第522話 おじさんは何の女神なのかで揉める薔薇乙女十字団プラス・ワン
おじさんは凹んだ。
こんなに凹んだのは、敬称抜きの名前で呼んでもらえなかったとき以来である。
――薄毛と水虫の神。
それはおじさんの心にダメージを与えたのだった。
うっかりすれば膝をつきそうなくらいである。
だが、おじさんの前には列ができているのだ。
聖女とケルシーの頭をなでてしまったから。
ついでにキルスティも。
「ああ……リー様。お労しい。心中お察しいたしますわ」
列の真ん中あたりにいるアルベルタ嬢である。
「しかし許せませんわね。ニュクス、イザベラ! この件、しっかりと調査してくれるわよね」
おじさん狂信者である三人組。
ニュクス嬢とイザベラ嬢へと命がくだされる。
「……リー様の御心を傷つけた罪。震えながら眠れぬ夜を過ごさせてやりますわ」
おっとり細目のイザベラ嬢の目がくわっと見開かれている。
「ねぇ、いっそのこと潰しましょうよ。この国には貴族が多すぎます。リー様を頂点にいただく千年王国を目指すには目障りですわ」
怖い。怖い。
ニュクス嬢の発言は正しく狂信者であった。
「何を言っているのです! 不穏な会話は慎むのです!」
こういうときに頼りになるのだ。
パトリーシア嬢は。
「ねぇねぇ」
いつになくほわぁっとした穏やかな顔つきになっているケルシーが、不穏な会話をしていた三人組に声をかける。
「思ったんだけどさー。別の神様ってことで名前を考えたらいいんじゃないのー」
その発想はなかったという表情になるアルベルタ嬢たち。
「それは良い案なのです!」
パトリーシア嬢が最初にのってくる。
「リー様にふさわしい尊称を考えるのです!」
パトリーシア嬢の言葉に
おじさんは何のことやらわかっていない。
とりあえず盛り上がっているのを放っておいて、今はキルスティの頭をなでることに全力をあげるのであった。
「では、リー様が女神様だとしての権能を示す名前が必要になるのですが、なにがふさわしいです?」
パトリーシア嬢の言葉に真剣な表情になる
「お、オラは美の女神がふさわしいと思うべ」
ウルシニアナ嬢が手をあげて発言した。
皆が納得という表情になる。
確かにおじさんは美しい。
美の女神だと、いまいち納得できない者もいた。
「確かにリー様はお美しいですわ。ですが、その美しさというのはリー様の一面にしか過ぎません」
イザベラ嬢が熱弁を振るう。
「リー様は万能なのですわ! お料理はもちろんのこと、魔法に魔道具ととどまるところを知りません。まさにやんごとなき御方なのです!」
それもそうか、とウルシニアナ嬢も首肯する。
「なら、どういうお名前がいいのです?」
パトリーシア嬢が結論を促した。
「始原の女神ですわ! リー様からすべてが始まるのです。そして、リー様に並ぶ者などいないのです!」
さすがにちょっと行きすぎている。
狂信者っぷりに磨きがかかっていると思う男子二人だ。
ちょっと離れた場所で関わらないようにしているのだ。
こうした場で口を挟むことの愚は知っている。
「いえ、それだとリー様の深謀遠慮さが表現できていません!」
セロシエ嬢である。
「ならば、どういうのがいいのです?」
「絶対神というのはどうでしょうか!」
おおーと声が
さすがに事ここに至って、おじさんも理解した。
彼女たちが何で盛り上がっているのか。
その中二病が炸裂しまくっているのを聞いて、共感性羞恥が発動していた。
ものすごく恥ずかしくなるおじさんだ。
絶対神リー様なんて呼ばれた日にはどうなるのか。
もう恥ずかしさで岩戸にでもこもる勢いである。
そのときはきっと聖女が
っていうか、深謀遠慮と関係ないじゃないか、と思うおじさんだ。
「ちょ、ちょっと皆さん」
おじさんが顔を赤くして発言した。
頭を撫でられているニネット嬢がぽやーっとした表情でおじさんを見る。
超絶美少女が羞恥で顔を染めている。
その姿もまたいいものであった。
「さすがにそういう名前は勘弁してほしいですわ」
おじさんの言葉に
「奥ゆかしいリー様もしゅてき……」
アルベルタ嬢が目をハートマークにしている。
「ふむ、となると、だ」
文学系少女であるジリヤ嬢が発言する。
「もっとこう抽象的なものがいいんじゃないか。そこに意味を含ませるみたいな」
ほう、と唸る
「い、いえ。そういうことではなく」
おじさんはやめてほしいだけである。
仮にも自分が神になるなんて考えていないのだから。
「リー」
そんなおじさんに声をかける者がいた。
聖女である。
「しばらく放っておきなさいな。皆、楽しみたいのよ、大喜利を! 最終的にはリーが断ればいいんだから」
「また、エーリカはそんなことを言って……」
「ってことでアタシも楽しんでくるわ!」
ハイハイハイ、と手をあげながら走っていく聖女だ。
どうやら
「アタシはね、ビッグバン神がいいと思うわ!」
「び、びっぐばん……」
その言葉を聞いて、おじさんは膝から力が抜けるのであった。
「どういう意味なのです?」
パトリーシア嬢が興味に負けて聞いてしまう。
もうおじさんのヒットポイントはゼロなのに。
「ビッグバン。それは遙か太古に彼の地にて信仰されていたという究極神!」
聖女が拳を握り、演説を始めた。
「神殿の開かずの間に秘されたミーン・メイの古文書によれば、ありとあらゆるものの権能を司る究極の神! お金持ちになりたいと願えば、空からお金が降ってくる! 美人になりたいと願えば美人の身体をのっとっている! 人々の願いのすべてを叶えてくれる究極神! それがビッグバン!」
「おおー! なんだかスゴいのです。でも、ゲスいのです」
パトリーシア嬢の率直な感想であった。
「なんでよ! なんでも願いを叶えてくれるのよ! リーえもんなのよ!」
「なんなのです? リーえもんってその呼び方は不敬なのです!」
パトリーシア嬢に対して、聖女がチッチッチと指を左右に振った。
「見なさい! リーを。ビッグバン・ボインでしょうが!」
おじさんに注目が集まる。
多くの視線に思わず、胸を隠してしまうおじさんであった。
その仕草がまた胸を強調してしまう。
「……エーリカ、それは悲しくなるのでやめておくのです……」
「……そうね。アタシが調子にのりすぎたわ」
草原の民二人は反省するのであった。
「どこを見ているのですか、いやらしい!」
ついおじさんに目をやってしまった男子二人である。
その二人の動向を目ざとく見ていたのがキルスティだ。
「いや、あれは仕方ねえだろ! クッ……ずらかるぞ、ヴィル!」
シャルワールが身の危険を感じて言いながら逃げる。
それに続くヴィルだ。
「始末しろ! リー様を穢す輩に鉄槌を!」
アルベルタ嬢の号令に
「鉄槌を!」
「っあああああああああああああ」
完全にとばっちりの二人であった。
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