第521話 おじさんの積んできた善行が功を奏するのかい?


 ゴージツ=インキャ・ハラワタット。

 学園の老講師である。

 

 サムディオ公爵家の寄子である伯爵家の出身だ。

 学園長とは乳兄弟という仲である。

 

 この年齢にもなれば、もはや二人の間には遠慮というものは存在しない。

 学園長に物を申せる数少ない人物なのである。


「ウナイ! お前というヤツはいつもいつも! 若いときからちっとも変わっとらん! 老いては学べという言葉もあるじゃろうが!」


 近づいてくるなり学園長の胸ぐらを掴むゴージツだ。

 老年であるというのに元気いっぱいである。

 その象徴であるかのように、ゴージツの髪は白髪ではあるもののふっさふさであった。


「いや、ちょっと待て。ちょっと待ってくれんか、ゴージツ」


「なんじゃ?」


「そもそもの話、ワシ一人であのような規模の魔法が発動できるわけがなかろうて」


「ほう。共犯者がいるとの告白か、良い度胸だ!」


 グッと拳を握るゴージツである。

 

「ちがう! いや、正確に言えば、だ。ワシが許可をだした。責任をとると。でも、実行犯はそこにいるリーじゃ」


 なにぃ!? と学園長に顔をむけるおじさんである。

 実行犯という呼び方はよくない。

 そこはかとない悪意があるように思えるからだ。


「ばっか、お前。リーちゃんは悪くないものなぁ」


 おじさん、この老講師と初対面ではない。

 とはいえ顔を見知っているという程度である。


 それがいきなりのちゃん付け。

 しかも、おじさんにむけた表情は、どう見てもとろけているものだった。

 

「はい。わたくし、学園長にちゃんと許可を取りましたから」


 若干だが頬をピクピクと震わせながらもおじさんは答える。

 だが、しれっと学園長のせいにする程度には成長しているのだ。


「そうだよねえ。リーちゃん、魔法を使うのが上手いんだね。スゴいねぇ。爺のところの子になるか? ん?」


 一言でいうと気持ち悪い。

 おじさん、ドン引きである。


「なんじゃキサマ、リーに弱みでも握られておるのか!」


 さすがの学園長もツッコまざるをえない状況だ。


「はん! やかましい! リーちゃんは良い子なんじゃ!」


 即座に言い返すゴージツである。


あれ・・が上手いという範疇か! ワシでもあんな大規模な魔法は使えんのだぞ!」


「ばっか。お前が下手なだけじゃろう。ねーリーちゃーん」


 かつての王国の英雄を一言で切って捨てるゴージツ。

 その言葉に言い返せない学園長であった。

 だって正論なのだから。


「リーちゃん。困ったことがあれば、この爺になんでも言うんじゃぞ。悪い学園長くらいどうとでもしてやるからの」


 どんどんエスカレートしていく。

 おじさんは真剣に悩んでいた。

 なぜここまで気に入られているのだろう、と。


「あの……ハラワタット先生」


 と、おじさんが疑問を投げかけようとする。


「ははは。もう水くさい。リーちゃんは我が孫も同然! ワシのことは爺とでも呼びなさい。そうじゃおこづかいでも渡しておこうかの」


 ゴージツは懐から金貨の入った小袋をだす。

 それをそのまま、おじさんに渡そうとするのだ。

 

 前世ではもらえるものは病気以外もらいたいと思っていた時期もあるおじさんなのだ。

 だが、今回はさすがに生理的な拒否反応がでる。

 

「リーに甘すぎるぞ!」


 学園長がそこに割って入った。

 ナイスなタイミングで、だ。


「やかましいぞ、ウナイ! リーちゃんは我が孫も同然! いやむしろ孫以上にかわいい存在じゃ! そのリーちゃんが悪いことをするはずがなかろうて!」


「悪いことと、お前の孫とか関係ないじゃろうが!」


「ある!」


 断言するゴージツである。

 無茶な理屈で道理を覆らせるのが権力というものだ。

 

