第527話 おじさん素材の山を前にして遊ぶ


 翌日のことである。

 コルリンダは一泊した後に、朝食をいただいてから公爵家を発った。

 

 温泉に食事に遊び。

 特にルビアの涙という酒は絶品であった。

 妹であるクロリンダからわけてもらったのである。

 

 御子様のために働いて下賜してもらったと言い張っていたのだが、コルリンダは怪しいものだと思っていた。

 ただルビアの涙の美味しさの前で、そのような野暮なことを言いたくなかっただけである。

 

 正直なところ一泊では足りないくらいにいいところだった。

 ここでの生活が続けばダメになる。

 そう思わせるくらいには楽しかったのだ。

 

 ただ……族長の娘はずっと泣いていたけど。

 額にある青色・・の呪紋。

 御子様の仕業らしい。

 

「あの子たち、森に帰ってやっていけるのかしら」


 つい心配になるコルリンダであった。

 

 一方でおじさんである。

 一晩経過して戻ってきた使い魔たちから報告を受けていた。

 ついでに宝珠次元庫から素材ももらいうける。

 

 ヘビ系の魔物は色々と素材に使えるのだ。

 特に胆嚢や血などは治癒薬を初め、様々な薬の素材になる。

 

 実際におじさんの前世でもそうだった。

 胆嚢といえばクマのものが有名だったが、実は効果はヘビの方が高いとも言われていたのだ。

 

 むろんおじさんは情報だけを知っているパターンである。

 そんな高級なものは口にしたことがない。

 

 公爵家邸地下にあるおじさん専用の実験室である。

 

『主よ、これだけの素材があればかなりのものが作れるな』


 牙、皮を初めとしてかなりの量がある。


「それよりトリちゃん、このお肉をどうします?」


 そうなのだ。素材としてよりもお肉の方が遙かに多い。

 なにせ死体が丸ごと残っているのだから。


 あの二柱はどうやって倒したのだろう。

 見た目に傷がないというのが怖い。


『ヘビ肉か。もちろん食用にできるぞ。特に千年大蛇のものは滋養強壮の効果が高い。味はたんぱくでクセがないとされる』


 鶏肉のようなものかとおじさんは思った。

 なら使い勝手がいい。

 

 唐揚げにしてもいいし、香辛料を使って焼き上げるのもいい。

 ローストチキンならぬ、ローストスネークでもいいだろう。

 

「子どもが食べてもいいのですか?」


『うむ。滋養強壮の効果が高いとされるからな。大量には食さない方がいいかもしれん。そもそも千年大蛇の肉などそうそう手に入らん貴重な品だ。それ故に子どもが口にしたという文献がない』


「それもそうですわね……」 

 

『一応だが肉の方も素材にはできる。が、やはり食用とした方がよかろうな』


「念のために聞いておきますけど、なんの素材になるのです?」


『下級の魔力回復薬だな』


「それは勿体ないですわね。代用品がいくつもありますから」


『うむ。ああ、古代魔導帝国、正確には前期の時代にはゴーレムの素材としても使われていたようだな。かなり特殊な術式が必要となるのだが……』


「詳しく! その情報を詳しく!」


 おじさんが食いついた。

 やっぱりそういう情報はワクワクするのだ。

 

『いや、おすすめはせんぞ。なにせ文献がほぼ残っておらんのでな。何の目的で使われていたのか、どんなゴーレムができるのかなど不明だ。全貌がわからん以上は手をださない方が無難だと言えるだろう』


「つまり……ガチャってことですわね!」


 おじさんの目がらんらんと輝いた。

 それを見て、トリスメギストスは思う。

 これはもう止めてもムダだ、と。

 

『まぁその錬成は後回しにしよう。主よ、あの娘っ子たちの装備を調える方が先だろう?』


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのことである。

 そもそも大量に手に入るであろう大蛇の素材を、どうやって消化するのかという点で、うってつけだったのだ。

 

