第518話 おじさんの楽しい魔改造が始まる


 学生会室では賑やかなお茶会が開かれていた。

 その準備をしたのはクロリンダである。

 

 なかなか手際がいい。

 だが、口の周りにクリームをつけているクロリンダ。

 

 澄ました顔をしているが、しっかりつまみ食いをしたようだ。

 壁際でしれっと控えている彼女に、おじさんがこっそりとジェスチャーで伝えた。

 

 そのことは理解できたのだろう。

 ひとつ大きく首肯するクロリンダである。

 しかし彼女は一瞬だが逡巡した。

 

 逡巡して、ハンカチを使わずに指でクリームをとる。

 指はそのまま口の中へ。

 

 にんまりといった笑顔になるクロリンダであった。

 やはり彼女もまた蛮族であったのだ。

 

「うひょー!」


 聖女が奇声を発する。

 蛮族二号も目を見開いて驚いていた。

 

「リー! このタルト、めちゃくちゃ美味しいんだけど!」


 聖女が手にしているのはフルーツたっぷりのタルトだ。

 ちなみにこのフルーツ、ダンジョン産である。

 

 ダンジョンを単なる農地として捉えていたおじさんだ。

 しかし、実際にはダンジョンはとても有用な農地だった。

 

 そもそも旬という概念がない。

 魔力を注げば注ぐだけ植物は大きくなったのである。

 

 そして一定の季節にしか実をつけない果樹も、どんどこ実っていくのだ。

 しかも魔力さえあれば、土地が痩せることはない。

 

 ダンジョンのコアであるコルネリウスからの報告によれば、植物もダンジョンに根ざすことで変質しているそうだ。

 魔物というほどではない。

 が、ダンジョンに適応しているとのことである。

 

 まさに理想的な農地だと言えるだろう。

 そして公爵家ではダンジョン産のフルーツを積極的に使っているのだ。

 

「この果実。今は旬じゃねえべ。だけんども美味えなぁ」


 ジャニーヌ嬢である。

 彼女の実家の領地では果物が特産品として知られていた。

 そのため果物には一家言を持っているのだ。

 

「料理長が腕を振るってくれたものです。存分に召し上がってくださいな」


 ニコニコ笑顔のおじさんである。

 やはり皆が笑顔でいるこの時間が好きだ。

 

 この笑顔を守りたい。

 それがおじさんの望みなのだ。

 

「今回の議題は闘技場の改造計画についてですわね!」


 お茶会が一段落したところで、アルベルタ嬢が会議の開催を告げた。

 聖女とケルシーの二人は、満腹になったことでウトウトとしている。

 

「私、天候が不安ですわ」


 最初に発言したのはイザベラ嬢だ。

 細めでおっとり系の令嬢である。


 イザベラ嬢の発言に他の面子も頷いていた。

 アメスベルタ王国では、夏が過ぎて秋に入ると雨が多くなる。

 

 おじさんの感覚で言えば、梅雨とまではいかない。

 ただ今日も雨かということが多くなるのだ。

 

 ここ数日は晴天が続いているが、いつまた雨になるかわからない。

 学園の闘技場は野天である。

 雨が降れば、もちろん濡れてしまう。

 

「雨除けの結界でも張りますか?」


 提案したのはアルベルタ嬢だ。

 

「いや、その案は今までも何度か検討されていますね。結局は結界の維持が大変ということで却下されてきました」


 相談役の一人であるヴィルがアルベルタ嬢に返答する。

 しっかり仕事をしているのだ。

 

「エーリカ、その辺りはどうなのです?」


 パトリーシア嬢が聖女に聞く。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの中で、最も結界の構築を得意としているのが聖女だからである。

 

 無論、おじさんを除外してという条件はつくが。

 

「むにゃむにゃ……へへ……つゆだくなんて邪道よ……」


 だが聖女はソファの上で寝転がり、夢の国へと旅立っているようだ。

 パトリーシア嬢が、やれやれといった表情になる。

 

「その点に関しては、わたくしに任せてくださいな!」


 おじさんが皆を見渡して声をかけた。

 

 おじさんには腹案があったのだ。

 どうせなら派手にいきたい、と考えていた。

 そして思い当たったものがある。

 

 サウジアラビアはメディナの地にある大型の自動開閉傘だ。

 第二の聖地とも呼ばれる地で、そこには預言者のモスクがある。

 

 このモスクで利用されている大型の傘なのだ。

 厳しい夏の気温から礼拝する者を守るためのもので、水を噴霧するファンまでついている。

 

 この大型の傘だが製造には、国内企業が関わっていた。

 そのニュースを見て、おじさんは興味を持ったのだ。

 

 動画でしか見たことがないが、傘が開いていく様子は幻想的であった。

 その再現を目論むおじさんだ。

 

「皆さんには舞台の改良計画を考えておいてほしいですわ」


 と、腰を浮かせるおじさんだ。

 