「リーちゃんはな、リーちゃんはな、ワシの人生を救ってくれた恩人なんじゃぞ!」


「なにぃ!?」


 本当か、と言わんばかりの視線をおじさんにむける学園長だ。

 当然だがおじさんに心当たりはない。

 なので、静かに首を横に振った。

 

「ほら見ろ! 勘違いじゃ! 寄る年波に勝てんかったようじゃな!」


「ふん! ならば語ろう。ワシとリーちゃんの関係を!」


 学園のご意見番である老講師。

 その熱意のある姿に、思わず学園長は息を呑んでしまう。

 

「リーちゃんはな、薄毛と水虫の神様なんじゃ!」


 いや、ちょっと待て。

 薄毛と水虫の神様はない――と思うおじさんだ。

 

 確かに薬は作った。

 宮廷魔法薬師のボナッコルティ卿に頼まれたからである。

 

 ああ――そう言えば。

 ボナッコルティ卿たち宮廷魔法薬師は、おじさんが開発した温泉へ行ったそうである。

 

 などと、つい現実逃避をしてしまうおじさんだ。

 

「ちょっと! それは聞き捨てなりませんわね! ハラワタット先生!」


 イザベラ嬢とニュクス嬢、アルベルタ嬢を筆頭とする薔薇乙女十字団ローゼンクロイツだ。

 

「リー様に対して薄毛と水虫の神などと人聞きの悪い。それが他の貴族たちに広まったらどうするのです!」


「え? あ? うむ……確かに言われてみれば」


 いや、と老講師は思い直す。


「ワシが、いや薄毛と水虫で悩んでいた男たちが、どれほど救われたか」


 熱弁を奮いながら拳をグッと握るゴージツだ。

 

「神! まさしく神にふさわしい所業ではないか!」


 そういうことか、と納得するおじさんである。

 ただ、薄毛と水虫の神様は嫌だ。

 絶対にお断りしたい案件である。


「はん! 確かにその点を否定する気はない! が、うら若き乙女に対して、薄毛と水虫の神はちといただけんのう」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの加勢もあり、一気に強気になる学園長であった。

 ニヤニヤとしながら、ゴージツに詰め寄る。

 

「リ、リーちゃん!」


 老講師はおじさんに助けを求めた。

 だが、おじさんには届かない。

 

 老講師はおじさんに助けを求めた。

 だが、おじさんはわざと無視をしている。

 

 老講師はおじさんに助けを求めた。

 だが、おじさんはケルシーの頭をなでている。

 

 老講師は――。

 

「ええい、いつまでやる気じゃ! だははは、ゴージツよ。薄毛と水虫の神はない、と知れ!」


「ぐぬぬ……ええい!」


 学園長は老講師を倒した。

 経験値二を獲得した。

 

 老講師は起き上がり、学園長を見ている。

 

「ふん! その点はワシが悪かった。謝ろうではないか。リーちゃん、すまぬ」


 と、きれいに頭を下げる老講師であった。

 

「じゃが! ウナイよ、きっちり説明してもらうぞ、この闘技場の件についてはな!」


「げええええ!」


「まさか言い逃れができたとは思っておらんだろうな!」


 学園長は痛恨の一撃をもらった。

 二百五十五のダメージをうけた。


「だははは! さっき言質を与えたと言ったな。ウナイ。すべてお前のせいじゃからな!」


「リ、リー!」


 学園長はおじさんに助けを求めた。

 おじさんはわざと無視をしている。

 

 学園長はおじさんに助けを求めた。

 おじさんは聖女の頭をなでている。

 

 学園長は――。

 

「往生際の悪い。こっちへこい!」


「いや、ワシやってないし」


「リーちゃんはおとがめなし! ウナイ、お前がぜんぶ悪い!」


 そうして闘技場から引きずられていく学園長であった。

 戦いは終わったのだ。

 

 おじさんはまったく勝った気がしなかった。

 だって、裏では薄毛と水虫の神と呼ばれていたのだから。

 

 十分、おじさんにも罰は当たっていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る