第526話 おじさん対校戦の直前に不穏な情報を知る


 対校戦。

 アメスベルタ王国では大きなイベントのひとつだ。

 なにせ次代を担う若者たちの戦う姿を見られるのである。

 

 それも国中から有望な者たちが集まってくるのだ。

 否が応でも関心を引かれる者が多い。

 

 ちなみに対校戦の開催期間中は、庶民にも闘技場への出入りが許されている。

 もちろんノーチェックとはいかないが、普段よりはかなり緩くなるのだ。

 

 そのため王都中がお祭りのような雰囲気になっていた。

 今年は貴族街がほぼ破壊されるなど、王都の貴族や民たちにとっては暗いこともあったのも事実だ。

 

 だが、その復興も順調に進んでいる。

 ここらで気分を上げてくれるお祭りでもという意味では、対校戦はもってこいだったのだ。

 

 あちこちで対校戦に出場する者たちの話がなされ、場末の酒場ですら盛り上がっていた。

 その盛り上がりに便乗して商人たちも活発に動いている。

 

 裏通りでは賭け事が行われてもいた。

 どこが優勝するのかだ。

 

 本来であれば賭け事は取り締まられるのだが、このときばかりは無礼講とお目こぼしをされる。

 

 どことなく王都全体がそわそわとして、尻の落ち着かない雰囲気。

 それは間違いなく対校戦の影響であったのだ。

 

 もちろん王都に住む者としては、王立学園の生徒に活躍をしてもらいたい。

 だが話題に上るのは、あの王都に出現した巨大なバケモノを鎧袖一触で倒した謎の紳士のことばかり。

 

 あれは誰なのだ。

 男だ、いや女だ。

 あの御方が出場すれば絶対に優勝なのに。

 

 とまぁそんな噂が王都中で繰り広げられていた頃である。

 時刻は昼下がり。

 カラセベド公爵家のタウンハウスに一人の来訪者があった。

 

「誰か!」


 門番の誰何すいかに答える来訪者。

 

「私はイトパルサの冒険者組合に所属する緑の古馬の一員、コルリンダと申します」


 と所属を示すタグに魔力を通して提示するコルリンダだ。

 

「確認しました。ご協力ありがとうございます」


「いえ、お勤めご苦労様です。クロリンダという侍女に取り次いでいただけないでしょうか?」


「クロリンダ殿ですね。承知しました。お約束はされているのでしょうか?」


 いえ、と言いつつ首を横に振るコルリンダだ。


「少々お待ちください」


 門番の詰め所から若い騎士がひとり、タウンハウスへと駆けだしていく。

 

「王都は初めてですか?」


 場をつなぐためだろう。

 門番の騎士が気さくな口調で話しかけた。

 

「いえ、何度か来訪したことはありますが……どうにも雰囲気が違いますね」


「ええ。対校戦が近いですからね。毎年この時期はお祭り騒ぎになるのですよ。ただ、今年は例年以上に盛り上がりを見せていますね」


「そうなのですか」


 貴族街に甚大な被害がでたことはコルリンダも聞いている。

 だが、あえてそこは口にしない。

 

「差し支えなければ宿泊先をお聞きしてもよろしいですか?」


 その質問の意図を察して、誤魔化すことなく答える。

 上級の冒険者御用達の宿だ。

 

「ああ、夢閣楼ですか。あの辺りなら少し足を延ばして、商業組合近くにある屋台街に行かれてみては? この時期は各地から商人が集まってくるので、様々な屋台がでていますから」


 なるほど。単なるお節介だったようだ。

 得心してコルリンダは笑顔を見せた。

 

「それはいいことを聞きました。王都を発つまでに行ってみます」


 エルフの美女であるコルリンダ。

 その美女の笑顔にも門番は動じることはない。

 

「いいえ。今年は色々とありましたから、屋台街も盛り上がっていると聞いておりますので」


 そこへタウンハウスからクロリンダが魔法を併用しながら走ってくるのが見えた。

 

「お姉ちゃん!」


 コルリンダは相変わらず残念な妹を見て、わずかに眉をしかめた。

 その様子を見たのだろう。

 門番がほんのりと笑みを浮かべた。

 

「ようこそ、カラセベド公爵家邸へ」


 門を開き、コルリンダを招き入れる門番だ。

 軽く会釈をして、コルリンダは妹に近づいた。

 

「このバカっ! 少しは大人になったのかと思っていたら!」


 ごちん、と頭に鉄拳が落とされる。

 

「みぎゃああああ!」


 と、クロリンダの叫び声が響くのであった。

 

 

 カラセベド公爵家自慢の庭である。

 少し肌寒いとは言っても、今日は晴天だ。

 四阿あずまやで、温かいお茶を飲むのがちょうどいい。

 

「さすが公爵家。とんでもなく綺麗な庭だね」


 色とりどりの花が咲く庭園だ。

 しかもしっかりと手入れが行き届いている。

 

