第523話 おじさん妹の言葉にほろりとして……


 神としての尊称問題で深く傷ついたおじさんである。

 その日の夜、おじさんはご立腹であった。

 

「もう! お父様もお母様も笑うのはなしですわ!」


 プンプンといった感じで怒るおじさんだ。

 おじさんとしては内緒にしておきたかったのだが、蛮族二号の口は軽すぎた。

 

 全員がそろった夕食の席で蕩蕩と語ったのである。

 それはもう楽しそうに。

 

 おじさんは顔を真っ赤にさせていた。

 やっぱり恥ずかしかったのだ。

 

 始原の女神だの、絶対神だの、ビッグバン神だの。

 どこの誰のことだという話である。


 そして、両親は腹を抱えて笑った。


「ケルシー、あなたもです! 黙っておいてくださいなってお願いしたじゃないですか!」


 おじさんがプリプリ怒る。

 そこへ弟がボソリと呟いた。

 

「……美容と健康の女神様」


 おじさんが勢いよく振り返る。

 アクアブルーの瞳を弟にむけた。

 

 健康ランドのキャッチコピーみたいな女神ではない。

 そういう思いをこめて、弟を見たのだ。

 

「……姉の神?」


 よくわからないことを言いだす弟である。

 彼は健全にシスコンなのだ。


「んとね、そにあはねーさまのわらったおかおがすき!」


 はう! とおじさんは胸を打たれる。

 妹の言葉にホロリときたのだ。

 

 打算もなにもない。

 ただ、思ったことを告げただけである。

 

 その無垢なる心がおじさんを救ったのだ。

 おもむろに妹に近づき、ぎゅうと抱きしめるおじさんである。

 

 妹もおじさんも笑顔であった。

 

「あら、いいじゃない。リーちゃんは笑顔の女神様ね」


 母親がまとめる。

 うん。笑顔の女神。

 

 それならまだ許容範囲だと思うおじさんだ。

 女神という部分はいただけないけれど。

 

 妹を見て、ちょっと羨ましそうにしている弟も呼ぶ。

 そして身体の小さな二人をまとめて抱きしめるおじさんなのであった。

 

 そこへ突如として声が響いてくる。

 

「リーちゅわあああああん! たしゅけてえええええ!」


 久しぶりに姿を見せた水精霊アンダインであった。



 少しだけ時を戻す。

 ところ変わって聖域でのことである。

 今日も今日とて水精霊アンダインは忙しくしていた。


 その理由はシンプルだ。

 最近できた部下の一人が色々とやらかしてくれる。

 

 元来、妖精とは奔放なものだ。

 その奔放さに輪をかけたような存在なのだ、あれ・・は。

 

 いわばイレギュラー的な存在だとも言えるだろう。

 だが歴史的に見て、こうした妖精がでなかったわけではない。

 

 そこで妖精の里から隔離した後に、精霊が教育係となって躾をするのである。

 

 ただし元女王はなかなか頑固だった。

 しかも悪知恵が働く。

 いや、それだけではない。

 立ち回りの巧さもあった。


「今度はなんなのよ! もう! あの妖精、絶対に許さないんだから!」


 どちらかと言えば、水精霊アンダインもまた精霊の中では奔放な方である。

 末妹という立場もそれに影響しているのだろう。

 

 だが、姉である大精霊たちは怖い。

 そのため元妖精の女王とは比べるまでもなく、真面目な部分を持っているのだ。

 

 ただ、おじさんの前にでると色々と暴走するだけである。

 

「……姿が見えない? 本当に?」


 水精霊アンダインの耳元で、中級の精霊が報告している。

 その報告を聞いて、顔を真っ青にするのだった。

 

「逃げやがったな、あの羽虫め! クッ! どうしようお姉さまに怒られる!」


 親指の爪を歯噛みする。

 どうすればいいのか、黙考する水精霊アンダインだ。

 

「ヴァーユお姉さまに頼まれたばかりだっていうのに! クソがっ! 仕方ないわね、こういうときは頼りになるリーちゃんに相談するしか」


 なんだかんだと理由をつけて抜けだそうとする。

 この辺りは元女王と変わらないのかもしれない。


 ということで、おじさんは姿を見せた水精霊アンダインに対して大きな息を吐くことになった。

 

 せっかくホッコリしていたのに気分がだいなしだ。

 タイミングとしては最悪である。

 

