺の中で語られる迷信だ。

 その迷信が彼らを躊躇させたのである。

 

「ちょおおっと待ったあああ!」


 元妖精女王が声を張り上げた。

 さすがにヤバいと思ったのだろう。

 

「ねぇねぇ提案があるのよ」


「ほおん、提案ねぇ。それって私たちに得があるの?」


「これだから無知な人間ってのは! いい? 古来から妖精とは契約するものって相場が決まっているのよ!」


「契約?」


 意味がわからないと首を捻るマディである。

 

「そこのちっさい男が契約してるでしょ! 精霊獣と」


 マアッシュが照れて、モジモジとしている。


「いい? 妖精と契約するとね!」


 そこで勿体つける元妖精女王である。

 

「幸運に恵まれるっていうのよ!」


 どどーんとマディを指さす。

 だがマディは動じなかった。

 

「幸運じゃなくてお金が欲しいんだけど! お金が欲しいんだけど!」


「なんで二回言うのよ!」


「お金が無理なら仕事が欲しいわ! 同情するなら仕事をくれってなもんよ!」


 元妖精女王は思った。

 こいつら大丈夫か、と。

 

 いや、だがここらで契約を結んでおく必要がある。

 なぜなら追っ手が迫っていると考えていたからだ。

 聖域に連れ戻されることだけは勘弁なのである。

 

 ちなみに妖精と契約をするといっても条件があった。

 それは魂の波長があうのかというものだ。

 単純に魔力の量だけではないのである。

 

 幸か不幸か。

 マディと元妖精女王の相性はよかったのだ。

 ここを逃せば、いつチャンスがあるのかわからない。

 

 だから、元妖精女王は折れた。


「いいわ。この妖精女王に任せておきなさい!」


 もはや元をつけない元女王である。

 

「絶対だからね! 絶対だからね!」


 マディもなぜか元妖精女王に惹かれていた。

 相性がいいということだろう。

 

「さぁ私と契約して魔法おばさんになるのよ!」


「誰がおばさんじゃ、ごるぁ!」


 元妖精女王の言葉にマディが切れ散らかした。

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