第514話 おじさんと対校戦にてさらにさらに戦う予定の者たち


 ロムルス=ブルスマ・ラケーリヌ=ピタルーガ。

 アメスベルタ王国の宰相である。

 

 三公爵家のひとつ、ラケーリヌ家の当主だ。

 おじさんの母親と王妃の兄という立場でもある。

 

 有能で真面目な官僚であり、どこか抜けた部分のある王国上層部の中では最も苦労人だと言えるだろう。

 いつの世も面倒見のいい人間というのは損をするものだ。

 

 そんな宰相閣下だが、本日は珍しく早めにタウンハウスに帰宅していた。

 食事と入浴をすませ、ゆったりとサロンで寛ぐ。

 おじさんの母親からもらった果実酒を楽しむのだ。


 すっかり果実酒の虜になっている宰相である。

 最近はエールに代わるラガーや、ルビアの涙といった新しい酒も少量ながら出回っていると聞く。

 

 恐らくは妹、いや姪っ子であるおじさんが関わっているのだろうと推測は当たっていた。

 先日の宴会で色々と楽しませてもらったからだ。

 

 宰相の自宅にも、おじさんちで販売する家具が揃っている。

 特にお気に入りの二人がけのソファで寛いでいるのだ。

 

 そんな宰相の隣には、落ちついた雰囲気の女性がいた。

 妻である。

 夫婦そろって、優雅な時間を楽しんでいるのだ。

 

 少し離れた位置で一人がけのソファで、本を読む嫡男もいる。

 趣味である古代書の写しを静かに読んでいた。

 

「そうそう、あなた。ルルエラのお相手はどうなっていますの?」


 ルルエラ――宰相の下の娘である。

 昨年、学園を卒業したばかり。

 

 現在は王都と領地を行ったりきたりして、運営を学んでいる最中で忙しくしているのだ。

 ちなみにキルスティの前の学生会会長である。

 

「ああ――そのことか」


 貴族の結婚は早い。

 だいたいが二十歳までに結婚する。

 学園とはそうした相手を見つける場でもあるのだ。

 

 ただ、ルルエラは誰も選ばなかった。

 見た目だけなら美少女といっても過言ではないだろう。

 その美貌に釣られる男どもは多かったのだ。

 

 だが、ルルエラのお眼鏡にかなう者は学園にいなかった。

 

「そろそろお相手を決めませんと……」


 おじさんならクリスマス理論ですわね! と声にだすところだ。

 しかし、ここにはおじさんがいない。

 

「ルルエラはどう言っているんだい?」


「まぁあの子は……べつに今すぐじゃなくていい、と」


 妻の言葉に宰相は深く息を吐く。

 べつに家にいてくれても構わない。

 きちんと仕事をしてくれているし、家令からの報告ではそれなりに見所もあると聞いているからだ。

 

 跡継ぎである嫡男との関係も良好。

 ならば、どこかの町をひとつ任せてみてもいいかもしれない。

 

 が、結婚推奨派の妻の前で大っぴらにはできないのだ。

 複雑な心境の宰相であった。

 

「……確か以前、求婚してきたのがいただろう。十人くらいいたんじゃないかな?」


「袖にしましたわ! 十人それぞれに条件をつけて」


「どんな条件なんだい?」


「やれ天空龍を仕留めてこいだの、精霊の雫やら聖樹の果実を手に入れてこいだの、と無理な条件を言い渡したのですわ! それに……」


 ヒートアップしてきた妻の見幕に圧される宰相だ。

 同時に天空龍のところで吹きだしそうになってしまう。

 

 ちらり、と自分の右腕に目をやる。

 そこにはおじさんが作った天空龍シリーズの腕輪が輝いていた。

 

「それに……なんだい?」


「十人の内、食い下がった五人がうちの寄子なのですけど。その者たちにはこう言いましたのよ。対校戦でリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワに一矢報いてみせよ、と」


