第520話 おじさん学園長と一緒に怒られるかもしれない


 闘技場の舞台の上、聖女と薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが円状にペタンと座って頭を突き合わせている。

 会議を開いているのだ。


「先輩方は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが楽団名でも構わないと」


 アルベルタ嬢が会議を仕切る。

 

「ええ。かまわないわ。私たちは今年で卒業するし、あなたたちが主役なのだからそれでいいでしょう」


 キルスティの言葉に頷く男子二人だ。


「ならば楽団名は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツで決定と致します」


 アルベルタ嬢の言葉にパチパチと拍手が起こった。

 次の議題ですが……と話を振ったところでパトリーシア嬢の声が響く。


「だ、か、ら! なぜすぐに十字架とかドクロとか入れたがるのです!」


 パトリーシア嬢が憤慨している。

 

「かっこいいからでしょうが!」


 聖女が顔を真っ赤にして反論した。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの半分が頷き、半分が顔をしかめている。

 

 彼女たちもまたお年頃。

 中二病という業からは逃れられないのである。

 

「こちらは時間がかかりそうですわね」


 アルベルタ嬢が察して息を吐いた。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのロゴ問題は根深いようである。


 一方でおじさんは舞台の魔改造に手をだしていた。

 聖女からもらった腹案を参考にしつつ、舞台装置を作っていく。

 

 炭酸ガスを射出する装置は魔道具で代用する。

 銀テこと銀テープに関しても射出装置を先に作ってしまう。

 

 ついでに公爵家の競馬場で作った巨大スクリーンを魔道具化したものも作ってしまう。

 これを天井部分にぶら下げて、観客席のどこからでも見られるように……と考えてとまるおじさんだ。

 

 そもそも天井がないじゃない、と。

 

 キッと天井を見るおじさんだ。

 今はちょうど傘の部分が開いていて、結界も展開されている状態である。

 

「トリちゃん!」


『うむ。主よ、その魔道具の術式を結界に……は無理か』


「あの宝珠を次元庫化してそこから結界の展開と同時に……もダメですわね。そもそも天井をださないと見られないというの欠点がありますもの」


『で、あるなぁ。では、どうする?』


「そうですわね……」


 おじさんは少しだけ逡巡する。

 

「いっそのこと闘技場の外壁そのものを変えてしまいますか」


 外壁に巨大なスクリーンをつける。

 円形の闘技場なので最低でも四面。

 そうすれば観客席のどこからでも十分に見えるはず。

 

『ううむ。しかし外壁にはすでに傘を取りつけているぞ』


「ですわねぇ!」


「あ、ポチッとなぁああああ!」


 そこで響いてくる学園長の声である。

 さっきから何度か試しているのだ。

 

 これからスイッチを押すときは、このかけ声が様式美になっていくのだろう。

 罪作りなことをした聖女である。

 

「学園長! ちょっと相談ですわ!」


 おじさんが学園長を呼ぶ。

 それでホイホイと駆け寄ってくるのだから、腰の軽い王国重鎮である。

 

「なんじゃ、リー?」


 かくかくしかじかと説明するおじさんだ。


「うむ。かまわん! リーの好きにやればよい。責任はワシがすべて持つ!」


 どん、と胸を叩く学園長だ。

 

「承知しましたわ! お任せあれ!」


 白紙の小切手を手に入れたおじさんである。

 グルグルと腕を回して、やる気満々となった。

 

 それがどんな惨事を引き起こすのか。

 学園長はまだ理解していない。

 

「トリちゃん! 一から作り直した方が早いですわね!」


『うむ。我もそう思う。やるか、主よ』


「学園長のお墨付きもいただきましたし、久しぶりにやりますか!」


 おじさんがパンと音を鳴らして両の掌をあわせる。

 魔力を高速で励起させていく。

 

 ゴゴゴと大気が震えだす。

 舞台や剥きだしの地面にある小石が宙に浮く。


「学園長! わたくしたち以外には誰もいませんわよね?」


 無言である。

 学園長はおじさんの大海のような魔力に飲まれていた。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツも同様である。


「…………」


「学園長!」


 再度、声をかけられて学園長がおじさんに焦点をあわせる。

 

「……なんじゃ?」


 と、絞り出すのでいっぱいいっぱいだ。


「ここにはわたくしたち以外は誰もいませんわよね?」


「うむ。そのはずじゃ」


「承知しました。トリちゃん、やりますわよ!」


『主よ、術式の制御は任せるぞ! こちらで発動していく!』


「承知しましたわ!」


『いくぞ!』


 トリスメギストスの言葉と同時に、闘技場の外壁部分がズブズブと黒い影の中に沈んでいく。

 観客席もまとめて全部だ。

 

 舞台だけを残して、すべてが影の中に飲まれてしまった。 

 その上で、おじさんの作った傘だけが残される。

 

「いい感じですわね!」


『うむ。陰魔法、なかなか便利なものであるな! 次は構築していくぞ、主よ』


「どーんといきますわよ! はいやー!」


 今度は闘技場そのものがにょきにょきと地面から生えてくる。

 もはや魔法とかそういう概念を超えているのではと思う学園長だ。

 

 外壁部分には巨大なスクリーンが埋めこまれている。

 その上に大型の傘が立つような形だ。

 

 舞台は正面中央に大きくつけられていた。

 しっかり舞台装置も設置されている。

 

 おじさんのイメージ的には野球場が近いだろう。

 バックスクリーンに当たる部分に、舞台が設置されている。

 その上に巨大スクリーンがある形だ。

 

 ただしバックスクリーン以外にも巨大な画面が外壁部分にはめこまれている。

 

 ものの数分とかからず、新しい闘技場ができてしまう。

 おおよそのデザインは変わらない。

 が、新しくなってしまったのだ。

 

「ふぅ……まぁこんなものですか。あとは内部にも手を加えていけばいいですわね!」


『うむ。主よ、以前より制御が随分と上達しておるな』


「その手応えはありましたわ!」


 使い魔と笑顔で話すおじさんである。

 実に平常運転だ。

 

 だが、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツと学園長は言葉を失っていた。

 ここまで大規模な魔法を一瞬で、しかもあっさりとこなすなんてことは想定外もいいところである。

 

 魔法……いや神の御業を見た。

 そんな気分になっていたのである。

 

 特におじさんの狂信者であるイザベラ嬢とニュクス嬢は、深々と頭をたれていた。

 その表情はこれ以上にないくらい陶然としたものだった。

 

「神、リー様こそが神……!」


 誰が呟いたかはわからない。

 ただ薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの胸には、そうした思いが広がっていく。

 

 そうした雰囲気を断ち切る叫声が響いた。


「ごるぁああああ! なにやっとんじゃああああ!」


 闘技場にまたもや乱入者が現れたのである。


「げえええ! あれは!」


 学園ではご意見番として知られる老講師だった。

 学園長とは旧知のなじみである。

 

「ウナイ! なにやっとんじゃああああ! こういうのは事前に話をとおせと何度言えばわかる!」


 名前呼びするほどには気心の知れた仲なのだ。

 

「ちがう! それはちがうぞ!」


 ぎょっとしたのはおじさんだ。

 学園長にジトッとした目をむける。

 言い逃れは許さないのだ。

 

「いや、そうだけど! ああ、そうじゃ! リーに言質を与えたのワシじゃったああああ!」


「そこを動くなよ!!」


 涙目になる学園長だ。

 おじさんを過小評価していたこと。

 それが学園長の敗因であった。

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