第516話 おじさん国王に無理を言ってのませる


 明けて翌日のことである。

 おじさんはいつもの時間に目を覚ました。

 ヒシっと抱きついている妹の頭をなでると、にゅふふと笑みへと変わる。

  

 そんな妹を起こさないようにして、寝台を抜けだすおじさんであった。

  

 いつものようにジャージに着替えて侍女と組み手をする。

 ウドゥナチャの姿は見えなかった。


 そして、朝食の席である。

 ウドゥナチャが執事の服を着て、壁際に立っていた。

 おじさんに手を振る彼の頭に、家令であるアドロスがゴチンと鉄拳を落とす。

 

「ねぇねぇ」


 すっかり馴染んだケルシーがおじさんに声をかける。

 

「あの人って新しい人?」


「そうですわよ」


 ふぅん、と返事をしてケルシーは控えているクロリンダを見た。

 クロリンダも侍女服がすっかり様になっている。

 

「クロリンダ、獲物がいたようね」


「バっ……お嬢様っ! そういうことを言ってはいけません」


 どうやらクロリンダはウドゥナチャが気になっているようだ。

 おじさん、社内恋愛は否定しない派である。

 

 両親と弟妹、アミラも揃って賑やかな食事が始まった。

 面識のある両親はまだウドゥナチャに気づいていないようだ。

 

 今朝の朝食も豪華である。

 新鮮な野菜に果物、バターたっぷりのパン。

 おじさん洋食だって嫌いではないのだ。

 

 朝食が一段落したところで、おじさんは用件を切りだした。

 

「お父様、お母様。少しお話があるのですが、よろしいですか?」


 両親が顔を見合わせてから、大きく首を縦に振る。

 それを確認してから、おじさんはパチンと指を鳴らした。

 

 アドロスがウドゥナチャを連れて前にでる。

 

「……ええと。リーちゃん?」


 戸惑いの声をあげたのは父親だった。

 母親は目を少しだけ細めて、ウドゥナチャを見ている。

 

「なんでその男がここにいるのかな?」


 執事服まで着ているのを見て、父親は理解が及ばなかったのだ。


「勧誘してきましたの。わたくしの配下になるということで合意しましたわ」


「……勧誘? 配下? いや、ちょっと待とうか。その前にどうやって王城から抜けだしたんだ?」


 前半は呟くように、後半はウドゥナチャに聞く父親だ。

 おじさんがウドゥナチャに頷いてみせる。

 話していいと理解して口を開く。

 

「ええ……お久しぶりです? なんというか……カタにはめられちまったんですよ、お嬢ちゃ……さんに」


「おかしいな? リーちゃんはキミと会っていないはずだけど?」


 もっと詳しく話せという視線を送る父親である。

 当然だがそんな言い分では納得できないだろう。 


「あー」


 と、言いながらウドゥナチャは頬を人差し指で掻いた。

 

「あの結界を、ちょちょいと解析してね。で、抜け穴見つけて陰魔法で抜けてきたんだよ。で、お嬢さんの部屋に忍びこんだまではいんだけど、それが罠だったってこと」


「……部屋に忍びこんだ?」


 あ、と小さく声を漏らすおじさんだ。

 同時にビキビキと父親の額の血管が浮き上がる。

 

「殺す!」


「ハウス!」


 おじさん父親が叫んだのは同時だった。

 あばばばば、と父親の身体が弱い電撃に貫かれる。

 

「うへぇ……おっかねえ。バケモノしかいね……」


 ウドゥナチャが声を止めたのは、首筋にナイフがあてられたからだ。

 背後に立ち、ナイフをあてたのは家令である。

 

【火球・改三式】


 圧縮された火球がウドゥナチャを襲う。

 こちらは母親である。

 

「だあああっちちちちち!」


 叫ぶウドゥナチャだ。

 

「リーちゃん!」


 母親がおじさんを呼ぶ。

 

「取引に使う気ね! それでいいと思うわ!」


「はい! お母様!」


 父親が痺れている間に、母と娘は理解しあったようである。

 

「ねぇねぇ……けるちゃん」


 妹である。

 隣にいるケルシーに声をかけているのだ。

 

「そーちゃん、どしたん?」


 ケルシーは我関せずとばかりに、果物に手を伸ばしていた。

 

「ねーさまとかーさまが喜んでるの、なんで?」


「さぁ? しらないけど。そーちゃん、ひとつ覚えておくといいわよ」


 なぁにと首を傾げる妹である。

 

「笑顔でいるってことは心配ないってことよ」


「うん! わかった、けるちゃん!」


 偶には良いことを言う。

 そんなことを思うクロリンダだ。

 