「リー様?」


 疑問の声をあげたのはニュクス嬢だった。

 おじさん狂信者の筆頭だ。

 

「わたくし、ちょっと闘技場へ行ってきますわ」


「なら、私がおと……」

 

 ヴィルが腰を浮かそうとした瞬間である。

 恐ろしいまでの重圧が彼を襲った。

 抜け駆けするな、という視線である。

 

「リー様、提案がございます」


 ニュクス嬢が頭をたれながら発言する。

 

「どのみち私たちも闘技場を見た方が案もでやすいと思いますの。ですから、ここは会議の場を闘技場に移しませんこと?」


 その提案を聞いて、おじさんはふっと笑う。


「いいでしょう。ニュクス嬢の案を採用します」


「ありがとうございます」


 ということで聖女とケルシーの二人を除く全員が闘技場へと足を運ぶことになったのである。

 

 暫くして学生会室に戻ってきたキルスティ。

 彼女が見たのは、腹をだして眠る聖女とケルシーの姿だ。

 

「え? みんな、どこに行ったの?」


 涙目になってしまうキルスティであった。

 

 本来なら控えているはずのクロリンダ。

 彼女もまた好奇心に負けて、闘技場へと足を運んでいたのだ。

 

 学園の敷地内にある闘技場。

 円形をした施設だ。

 

 おじさんが迷宮に作った闘技場を小型にスケールダウンしたようなものである。

 だいたい一辺が十五メートルほどの正方形の舞台が中央にあり、ぐるりと観客席が取り囲んでいる形だ。

 

 この形ならドーム状に覆うものを作る方がよさそうである。

 だが、おじさん的にはやはり大型の傘を作りたい。

 

 そこで知恵を絞るおじさんだ。

 凡その形が見えてきたところで使い魔を喚ぶ。

 トリスメギストスである。

 

「トリちゃん、かくかくしかじかですわ!」


『うむ。把握した』


 ツーと言えばカーの仲だ。

 

『主よ、その形状であるのなら宝珠を使って魔法陣を構築してだな、こうしてこうという感じでどうか?』


 空中に魔法陣を浮かべるトリスメギストスだ。

 ふむ、と魔法陣を見て頷くおじさんである。

 

「ああ、なるほど。積層型立体魔法陣の応用ですわね。ただそれならば、こうしてこちらにも配置すれば……」


『おうふ……その発想はなかった。いや、ちょっと待てよ。うむ。主よ、ここをイジって気温の調整も入れてみるのはどうだ?』


「あら、いいですわね!」 

 

 おじさんと使い魔が本格的に魔法陣をイジりだす。

 その構築速度と難解な魔法文字の羅列に理解が追いつかない学生会の面子であった。

 

 脳筋三人組はそろそろ幻の蝶々でも追いかけ始めそうだ。

 

「では、ひとまずはこれで作ってみましょうか」


 おじさんの言葉に使い魔がゴーサインをだす。

 宝珠次元庫から素材を取りだし、一気呵成に錬成魔法を発動する。

 

 次の瞬間には大型の傘ができあがっていた。

 一本あたり高さは十メートルくらいか。

 それが二十四本。

 

「トリちゃん、正面から左回りで設置してくださいな。わたくしは右回りで設置していきます。設置の際には土台を固めることも忘れずに」


『承知した。主よ、念のために魔力を補給させてもらうぞ』


「お好きなだけどうぞ」


『うむ。設置の位置に関しては、既に解析が終わっておる。印をつけておくゆえ間違うことはないだろう』


「トリちゃん、よいお仕事ですわね。では一気に終わらせますわよ!」


 おじさんが中空に浮かぶ。

 と、同時に大型の傘もまた浮遊し、あっという間に闘技場の外壁部分に設置されてしまう。

 

 もう何をか言わんやである。

 学生会は全員、口を半開きにしていた。

 

「では、試してみましょう」


 設置が終わったおじさんが言う。

 その言葉と同時に傘が自動的に開きだす。

 

 ゆっくりとだが確実に。

 それは巨大な花が咲くような光景であった。

 

 陽の光に透けてアラベスク模様が浮かび上がる。

 

「はわぁ! スゴいのです! きれいなのです!」


 およそ五分ほどの時間をかけて傘が開ききる。

 そこでおじさんは魔力を流してみた。

 

 傘の骨の先端に仕込まれた宝珠が輝き、傘で覆われていない部分を結んで、雨除けの結界が展開される。

 

「ふぅ……うまくいきましたわね!」


『主よ、想定よりも魔力の消費も少なそうだ。いいものを作ったな』


「なかなか上手くいきましたわね! さて、お次は演奏をする舞台の方ですが……」


 と、おじさんはこてんと首を傾げた。

 

「皆さん、いかがなさいました?」


 学生会の全員が空を見上げていたからだ。

 正確には空ではなく、おじさんが作った大型の傘と自動的に構築された結界の見事さに心を奪われていたのである。

 

「リー様……」


 うっとりとした表情でおじさんを見つめる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツであった。

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