 今度こそぶふーと含んでいた酒を吹きだす宰相である。

 

「けほっけほ。また無茶なことを……」


 宰相は従僕が持ってきたタオルを受けとった。


「そもそも結婚する気がないのですわ! あの子は!」


 王都在住組の一部は知っているのだ。

 おじさんが王都を襲撃したバケモノを倒したことを。

 その情報は統制されていて、外に出回っていない。

 

 つまり、だ。

 

 そのことを知らない寄子の求婚者たちは、目の色を変えておじさんを狙うことになる確率が高い。

 

 宰相は思う。

 我が娘ながら、もう少しやりようはあっただろう、と。

 

 それよりも危惧することがあった。

 ルルエラからおじさんに乗り換える求婚者たちがでないか、ということである。

 

 その場合、ルルエラはどう動くのだろう。

 押しつけに成功したと笑うだろうか、それとも玩具をとられたと怒るだろうか。


「んんー嫌な予感しかしないな……」


「あなた! リーさんにわざと負けてもらうことはできませんか?」


 おっと。

 とんでもない無茶を言いだす妻である。

 その妻の顔を見ながら、宰相はゆっくりと首を横に振った。

 

「それは悪手だよ、メイユェ」


 妻――メイユェを諭すように、ゆっくりと話す。

 

「事情を話して頼めば、リーからはいい答えが返ってくると思うよ。だけど、うちの揉めごとの尻拭いをさせるわけにはいかない」


「……わかってます。わかってますけど!」


 宰相の妻であるメイユェも理解しているのだ。

 自分が無茶なことを言っている、と。

 

 だが、それ以上に切羽詰まっている状況だと捉えている。

 

 宰相とメイユェは幼なじみだ。

 ラケーリヌ公爵家をサポートする二つの侯爵家。

 そのうちのひとつである、アレリャーノ家の令嬢なのである。

 

 しかも誕生日もほぼ同じ。

 宰相とメイユェは兄妹も同然に育ってきた。

 そうした意味では結婚相手で悩むことはなかったのだ。

 

「どうしたものか」


「もう残された時間は少ないですわよ」


「仕方ない。対校戦に合わせて王都に呼ぼうか。そこで私からどう考えているのか聞いてみるよ」


「お願いしますわね」


 どうにもサロン内の空気が重くなってしまった。

 その空気を変えるように、宰相はわざと明るい声をだす。

 

「そうそう。忘れていたけど、メイユェもひとつどうだい?」


 おじさんちで振る舞ってもらった料理を、宝珠次元庫から取りだす宰相である。

 あつあつホカホカのたこ焼きだ。

 

「まぁ! 見たことがないお料理ですわね!」


「先日、ヴェロニカに振る舞ってもらったんだよ。で、メイユェにも食べてもらいたくてね」


 楊枝代わりにフォークを刺して口に運ぶ宰相だ。

 はふはふ、と口の中でとろける食感を楽しむ。

 

「熱いから気をつけて。ほら、あーん」


 たこ焼きと同じく、熱い仲の二人なのであった。

 

「……父上、母上、そういうことは二人きりのときにしてくれませんかね?」


 完全にサロンの中に嫡男がいたことを忘れていた宰相と妻だ。

 宰相は頬を赤らめ、息子を見る。

 

「……すまん」


 ぺこり、と頭を下げるのであった。


「……おほほほ。あなたも婚約相手とすればいいでしょう?」


 妻であるメイユェの方は開き直っているようである。

 一瞬だけ渋面を作る嫡男。

 

 その後で、宰相に向き直って言う。

 

「父上、忘れておられるようなので、ルルエラのことでひとつご忠告を」


「ほう、なんだい?」


あれ・・がヴェロニカ様に最も似ていると評していたのは父上ではないですか」


「つまり?」


「我々の想像の斜め上をいくということです!」


 きゅううと急速に胃の辺りに痛みを感じる宰相なのであった。

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