第511話 おじさん宴の後の寂しさを知る


 学園長と国王、宰相に軍務卿の四人を残し、おじさんと両親は公爵家邸へと戻る。


 どうにも建国王が張り切ってしまったのだ。

 不甲斐ない、この老骨を倒してみせよ、と。

 

 建国王もまた脳筋の持ち主であると言えるだろう。


 少しだけ時は遡る。

 おじさんたちが姿を消した直後のことだ。

 

「ねぇねぇ」


 ケルシーが近くにいたパトリーシア嬢に声をかける。

 

「あれって、こくおーって人でしょ?」


「そうなのです。この国でいちばん偉い人なのです!」


「ほへえ……大族長みたいなもの?」


 ケルシーの問いにパトリーシア嬢が首を傾げる。


「んん……聖樹国がどういう仕組みで政治をしているのか知らないのです」


 申し訳ないという表情になるパトリーシア嬢だ。

 そこへジリヤ嬢が参戦してくる。

 

「ケルシー、そこをもっと詳しく!」


 さすがに文系少女だ。

 知識への探究心は人一倍あるのだろう。

 

「詳しくって言われてもなー。エルフって氏族単位で村を作ってるのよ。そこに族長がいて、その族長たちをまとめる族長たちがいる? みたいな?」


「その大族長が方針を決める感じですか?」


「んー話し合いするの! 皆で!」


 いわゆる合議制に近い形だ。

 王国でもそれに近い形をとっているが、なにせ王という権力者がいる構造になっている。

 いわゆる鶴の一声が確実に存在するのだ。


「ジリヤ、手帳に書きこむのは後にするです。で、ケルシーは何を聞きたかったのです?」


 指を顎にあてながら考えてから口を開くケルシー。


「んーとねー。こくおーって人は偶にくるけど、それって当たり前のことなの?」


 不思議だったのだ。

 色んな人が訪れる公爵家邸である。

 その中でも、なんだか妙に空気がピリッとする人たちがいることに。


「当たり前じゃないです。私たちも基本的に陛下とお会いする機会はないのです」


 パトリーシア嬢は伯爵家の令嬢である。

 軍務閥ではかなり力を持っているお家だ。

 そんな家の令嬢でも、国王と会うことは滅多にない。


「へぇ……そうなんだ」


 わかったようなわかってないような表情だ。

 そこでジリヤ嬢が説明をする。

 

 おじさんの父親が国王とは同腹の弟であることや、低いながらも継承権があることなどなど。

 

 専門用語を交えながら語られるそれは難しすぎた。

 ケルシーの頭からは、ぷすぷすと煙が上がる。

 

「ってことで! 先輩、キルスティ先輩、出番です!」


 ジリヤ嬢がキルスティを呼ぶ。

 同じ公爵家令嬢という立場だが、おじさんがどう特別なのかを話してもらおうと考えたのである。

 

「……ピーガガガガ……ガガガ……デンパジュシンチュウ……デンパジュシンチュウ……デンパジュシンチュウ……」


 ケルシーの表情が抜け落ちた。

 譫言を呟きだす。

 

「け、ケルシー? どうしたのです!」


「ミナサーン……ゲンキデッスカー! キョウモー……ワタシハ……ゼッコウチョー……ソレデハー……サッソクイッテミヨー……ハイ! ハイ! ハイハイハイ!」


「ケルシー! 正気に戻るです!」


「パティ! ケルシーの目がおかしくなってる!」


 パトリーシア嬢とジリヤ嬢がケルシーの身体を揺する。

 だが、ケルシーはとまらない。

 

「ミ=ゴ……ミ=ゴ……ナース!」


 ごちん、とケルシーの頭に鉄槌が落とされた。

 その場に倒れこむケルシーを肩に担いだのは、おじさん付きの侍女である。

 

「おほほほ……お嬢様方、ご心配なく。偶にこうして壊れることがあるのですわ。あとはこちらにお任せくださいませ」


 そう残して侍女が去って行く。

 呆然と見送ることしかできなかった二人であった。

 

「リー様!」


 両親とともに裏庭へと戻ってきたおじさんに注目が集まる。

 おじさんの装いが変わっていることへの反応だろうか。

 

 どうやら宴もたけなわ。

 

「ヨッ! ハッ!」


 聖女が調子よく太鼓の魔楽器を叩いている。

 男子二人とペアになって踊る令嬢もいた。


 正しくキャンプファイヤーを楽しんでいる。

 これこそがおじさんの求めていたものだ。


「リーちゃん、行ってらっしゃい」


 母親に促されて、おじさんは笑顔を見せた。

 おじさんも踊りの輪に加わる。

 

 で、男子役の振り付けで踊るおじさんだった。

 もちろん、おじさんだからである。

 

「はふぅ……」


 アルベルタ嬢は満足といった表情で、演奏をしている令嬢たちに指示をだして交代していく。

 誰もがおじさんと踊りたいのだから。

 

 こうしておじさんの合宿は大成功で幕を下ろした。

 

「それではリー様、五日間お世話になりました。お礼は改めてさせていただきますわ。本日はこれにておいとまさせていただきます」


 次々に帰っていく学生会のメンバーたち。

 その背を見送りながら、おじさんは思う。

 宴の後の寂しさを初めて知った、と。

 

「わはははは!」


 とは言え、である。

 宴は終わらない。

 これから大人たちの夜の部が始まるのだ。

 

「リーさん、本当に良かったのかしら」


 キルスティだ。

 どうせ学園長も軍務卿もいるのである。

 だから残っていいと判断したのだ。


 キルスティの腕の中にはクリソベリルが抱かれていた。

 精霊獣はもはやグッタリしている。

 存分に愛でられたのだろう。


「もうすぐ学園長も軍務卿閣下も戻ってくるでしょうから。お帰りになるか、お泊まりになるのか、そこで考えていいでしょう」


 ちらりと庭に目をやるおじさんだ。

 既に父親と母親はお酒を飲みつつ歓談している。

 そこにカルメ焼きを頬張る王妃の姿も見えた。

 

 ちなみに祖父母も今回の宴には参加している。

 

「ふぅ……」


 大きく息を吐くキルスティだ。

 

「カラセベド公爵家……いえ、きっとあなたね。うちも来客は多い方だと思うけれど、陛下ご夫妻に宰相閣下まで」


 なんだかんだと人が集まってくる。

 その中心にいるのはおじさんだ。

 

 色々とやらかしているという理由もある。

 だが、それだけではない。

 

 人を集める魅力。

 それがあるのだ、とキルスティは思ったのだ。

 

「それは買いかぶりすぎではないですか?」


「いえ……そんなことはないわ」


「そうでしょうか」


 おじさんに自覚はない。

 やれることをやっているだけだ。

 

「ふふ……あなたと知り合いになれたこと。それは私にとっては大きな意味を持っているわ、きっとね」


 踵を返したおじさんの背にむかって呟くキルスティだ。

 

「それはわたくしも同じですわよ。皆さんとの出会いはわたくしにとって宝物ですから」


 おじさんが振り返って、笑顔を見せた。

 そのなんとも言えず美しい笑顔に、キルスティは見惚れてしまう。

 

 暗闇の中、揺らめく炎に照らされて。

 おじさんの超絶美少女っぷりに拍車がかかっていたのだ。

 

 頬を朱に染めて、キルスティは思った。

 

「リいいいいいいい! なんじゃこの魔力回復薬はあああ! 美味すぎるんじゃああ! つい飲み過ぎてしもうたわい!」


 曾祖父おじいさま、うるさい、と。

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