第517話 おじさん学園長と悪巧みをする


 夕食後のカラセベド公爵家タウンハウスである。

 その日の父親は酒の力もあったのか、やけに饒舌であった。

 

 サロン内で祖父母も交えて、おじさんが国王の前で切った啖呵を再現するほどに。

 その台詞を聞いて、腹を抱えて笑う祖父母であった。

 

「ふふふ……リー。なかなか上手いこと考えたね」


 祖母が目尻にうかんだ涙を拭きながら言う。

 

「そうじゃのう。王家も面子を守れる、こちらも余計な手柄を重ねなくていい。なかなかの手じゃ」


 祖父もおじさんの一手を評価している。

 公爵家としては、なんとか押しつけておきたかった案件なのだから。

 

「で、その男がそうなのか」


 暗い茶色の髪。

 褐色の肌。

 碧が強めのターコイズブルーの瞳。


 王国人では珍しい髪と肌の色をしているウドゥナチャ。

 今はしっかりと執事服を着て、壁際に控えている。

 隣には家令がしっかりと付いていた。

 

「そうなのです。紹介しますわ、ウッチャンナンチャンです!」


 おじさんが茶目っ気たっぷりに紹介した。


「ちがうわ!」


 その瞬間に家令の拳がウドゥナチャの頭に落ちる。

 

「っあぁぁぁああ!」


 頭を抱えるようにして蹲る。

 

「ウドゥナチャと申します。お見知りおきを」


 家令が代わって紹介してしまう。


「うむ。まぁ悪くはなさそうじゃな。裏の社会にも精通しておるだろうし、元首領であるのなら実力もそこそこあるじゃろう」


 祖父が大きく首を縦に振り、懸念材料を口にする。


「だが、リーや。側に置いても問題ないのかの?」


 祖父の言葉に笑顔を返すおじさんだ。


「もちろんですわ! もう契約魔法で縛ってありますから!」


「え?」


 おじさんの言葉に目を大きく見開くウドゥナチャ。


「え?」


 まだ気づいてなかったのかと驚くおじさん。

 

「ちょ! いつの間に?」


「雇用の条件を交わしたときですけど」


「詠唱とかしてなかったじゃん!」


「今さらそんなことを問いますの?」


「うう……自信なくなるわ……」


 そのときであった。

 ウドゥナチャは目にしてしまったのだ。

 妹の頭の上にのっている白く漂白されたヒヨコを。

 

「え? ちょ、待って。あれってもしかして……」


「ぴよちゃん?」


 妹が視線を感じて言う。


「そうだよ。ぴよちゃんっていうの」


 邪神の信奉者たちゴールゴームの幹部であったレグホーンのなれの果てである。

 負けるとは言わないものの、確実に勝てるとも言えない。


 ウドゥナチャにしても強敵なのだ、レグホーンは。

 

「ピヨピヨ。ボクは悪いコカトリスじゃないよ」


 その台詞を聞いて、色々と悟るウドゥナチャであった。


「あーうん。そうかぴよちゃんって言うのか。かわいがってやってな?」


「うん!」


 にっこり微笑む妹である。

 なにがあったのかはわからない。

 だが、ウドゥナチャは強く思ったのだ。

 

 ああはなりたくない、と。


 翌日のことである。

 おじさんは朝から学園長に呼びだされていた。

 用件は間近に迫った対校戦のことである。

 

 対校戦の会場は王都。

 学園にある闘技場で行われるのだ。

 

 いつもなら開会の言葉や来賓挨拶などがある。

 その辺の面倒な儀式はすっ飛ばしたい学園長だが、そういう場が好きな連中もいるのだ。

 立場上、そうした意見も無下にはできない。

 

 だが今回の対校戦に限っては、おじさんがいる。

 そこで何かしらの催しをと考えていたのだ。

 

 無論、それは演奏会である。


「……ということでな。いっちょ度肝を抜いてやろうかという魂胆なのじゃよ」


 自慢の白髭をしごきつつ、学園長はおじさんに言う。

 

「……学園長」


 おじさんがジトッとした目をむける。

 

「そういうの大好きですわ!」


 呆れているのかと思いきや、のりのりだったおじさんだ。

 

「リーならば、そう言うてくれると思っておった!」


「詳しい話をしないといけませんわね!」


 おじさんと学園長が頭を突き合わせて悪巧みをする。

 それは数時間にも及んだ。

 

 話が一段落したところで休憩に入る。

 