 既にアルフレッドシュタイン・ツクマーには手紙をだしているおじさんである。

 恐らくは一体か二体はそのまま買いつけていくだろう。

 

 ただし残りもいっぱいあるのだ。

 どんどん増えていくのだから。

 

「そうですわね。トリちゃんのいうとおり、先にそちらから片づけていきましょう」


 大量の素材を前にして、おじさんが魔力を練りあげる。

 気合いとともに錬成魔法を発動した。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ専用のマント、軽鎧が次々とできあがっていく。

 さらに一人一人に合わせた武器も錬成していくのだ。

 

 あっという間に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのデザインが入った共通の装備ができあがった。

 おじさんの錬成魔法はチートの域を超えているのかもしれない。

 

「トリちゃん! ついでにお薬も作っておきましょう」


『うむ。生き血と胆嚢、それに毒腺も使えるか。あとは眼球に心臓、よりどりみどりであるな。よし、主よ。では我が最大効率で薬を作っていく』


「頼みましたわ!」


 おじさんとトリスメギストスの連携も板についたものである。

 当初のデコボコ具合が今では信じられない。

 

 一瞬でお薬まで錬成してしまうおじさんたちなのであった。

 

「ううん。正直、自分がちょっと怖いですわね」


 今さらではある。

 が、トリスメギストスに効果を聞きながら、薬を宝珠次元庫へと仕舞っていく過程で思ったのだ。

 

 これ、大丈夫な薬なのか、と。

 それでも報告だけはしておこうと思うおじさんである。

 

 同時刻。

 なぜか背すじにぞわりとしたものを感じた父親であった。

 いや、父親だけではない。

 この国に生きる貴族の男性全員が、ぞわりとしたものを感じたそうである。

 

『主よ、だから我は言うのだ。気をつけよ、と』


「といってもですわ! トリちゃんがいるからこそできるのであって、わたくしだけの力ではありませんからね」


『のほほほほ。わかっておるではないか、主よ』


 珍しく毀誉褒貶の毀と貶を抜いた賞賛を得て、トリスメギストスが奇妙な笑い声をあげた。


『よおし、主がそこまで言うのなら、この智の万殿であるトリスメギストス! 本気を見せようぞ!』


 完全に調子にのっている。

 だが、そこに水をさすおじさんではないのだ。

 

「この調子でガチャを引いてみますか、トリちゃん!」


『ぬわははは! 任せておけ! 主よ、このトリスメギストスの権能、たっぷりと味わわせてやろうぞ!』


 おじさんから魔力の供給を受けたトリスメギストスが、特殊な魔法陣を発動させる。

 もちろん対象はヘビ肉を中心とした素材群だ。

 

『今、ここに蘇れ! 太古のゴーレムたちよ! ぬわりゃあああ!』


 ビカビカと魔法陣が光る。

 高速で点滅を繰りかえして、繰りかえして。

 

 そして、できあがったのは蛇人ともいうべき怪物だった。

 全身をヘビの鱗で覆われた姿である。

 

 基本の形は人間だ。

 ただし肩から頭にかけて、コブラのような幅広のヘビの頭がくっついている。

 

 ゴーレム?

 おじさんは違和感を覚えていた。

 

 目の前にいる存在は妙に生命力にあふれているように見えたからである。

 

 ゴーレムであるのなら生きてはいない。

 自我を持たない。

 

 だが、縦に割れた瞳がおじさんを捉えたような気がする。

 

『どうだ! 主よ、これが我の実力である!』


 どうやら使い魔はまだ気づいていないようだ。

 

「トリちゃん、この子、なんだかおかしいですわ」


『む!?』


 その瞬間である。

 蛇人がおじさんにむかって飛びかかった。 

 

「オレサマ、オマエ、マルカジーリ!」


 おじさんは慌てない。

 慌てるほどの速度ではないからだ。

 

 ばちんと指を鳴らす。

 その瞬間に地面から鎖が出現して蛇人を拘束してしまう。

 

