第515話 おじさんまたぞろ不穏な影があることを知る


 その日、間近に迫った対校戦を楽しみにしながら、おじさんは眠らない夜を過ごしていた。

 夜天には三日月が浮かんでいる。


 カーテンの隙間から少しだけ月明かりが入りこむ。

 おじさんの隣には妹がいる。

 小さく寝息を立てている妹。

 

 その寝顔を見つめながら、おじさんはムクリと上半身を起こした。

 

「はぁ……まったく」


 と、息を吐く。


「深夜に乙女の寝室に罷り越すなんて礼儀がなっていません」


「ナハハハ。悪いな」


 床に伸びた影が盛り上がり、人の形をとった。


「あなたは……」


 ふふっと不敵な笑みをうかべる人影である。

 

「……確か、ウッチャンナンチャン!」


「誰がやねん!」


 即座にツッコむ人影だ。


「……静かになさってくださいませ。妹が起きてしまうではないですか」


 しれっと注意するおじさんである。

 元を正せばおじさんのせいなのに。

 

 わ、悪いと素直に謝る人影であった。

 

「ウドゥナチャ。元邪神の信奉者たちゴールゴームの首領だ」


「わかってますわ。で、なんの用なのです?」


 平常運転のおじさんである。

 令嬢らしく悲鳴をあげたりはしない。


「ふふ……お嬢ちゃんが作った結界には手を焼かされたぜ。まるで隙がないんだからなぁ」


「それは遠回しな自慢ですか?」


「ま、そうとも言うな」


 ニカっと白い歯を見せるウドゥナチャである。


「それを告げに来たわけではないでしょうに」


 おじさんが目で続きを促す。

 

「まぁひとつは自慢しにきたわけ。お嬢ちゃんの結界だって抜けられるんだぜってな。どうだ!」


「はいはい。すごいですわね」


 棒読みで答えるおじさんだ。

 

「ちっ。もっと驚いてくれてもいいんじゃないか?」


「まぁ予想していたとおりですから。それより王城での取り調べは終わったのですか?」


「ああ……まぁだいたいな。オレの知っていることは話したよ、全部。今は裏取りで忙しいんじゃないの?」


「ほおん。続きを」


「ちょっとくらいは興味示してくれよう」


 大げさな身振り手振りで訴えるウドゥナチャだ。


「もはや邪神の信奉者たちゴールゴームに興味はありませんの」


 いつもなら高笑いをするところで、自重するおじさんだ。

 

「まぁ壊滅しちまったからなぁ」


「で?」


「まぁいいか、ここからが本題。オレに何にもさせなかったお嬢ちゃんに敬意を示して、とっておきの情報を流しにきたんだ」


「なるほど。貸しを作っておきたいということですか?」


 今宵のおじさんはキレキレである。


「そうだよ。王城から逃げてきたからな、その辺なんとかしてくれってことで」


 肯定も否定もしない。

 おじさんは無言で続きを促した。


「いや、オレもさ。いわば組織の被害者なわけ。で、これからは自由気ままに生きていきたいなーってことなんだよ」


 明るく振る舞うウドゥナチャである。


「やりにくいな」


 無言でいるおじさんに対して愚痴る。

 だが、その姿はどこか滑稽だ。

 意識してそうしているのだろう。

 

「こほん。この国には幾つかの危ねえ組織がある。邪神の信奉者たちゴールゴームもそのひとつだな。オレたちはあんまり横の繋がりはもってねぇ」


 だけど、とウドゥナチャが親指を立てた。

 

「まぁ蛇の道は蛇ってやつでね。色々と情報は入ってくる。その中でオレらが積極的・・・に敵対するのを避けてたのが蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースってとこ」


「ほう。初耳ですわね」


蛇神の信奉者たちクー=ライ・シース。いつ頃にできた組織になるのかもわかんねえ。そいつらの目的もよくわかってねえ」


「では、なにが問題なのです?」


「タチが悪いんだよ。噂じゃ敵対した組織は壊滅するまで徹底的に追いこむ。死体も残らねえそうだぜ。正体もよくわかってねえ、そんな相手にケンカなんて売りたくねえだろ?」