 学園長とっておきのお菓子をいただきながら、お茶を飲む。

 今回のお茶はおじさん手ずから淹れた抹茶である。

 正確にはお砂糖控えめの抹茶ラテだ。

 

 ほどよい苦みがお菓子の甘さを引き立てる。

 

「ふむぅ……あの茶葉にこのような飲み方があったとはのう」


「美味しいでしょう? こちらの粉末は置いていきますので楽しまれてくださいな」


「うむ。すまぬの」


 孫娘と祖父といった感じの二人である。

 和やかな話が続いていると、入室者があった。

 

「失礼いたしま……す?」


 姿を見せたのはキルスティであった。

 対校戦関連で学生会も慌ただしく動いていたのである。

 

会長リーさん? お越しになっていたのですか」


「ええ……少し学園長とお話がありましたの」


 テーブルの上を見るキルスティだ。

 そして、ほんのわずかに表情を曇らせた。


「ということで学園長。お時間を取らせました。わたくし、これから準備をしてまいりますわね」


 おじさんは腰をうかす。


「うむ。頼んだぞい」


 短いやりとりの後に、おじさんはキルスティの抹茶ラテを用意した。

 

「先輩、ごゆるりとどうぞ」


 学園長には、わかってますわよね? と視線を送る。

 その視線に頬をひくつかせる学園長だ。


「では、わたくしはこれにて失礼いたしますわ」


 きれいなカーテシーを見せて、おじさんは退室するのであった。

 

 その足で学生会室にむかうおじさんだ。

 

「リー様!」


 顔を見せたおじさんに声がかかる。

 

「皆さん、おつかれさまですわね」


 ふわりとした笑みをうかべて労うおじさんだ。


「学園長に呼びだされていましたの。キルスティ先輩ともお会いしましたわ」


「ってことは! あれね!」


 聖女が声をあげた。

 それに対して、コクンと首肯して見せるおじさんだ。

 

「優勝したらご褒美だしてもらえるように言ってきたのね!」


 聖女の可愛らしい要求に、おじさんはふふっと笑ってしまう。


「ご褒美!」


 聖女の言葉にケルシーが敏感に反応する。

 

「やーきにく! やーきにく!」


 聖女がコールをする。

 それに続くケルシーだ。

 続いて、脳筋三人もコールに加わった。

 

 その姿を微笑ましく見つめながら、おじさんは会長の席に腰を下ろす。

 同時に壁際に控えていた侍女を呼ぶ。

 今日はクロリンダのようだ。

 

「休憩にしましょうか。わたくしから差し入れを。少しならつまみ食いをしてもいいですわよ」


 宝珠次元庫をクロリンダに渡しながら、こそっと囁くおじさんなのであった。

 その言葉に表情がキリッとなるクロリンダである。

 

「もう! なんてことを仰るのですか! 私はお嬢様とは違うんです! 蛮族なんて呼ばせませんからね!」


 そう言いながらも、宝珠次元庫を大事そうに胸に抱え、スキップで厨房へとむかうのであった。

 

「リー様。学園長はなにを?」


 しっかり者のアルベルタ嬢である。

 

「ちょっとした悪巧みですわね」


「……悪巧みなのです?」


 パトリーシア嬢が呟く。

 

「ええ。対校戦の開会式にて、わたくしたちの楽団が前座を務めることになりましたの」


 オープニングアクトのことである。

 がっつり演奏会を開こうというのだ。

 

「ふふ……色々と楽しめそうですわね」


 ニュクス嬢たち参謀組が悪い表情を作っている。

 

「では、戦っている間の演奏はなしになりましたの?」


 アルベルタ嬢が質問をする。


「いえ。そちらも問題ありません。いつもどおりですわ」


 グッと拳を握るパトリーシア嬢である。

 

「やってやるのです! 燃えてきたのです!」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーが頷いている。

 

「なぁ会長」


 相談役のシャルワールがおじさんに声をかけた。

 

「大丈夫なのか? あとで怒られるのは勘弁だぜ」


「問題ありません。わたくしたちの後ろ盾は学園長です。なので、怒られるのは学園長ですわ!」


 おじさんの一言に度肝を抜かれるシャルワールである。

 隣にいたヴィルも顔を青くさせていた。

 やらかす、と宣言したも同然だからである。

 

「責任はワシが取ると言質をとってきましたから。あとはわたくしたち次第でどうとでもできますわよ!」


 おじさんはしたたかであった。

 その言葉にハイタッチをしている参謀組である。

 

 男子二人は胃の辺りがきゅううと痛むのを感じるのであった。

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