第528話 おじさんまた儲け話を考えてしまう


 波乱の一夜が明けた。

 

 ケルシーは今日も泣いている。

 己の愚かさを嘆いているのだろうか。

 それとも呪いが辛くて泣いているのだろうか。


 おじさんは後者だと思う。

 だからまだ呪いは解かない。

 

 本当にちょっとどうかと思うのだ。

 蛮族であるのはいい。


 だが、人の上に立つのなら弁えなくてはいけない。

 それがなくてはお飾りになるだけである。

 

 一方で父親は泣きそうな顔をしていた。

 母親の顔はツヤッツヤである。

 ニコニコとしてご機嫌だ。

 

「リ、リーちゃん……ちょっといいかな」


 父親の声色がいつもより元気がない。

 

「なんでしょう?」


「昨夜の料理なんだけど……一回こっきりだよね?」


 ふむ、とおじさんは思案する。

 本当のことを告げた方がいいのだろうか。


 十中八九、両親は涙を流すだろう。

 父親と母親は真逆の意味で。


 だからといって誤魔化すことに意味があろうか。

 いや、ない。

 

 だって二柱の魔神が張り切って狩ってくるからだ。

 もはやヘビ系の魔物が絶滅するんじゃないかという勢いである。

 

 いずれバレる。

 だって、おじさんも在庫をさばかないといけないから。

 

 そこまで考えて、おじさんは口を開いた。

 

「お父様に提案があるのですがよろしいですか?」


「聞こうじゃないか」


「千年大蛇のお肉なのですが、他家に売ってしまうのはどうでしょうか?」


 くわっと目を見開く両親である。

 父親はそんなに在庫があるのという驚きだ。

 売ってしまうなんて勿体ないというのが母親だろう。

 

「先日、クロリンダの姉であるコルリンダから報告を受けたことは既にお伝えしたとおりですわ。で、わたくしの使い魔に駆除をお願いしましたが予想以上に多くて……」


 嫌なことを聞いた父親である。

 あんなものを毎日食べさせられたら身がもたない。


 効果覿面なのはいいのだ。

 だが、その後が辛い。

 

 いや、辛いというのはよろしくないだろう。

 子孫繁栄はいいことなのだから。


「ねぇリーちゃん、ちょっと思ったんだけど女性が食べるとどうなるの?」


 昨夜の食事も母親は自分の分を父親に食べさせていた。

 だから気になったのだろう。

 

「特に男性と変わりませんわよ。滋養強壮の効果が強いですわね。あとは多少は美容や健康に……」


「リーちゃん、そこ詳しく! 詳細な情報をお願い!」


 食いつき方がおじさんと同じである。

 さすがに母と娘だけのことはあるだろう。

 

「詳しくと言われましても……疲労回復の効果なんかもありますし、抗毒効果なんかもあるので、新陳代謝が活性化されてお肌がきれいになるとかでしょうか?」


 疲労回復の効果があると知った父親が顔を輝かせた。

 その表情を見て、おじさんは父親の前にトンと薬瓶を置く。

 気の利くおじさんなのだ。

 

 だったら最初から気を利かせる……というのは野暮である。

 

「リーちゃん! しゅてき! どのくらい売れる・・・の?」


 母親の笑顔におじさんも笑顔を返す。

 

「それはもうたくさんですわ!」


「がっぽりね!」


「がっぽがっぽ、ですわ!」


 おーほっほっほ! と声を合わせて笑う母と娘である。

 

 父親は思っていた。

 これは国中の貴族男性が大変なことになる、と。

 

 だが、やらねばならぬのだ。

 なんとしても、だ。

 

 だって売れ残ったら自分が大変なことになるのだから。

 皆で分かち合うべきなのだ。

 

 それが平和というものである。

 一人が独占してはいけないのだ。

 

 きゅぽんと薬瓶の蓋を開けて、ひと息に飲み干す。

 

「よし! じゃあ販売計画を立てようか! 手始めに義父上と義母上にも話をとおそう。手を貸してくれるかい? ヴェロニカ! リー!」


 やる気が満ちてきた父親なのであった。

 こうして、かつて王国の勇者と呼ばれた男は魔王の手に落ちたと評されることになるのだが、それは別の話だ。

 

 対校戦が近くなるほど王都は賑わいを見せる。

 加えて、各地から王都に人が集まってくるのだ。

 参加者はもちろん、対校戦を観戦したいという者もいる。

 

 王都にある冒険者組合の建物。

 そこでコルリンダは訓練場の観客席にいた。

 

 本来ならすぐにイトパルサに戻る予定でいたのだ。

 ただ相棒であるペゾルドに誘われて、対校戦を見ることになったのである。

 

「おう、あの三人組はいい動きしてるな」


 コルリンダに話しかけたのはペゾルドである。

 見た目は中年に足を踏み入れかけているが、自分ではまだまだ若いと思っているタイプだ。

 

 森の中ではバベルの前に醜態をさらしたが、本来はかなりの強者である。

 

「……猛き王虎の教え子だって聞いたけど」

 

 返答はしつつも、心ここに在らずといった様子のコルリンダだ。

 

「ほおん。さすがだな。ま、今いるヤツらの中だと頭ひとつ抜けている感じだな」

 

 ペゾルドの声を無視して、コルリンダは深く息をつく。

 

「なんだよ? どうしたんだ?」


 そんな相方の態度が気になったのだろう。

 ペゾルドが気遣いを見せた。

 

「リー様……御子様のことが気になってんだろ?」


「……それはそうだけど」


「なんなんだよ、オマエらしくない。そんなにリー様ってスゴかったのか?」


 どうにも歯切れが悪いコルリンダだ。

 だが、腹を括ったようである。

 

「王都の関係者は何を考えているんだかってね。恐らく御子様の実力は特級だもの。つまり、あの小僧っ子どもはどうやっても勝ち目がないってことね」


 冒険者の最上位階級は上級ではない。

 級を超えた実力者というのが偶にいるのだ。

 

 そんな人外につくのが特級という称号である。

 

「はぁ? 特級?」


 言葉の意味がわかっているのかという視線をむけるペゾルドであった。

 

「だからさ、賭けるなら御子様一択だってことよ。他に賭けるなんてバカがやることね」


 もう見るべきものは見たという感じで踵を返すコルリンダだ。

 

「先に宿に戻っているわよ。ああ、ペゾルド。屋台街でなにか買ってきてくれると嬉しいわ」


 お、おうとその背中を見守るペゾルドであった。

 

 ――特級冒険者。

 現在の王国にはいない。

 いや正確には現役ではいないのだ。

 

 ただ、一度だけペゾルドはその姿を見たことがある。

 狂ったように笑いながら禁呪をぶっ放す女魔法使いを。


 あれと肩をならべる?

 

 ペゾルドの頭の中には疑問符がわきあがるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る