 ついでに、クロリンダは考えていた。

 どうやらあのウドゥナチャという人物、なにか裏があるのかと。

 

「先日ぶりですわね、陛下!」


 朝食の後である。

 おじさんは王城に父親とともに移動していた。

 

 国王の私室には宰相もいた。

 これは都合がいいと思うおじさんである。

 

「おおう! リー! すまんな! 今は緊急事態が出来しゅったいしておってな」


 相手はできん、と言外に告げる国王だ。

 だが、おじさんはニコリと微笑んで返す。

 

「ウドゥナチャの件でしょう?」


「え? リー? なにか知っておるのか?」


 国王の問いに、父親が返答する。

 

「兄上、いえ陛下。件の賊ですが既に捕らえております」


 その言葉に国王と宰相の動きがとまった。


「……はぁ。そういうことですか」


 宰相は察したようである。

 おじさんが関わっているのか、と。

 

 こくりと首肯してみせる父親だ。

 そしておじさんから詳しく聞きとったことを説明する。

 

「……なるほどのう。リーの配下に」


 国王は腕を組み、目を閉じた。


「スラン、あれを配下にしてもいいのですか?」


 宰相は父親を見た。


「ああ、あれはもう縛っております。リーちゃんが」


「契約魔法ですわ! あれ・・はまだ気づいていないようですけど。もう逃げられません!」


「……ということです」


 ニコニコと笑顔をうかべるおじさんだ。

 その逆に父親の方は若干疲れているような表情である。

 

「うむ……今までの功績を思えば、リーにくれてやるのはやぶさかではないのだ」


 国王が重い口を開く。

 

「だがな、あれは邪神の信奉者たちゴールゴームの首領でもあったのだ。それを思えば、おいそれと赦免を与えるのもどうか。ケジメを取らさねば」

 

 そう。

 国王としては、面子の問題もある。

 なにせ王太子が廃嫡する原因にもなったのだから。

 死罪が妥当なところだろう。

 

「と、仰るのはわかっておりましたわ。ただ陛下、あれは王国に手出しをする前に首領を追われたという話ではありませんか?」


「……で、あるな。だが、それが真実とは限らん」


「でしょうねぇ。陛下の心中をお察ししますわ。そこで陛下にわたくしから提案がありますの!」


 父親が胃の辺りをさする。

 それを見て、宰相は悟った。

 またとんでもないことを言いだすのだ、と。

 

 おじさんは語った。

 リソース不足の話である。

 そこで王国全体に対して、技術を提供する用意があるということまで話してしまう。

 

 アメスベルタ王国産業革命計画である。

 

 その話のスケールの大きさに国王は開いた口がふさがらなかった。

 宰相は目を輝かせて、おじさんの提案に耳を傾ける。

 

 なにせ宰相としても危惧していたのだから。

 カラセベド公爵家の力が大きくなりすぎることを。


「……ということですわ。その対価として、ウドゥナチャを引き取らせていただきます。もちろん表向きは死罪としても構いませんわ。どうです?」


「素晴らしいっ! 素晴らしい提案ですっ! リー!」


 宰相は興奮していた。

 諸々の説明でしっかりと未来の図を描けたのだから。

 おじさんの手を取り、興奮する宰相だ。

 

「……とんでもない提案をするのう。それではリーの功績と引き換えという形になってしまうがよいのか」


「かまいませんわ! わたくし、功を為し、名を残すことに興味がありませんもの。この国に生きるすべての人たちに幸せになってほしいのですわ! もちろん足りぬことはあるでしょう。そこはお父様や陛下、宰相閣下の御力を貸してほしいのですわ!」


 ふはっと笑う国王である。

 

「あい、わかった。そなたこそ、この国に生きる貴族の範たる者にふさわしい。ならば、そなたの提案をのもう。表向きは死罪として処するが、あとは好きにいたせ」


「ありがとうございます。寛大なる措置に感謝いたしますわ、陛下」


 その場にいる者すべてを見惚れさせるほどの笑顔を咲かせるおじさんなのであった。

 

 暫くしておじさんが王城を去った後である。

 国王と宰相、父親の三人は頭を突き合わせていた。

 

「なぁ……スランよ」


「どうかしましたか、兄上」


「さっきは勢いで、ああ言ってしまったが、もうリーには逆らえんのじゃないか?」


「それは杞憂というものですよ、兄上」


 ハハハと父親は軽やかに笑う。


「その心はどこにあるのです、スラン」


 宰相が悪戯小僧のような表情で聞く。

 

「既にもう手遅れだからですよ! リーちゃんに逆らえる者がこの場にいますか? いや、いないと断言できますね!」


 たしかに、と頷く国王と宰相であった。

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