「それは……そうですわね」


「で、ここからが重要だ」


 ウドゥナチャが親指を立てたまま、人差し指も立てる。

 

「あくまでも噂だ。蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースのヤツら、今年あたりに何かしでかす可能性があるぜ」


「その根拠は?」


「あいつらと繋ぎをとってたヤツがいた。裏社会の住人だけどな、そいつが姿を消す前に言ってたんだ。あいつらが最も重要視している儀式があるんだが、星の動きだかなんだかが重なるってな」


「……なるほど。それはこちらで調べましょう」


「伝手はあるのかい?」


「どうとでもなりますわ」


 自信満々のおじさんを見て、ウドゥナチャはフッと笑う。


「怖い、怖い。ってことで、オレはここらで静かに立ち去るぜ」


 今度はおじさんがフッと笑った。

 

「じゃあな、お嬢ちゃん。もう二度と会うことはないだろうけど、元気でな! さらだばー!」


 どこまでも拍子抜けさせる元邪神の信奉者たちゴールゴームの首領である。

 得意の陰魔法を発動させて、おじさんの前から姿を消そうとした。

 

「あいええええええ?」


「わたくしを前にして、なぜ陰魔法が発動できると思うのです」


「ま、ましゃか!」


「はい。ご賢察のとおり、これは罠ですわね!」


 んーと首を捻るウドゥナチャである。


「え? もしかしてあの結界の抜け道も?」


「もちろんですわ。あなたなら解析して抜けてくると思っていましたから。ちゃんとここに誘導してあったでしょう?」


「き、気づいてなかったぜー」


 膝を折り、四つんばいになるウドゥナチャだ。

 

「あ!」


 と、そこで彼は気づいたようである。

 

「ひょっとして伝手ってオレのこと?」


 正解だと言わんばかりに、おじさんはニッコリ微笑んだ。

 

「あなたの選択肢は二つ。わたくしに始末されるか、わたくしの配下となるか。どちらがよろしいですか?」


 おじさんは本気で始末しようとは思っていない。

 ここはスカウト一択だと考えていた。

 

 ウドゥナチャが有能なのはわかっている。

 また裏社会に通じているという人材は貴重だ。


「条件は?」


「わたくしの配下になるのなら、面白いことをたくさん見せてあげますわ。世に倦んだあなたのことです。それが生きる目的なのでしょう?」


 おじさんのアクアブルーの瞳がウドゥナチャを見つめる。

 その真っ直ぐな視線に彼は覚悟を決め、両手をあげた。


「……わかった。降参だ。お嬢ちゃんの配下になるよ。でも、自由にはさせてくれよな」


「わかっています。必要以上に縛ろうとは思いません。最低限は働いていただきますが、それ以外は自由にしてもらってかまいませんわ。ただし人に迷惑をかけてはいけませんよ」


「……わかってるって」


「ってことで! サイラカーヤ」


 侍女の名を呼ぶおじさんだ。

 その瞬間に短距離転移の引き寄せを使って部屋に呼ぶ。

 

 実は侍女が扉の外で待機していたのだ。

 ウドゥナチャの気配がした瞬間に、しっかり対応していたのである。

 

「はい。お嬢様」


「彼のことを頼みますわね」


「承知しました」


「え? どういうこと?」


 訳がわからないという表情になるウドゥナチャだった。

 そんな彼の腕を鬼のような力で掴む侍女。


「いででで……どういうこと?」


「あなたには執事教育を受けていただきます」


「は?」


「わたくしの配下になるということはそういうことです」


「だ、だまし……うぐぐ……」


 侍女がウドゥナチャの口を押さえていた。


「お静かにと言いましたわよ」


 しっと唇に指をあてるおじさんだ。

 

「さて、明日からお勉強してくださいな、ウッチャンナンチャン」


 とても良い笑顔で微笑むおじさんである。

 ちなみに妹はこの騒動の中、一度も起きることはなかった。

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