第513話 おじさんと対校戦にてさらに戦う予定の者たち
港町アルテ・ラテンの領主館である。
赤髪の女傑、フレメアは感情の抜け落ちた表情で目の前に詰まれた書類を見つめていた。
その原因はおじさんにある。
発端はアルテ・ラテンを襲った
おじさんに紹介されたアルフレッドシュタイン・ツクマーに連絡をつけたまではよかったのだ。
ポンポンと話が進んで、実際にツクマーが来訪した。
そこからがいけなかったのである。
大量に放置されている凍った魔物の群れ。
それを見て、我を忘れるほどツクマーは興奮したのだ。
あれこれと魔物の講義を始め、残っていた魔物の一体一体につき詳細な査定をしだす始末。
それらすべてにフレメアは付きあわされたのだ。
結局のところ、氷漬けの魔物の売却額はかなりになった。
ただしさすがに一括での支払いは難しい。
なので分割払いとなったのだが、その手続きにも手間取ってしまったのだ。
ちなみに氷漬けの魔物を解凍するための魔道具が、おじさんからアルフレッドシュタイン・ツクマーに送られてきたそうである。
予算の確保ができたところで、周辺地域の復興予算を組むことになる。
これらがフレメアの忙しさに拍車をかけていた。
さらに折悪く、おじさんが炭酸泉の開発に着手する。
しかも基礎工事などは終わらせているだから始末に負えない。
既に工事は着工していることもあり、アルテ・ラテンには多くの人が集まってきていた。
その治安対策やら何やら。
さらに炭酸泉の周囲に出店したいという商家からの陳情。
既にフレメアのライフはゼロであった。
ということで息子であるアポストロスを、一時的に呼び戻したのだ。
「母上、そのような表情をしていても終わりません。手を動かしてください」
「……甲斐性のない息子だねぇ。この書類はどうかお任せあれ、とはいかないのかい?」
フレメアの提案を鼻で笑うアポストロスだ。
そして冷ややかな目線を母親に送る。
「ハリエット様はこの倍の量を一日でこなされますが?」
おじさんの祖母である。
祖母もまた加速して増える書類仕事と奮闘しているのだ。
「ぐ……」
痛いところを突かれたという表情のフレメアだ。
「まったく! こんなことではいつまで経ってもリー様のお側に戻れないではないですか」
文官としてのアポストロスは優秀である。
口だけではなく、しっかりと手も動かして書類を片づけていく。
「リー様、リー様って言うけど、お前は跡取りじゃないか」
「ぐぬぅ! それでもです!」
「そのリー様がどんどん仕事増やしてるんだけどな!」
嫌みを言うフレメアが勝ち誇った顔をする。
「ですが、うまくすればウチの税収がかなり上がるんですよ」
「わかってるよ! わかってるから黙って仕事してるんじゃないか!」
「黙ってないですし、仕事もしていません!」
「この! ……口だけは達者になったもんだね! そんな教育はした覚えがないさね!」
「そもそも母上には武術と魔法しか教わっていませんよ。それより、私の分は終わりましたから」
ドンと、フレメアの前にさらに書類が追加された。
「しっかりと内容を読んで、決済できるものは署名をお願いしますね!」
「くううう! お前なんてだいっきらっっいだあああ!」
そんなことを叫ぶフレメアの執務室に来訪者があった。
顔を覗かせたのは、暗めの赤髪を短髪にした線の細い少年である。
「失礼します。ただいま戻りまし……た?」
室外にも届いたフレメアの叫声に驚いてしまう少年だ。
「ララックじゃないか? 久しぶりだね」
アポストロスが室内に招き入れ、声をかける。
ララックと呼ばれた少年は、フレメアからすれば甥だ。
亡夫の弟の息子となる。
「アポストロス
「母上の書類仕事を手伝っていたのですよ。それより学園の方はどうしたのです?」
ララックは公爵家領にある学園に今年から通っていた。
「対校戦がそろそろ始まるので、休みをもらって戻ってきたんですよ」
「ほう……ということは出場するのですか?」
「ええ、まぁ……」
どことなく照れくさそうな雰囲気をだすララックだ。
それを微笑ましく見守るアポストロスである。
「スゴいじゃないですか。私は王都の学園でしたが、一度も選ばれませんでしたから大健闘ですね!」
その表情は心底から祝福しているものだった。
「ふん! トルーン家に連なる者が恥じることなく言うな! ララック、対校戦での活躍を期待しているからね!」
フレメアがプレッシャーをかける。
「ああ、はいはい。母上は先にお仕事をどうぞ」
「……つ、冷たい。息子が冬の北風より冷たい!」
フレメア
「対校戦のことなのですが……リー様のことが噂になっていまして」
「その話、詳しくお願いします! ララック!」
クワッと目を見開いて、従弟の肩をがっしり掴むアポストロスであった。
「いえ……噂といってもそんなに大げさなものは……」
「大丈夫です! リー様のことなら些細なことでも耳に入れておくのが忠臣というもの!」
ギラギラとした目のアポストロスが怖い。
そう思うララックなのだ。
「そうですね。そもそもアルテ・ラテンの
「ほう……と言うことは流したのはララック?」
「最初はそうですね……ですが、リー様を領都でお見かけした者たちもいますし……まぁ容姿のことが大半です」
超絶美少女であるのだ。
おじさんは。
特に公爵家領では、その手の噂は枚挙に暇がない。
「ああ! 羨ましい! 私は心底からあなたが羨ましいですよ、ララック!」
ええっ!? となる少年だ。
ララックにとってアポストロスは憧れの従兄である。
そんな従兄が何を言うのだと感じたのだ。
確かに話に聞くリー様の活躍はスゴい。
だが、ララックはそのときはアルテ・ラテンにいなかったのだ。
おじさんの活躍を自分の目では見ていないのである。
だからこそ噂話が先行しているのではと考えていたのだ。
どれだけ強かろうとも、
実際には騎士団と一緒だったのでは、と思うのが常識というものだ。
それでもスゴいことには変わりはないけれど。
「リー様と対戦できるやもしれないのですよ? それはもう天上に届きうる幸運だと思うのです」
何を言っているのか、意味がわからないララックだ。
そこにフレメアの鋭い声がかかった。
「情けない! トルーン家の者ならリーを倒す! くらいは言ってほしいもんだねぇ! ええ?」
フレメアに粘度の高い視線を送るアポストロスだ。
またしても鼻で笑う。
「母上がゴブリンならリー様は天上に御座す女神様なのです。なんたる傲慢、なんたる増上慢。身の程を知ってください」
「ゴブ……ゴブリンだとう!」
つい立ち上がってしまうフレメアである。
「言うに事欠いて、母親のことをゴブリン扱いするとは! その腐った性根、叩きのめしてくれる!」
表にでろ、と激高するフレメアだ。
対して、ふぅと大きく息を吐くアポストロス。
「それは比喩として言ったまで。母上のことをゴブリンだなどと言った覚えはありません」
「言った! 言ったさね! ゴブリンって言ったもん!」
もはや駄々っ子になっている母親を見て、アポストロスは重い息を再度吐くのであった。
「仕方ありませんね! これでも騎士団で鍛え直してもらったのですよ! 母上のその思い上がった心を正してみせましょう」
アポストロスとフレメアが連れ立って執務室を出て行く。
その後ろ姿を見ながら、ララックは思う。
相変わらず従兄上はデリカシーがない、と。
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対校戦の名前付きキャラが多くなりそうです。
なので、後日キャラ一覧を作っておこうと思います。
まだいつまでに公開できるとは言えませんので、できそうならまた報告します。
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