「ふふん! 最近は私も少し手を入れてさせてもらっているのですよ」


 ほう、と目を細めるコルリンダだ。

 愚妹ががんばっているようで何よりである。

 

「族長の娘はこちらの生活に馴染んでいる?」


 ケルシーのことだ。

 氏族から外にでたとはいえ、やはりコルリンダは気になるのであった。


「ああ――」


 と、クロリンダは目を伏せる。

 あの残念なお嬢様のことを思って。


「馴染み過ぎちゃってますねぇ……まぁ今は色々と反省中ですよ」


 あははーと乾いた笑いを漏らすクロリンダだ。

 呪いが復活して、泣いているケルシーを思いだしたからである。

 

 その様子を見て、深くは聞かない方がいいだろうとコルリンダは判断した。

  

「で、どうしたんです? いきなり王都にくるなんて」


 しばらくは当たり障りのない姉妹の会話を楽しんだ後に、クロリンダが本題に入った。

 

「ああ、ちょっとね。できたらこちらのお嬢様――御子様のお耳にも入れておきたくて足を運んだんだよ」


「……手紙では伝えたくない厄介事ってことですか」


 クロリンダが少しだけ眉をしかめる。

 その瞬間だった。

 

「わたくしがどうかしましたか?」


 おじさんである。

 側には侍女も伴っていた。

 

 なぜ気配が読めなかったと当惑するコルリンダだ。

 それでも席から立ち、跪くのはさすがである。

 クロリンダはオロオロとしていたが……。

 

「御子様。ご無沙汰しております。緑の古馬が一員、コルリンダでございます」


「いつかの森以来ですわね。ようこそ、当家へ。歓迎いたしますわよ」

 

「ありがたき御言葉」


「そのままでは話もできませんわ。お座りになってくださいな」


 おじさんが侍女に目をやる。

 侍女は首肯してお茶会の席を整えていく。

 

「さて、どういった用向きでしょうか?」


 優雅にお茶を飲むおじさんである。

 カップに入っているのは、最近お気に入りのほうじ茶だ。

 香ばしさがいいのだ。

 

 そのあまりにも令嬢然とした姿にコルリンダは息をのんでいた。

 

 美しいのだ。

 一流の絵師が手がけた一枚の絵画のように。

 

 だが、同時に思う。

 どんな絵師であっても、御子様の美しさは表現できない、と。

 

 そんな姉の足をこっそりと、だが勢いよく踏むクロリンダだ。

 

「いっ!」


「おほほほ。御子様、うちの姉が失礼を」


 クロリンダは姉の方をあえて見ない。

 だが、やってやったという表情になっている。

 

「報告します。王国の冒険者組合から上がっている報告を見ると、魔物が活性化しているように思われます」


 ほう、と答えるおじさんである。

 その程度では小揺るぎもしない。

 

「以前、御子様が討伐なされた千年大蛇を含め、ヘビ系・・・の魔物が活性化している傾向があります」


「承知しました。報告ご苦労さまです。あとはこちらで対処します」


「は?」


 コルリンダは耳を疑った。

 対処しますと言われても、なのである。


「もう一度だけ言いましょう。こちらで対処します」


 言いつつ、おじさんはスッと席を立つ。


 おじさんは怒っていたのだ。

 またぞろ不穏な者たちが蠢動していることに。

 

 降りかかる火の粉はすべて払い落とす。

 二度とバカなことができないくらい徹底的にやる。

 その覚悟はとうにできているのだ。

 

 ぶるり、と身を震わせるエルフの姉妹である。

 

「バベル! ランニコール!」


 おじさんが使い魔を喚ぶ。

 即座に二柱の魔神が姿を見せた。

 

「話は聞いていましたか?」


 おじさんの問いに頷く魔神たちである。

 

「わたくしの庭からゴミを取り除いてきてくださいな」


 主からの言葉にニィと好戦的な笑みをうかべる魔神たち。

 ハッと短く返答をした後に姿を消した。

 

「では、わたくしは失礼しますわね。久しぶりの姉妹の再会なのです。ごゆるりと。ああ、そうそう。本日は泊まっていきなさいな」


 ニコリと笑みを見せるおじさんである。

 

 美しい。

 だが、凄絶な笑みであった。

 いや、そう感じるだけなのだろう。

 

 震えがとまらない。

 肌の粟立ちがおさまらない。

 

 絶対に敵に回してはいけない存在だと再認識したのだ。

 敵に回ったその瞬間に潰される。

 有無を言わさず。

 

 これが本物の貴族。

 これが本物の国を守る者。

 

 その覚悟の一端を目にしたコルリンダであった。

 クロリンダは白目をむいている。

 プレッシャーに耐えられなかったのだろう。

 

 コルリンダは思った。

 どこの誰だか知らないけどご愁傷様と。

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