 おじさんの使い魔である。

 アンドロメダの鎖だ。

 

「トリちゃん! どういうことでしょう?」


『ううむ。よくわからんな! まぁこの程度の雑魚でよかったな』


「扱いに困りますわね。どういたしましょう?」


 そこへ二柱の魔神が姿を見せた。

 

「主殿よ、そこなできそこないを麻呂たちに預けてくれぬでおじゃるか?」


 バベルである。


「かまいませんが、なにか腹案がありますの?」


 おじさんの問いに答えたのはランニコールであった。


「小生たちの小間使いとしたく考えております」


 なるほど、と首肯するおじさんだ。

 

「よろしい。では、あなたたちにお預けしますわね」


 ハッと短く返答をする二柱の魔神たち。

 鎖の拘束を解かれると同時に、蛇人は二柱を見た。

 

 ぢっと見た後で膝をつき、頭をたれる蛇人である。

 

「主殿よ、そやつが使えそうなら何体か作ってほしいのでおじゃるが……よろしかろうか?」


「たくさん余ってますから大丈夫ですわよ。そもそもあなたたちが狩ってきた魔物ですから。必要とあればいつでもおっしゃいなさい」


「ありがたく」


 そして蛇人を連れて姿を消す二柱であった。

 

『うむ。まぁ終わりよければすべてよしということだな!』


「今回のガチャは成功だったのか、失敗だったのか。よくわかりませんわね!」


 ナハハハと大声で笑うトリスメギストスであった。

 

「トリちゃん、お肉を厨房へ持っていきましょう。それとお父様に報告ですわ!」


 地下の実験室から勢いよく引きあげるおじさんなのだ。

 

 その日の夜のことである。

 夕食を前にしたおじさんが朗々と語っていた。

 

「古い言葉に医食同源というものがありますの。要は医と食というのは同じである、と。つまり食事もその素材や調理によって薬となるということなのですわ」


 ほう、と声をあげたのは父親であった。

 

「本日用意いたしましたのは、千年大蛇の香草焼きですわ。滋養強壮の効果が高いと言われる千年大蛇、その肉に薬としても使われる香草を使っております」


 見た目はすごく美味しそうである。

 というか両親は千年大蛇という部分で、ぎょっとしていたが。

 

 父親は滋養強壮と聞いて、頬をひくつかせていた。

 一方で母親は目を輝かせていたので、真逆の反応である。

 

「そこのケルシーを見てくださいさな。かわいそうに呪いの影響で頬がこけ、顔が土気色になっています。ですが、この料理を食せば……」


 おじさんが合図をだした。

 同時にケルシーがハグハグと食べだす。

 少しは呪いになれたようだ。

 

 とても美味しかったのだろう。

 翡翠色をした瞳を輝かせて、食べる速度をあげる。


 そんなケルシーの顔色がみるみると変わっていく。

 土気色だった肌に朱がさし、明らかに血行がよくなっているのがわかるのだ。

 

「んん!!!!!」


 ケルシーが立ち上がった。

 ドンドンと両手で胸を叩いて、ドラミングをしだす。


「んんーーーーー!!」


 両手を天に掲げて、大声で叫ぶ。


「……けるちゃん、すごい!」


 妹がケルシーを見てはしゃいでいる。

 ケルシーは二の腕に力こぶを作って、叩いてアピールした。

 

「んんんんんんんん!」


 空になった皿を突きだして大声をだす。

 おかわりだ、とでも言っているのだろう。

 

 だが次の瞬間、ケルシーはゆっくりと後ろ向きに倒れていく。

 盛大に鼻血を吹きながら。

 

 それはスローモーションのようであった。

 

「けるちゃん!」


 妹が声をあげる。

 

「お嬢様!」


 クロリンダが駆け寄る。

 

「…………」


 父親が逃げだす。

 それを母親が回りこんで阻止した。

 

 おじさんは苦笑いをうかべていた。

 ちょっと効き目がありすぎたみたいと。 

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