「……ユトゥルナお姉さま」


 じとっとした目で水精霊アンダインを見るおじさんだ。

 

「ええと……」


 状況を見て、なんとなく把握する水精霊アンダイン

 おじさんの家族全員が注目していたのだから。

 

「お呼びでない。これまた失敬」


 と、引き返そうとするも時既に遅しである。

 おじさんは弟妹たちを離して、水精霊アンダインに向き直った。

 

「お姉さま。少し場所を変えましょう。お話はその後で」


 と、おじさんは女神にもらった空間に水精霊アンダインを連れて転移するのであった。


「……ということなのよ! あの妖精どこかに逃げちゃったの!」


 水精霊アンダインがそれはもう早口で、おじさんに説明をした。

 要領を得ない箇所も多かったが、なんとか理解したおじさんである。

 

 妖精の里の元女王が聖域から逐電した。

 そのことに嫌な予感を覚えるおじさんである。

 

 逃げたとしてもどこへ行くのか。

 そもそも妖精は人に姿を見せることはない。

 

 で、あるのなら人里を訪れるとは考えにくいはずだ。

 だが、あの元女王のことである。

 

 考えなしに突撃する可能性だってなくはない。 

 どこかで大きな被害をださなければいいのだけど。

 そう思うおじさんであった。

 

「リーちゃん、なんとかならない?」


「なんとかと言われても……」


 おじさんにだって、できることとできないことがある。

 妖精の追跡なんてしたことがないのだ。

 

「ヴァーユお姉さまに相談はされたのですか?」


 おじさんの質問に対して、顔の前で両腕をクロスさせる水精霊アンダインであった。

 答えはノーのようである。

 

「そんなことしたらバレちゃう! 怒られちゃう! だからリーちゃん、お願い! なんとかしてぇえ」


 そういうことをするから怒られるのだ。

 最初から素直に相談しておけばいいものを。


 おじさんがそんなことを思っていると、耳飾りがりぃんと音を立てた。

 ヴァーユからの通信である。

 

『リーちゃん、ユトゥルナがそっちに行ってない?』


 水精霊アンダインが、おじさんの前で再びバッテンを作っている。

 内緒にしろということなのだろう。


 だが、もうバレているのだからジタバタしても仕方ない。


「ええ、こちらにいますわね。ですが、今は女神様にいただいた空間にいますの」


『なら好都合ね!』


 その瞬間に風が渦巻き、風の大精霊であるヴァーユが姿を見せる。

 

「さて、どういうことかしらね!」


 威圧感たっぷりの口調で問うヴァーユである。

 そんな彼女の視線から逃げるように、おじさんの後ろに隠れる水精霊アンダインなのだ。

 

「ユトゥルナお姉ちゃん・・・・・なんていませんわ!」


 完成度の低いおじさんの声真似をする水精霊アンダインであった。

 それを聞いたヴァーユの額に青筋が浮かぶ。

 

「五秒以内に前にでなさい。でないと……」


「ユトゥルナお姉ちゃん・・・・・なんていませんわ!」


 繰り返し声真似をする水精霊アンダイン

 

「五、四、三、二……」


 ヴァーユのカウントダウンが始まった。

 そこでおじさんにぎゅっとしがみつくのだからタチが悪い。

 

「一」


 と声が響いた瞬間だった。

 水精霊アンダインの周囲に神威の力が渦巻く。

 

「あばばばばっばあああ」


 女神のお仕置きであった。

 プスプスと煙をあげる水精霊アンダインだ。

 

「まったく、バカな子ね。ちょっとは姉らしくすればいいのに」


 よいしょと水精霊アンダインを肩に担ぐヴァーユ。

 

「リーちゃん、お騒がせしたわね。元女王のことはこっちで探しておくわ。風の精霊たちに声をかけたらすぐに見つかると思うから心配しないで」


「承知しました。わたくしも気にかけておきますわ」


 なんだかんだで精霊たちの中で、風の大精霊が一番の常識人だと思うおじさんなのであった。

 

「ありがとう。それじゃあね、リーちゃん。あ、そうそう。私も笑顔の女神っていいと思うわよ。リーちゃんにぴったり」


 その言葉に呆気にとられるおじさんだ。

 クスクスと笑いながら、猫のような笑顔をうかべて風の大精霊は姿を消すのであった。

 

 おじさんの神としての尊称。

 それは精霊たちの間にも広まっていくのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る