第510話 おじさん張り切ってしまう


 おじさんは国王たちを引き連れて、闘技場階層に転移する。

 国王に宰相、軍務卿と学園長、そして父親と母親だ。

 

 あれやこれやと施設を紹介するおじさん。

 

 一見して、おじさんはいつもと変わらない。

 だが、父親の警戒センサーは最大限のアラームを鳴らしていた。

 

 リーちゃん、ご機嫌斜めだなぁと。

 もちろんだが母親もおじさんの異変に気づいていた。

 

 長い廊下を抜けて、闘技場の階層にでる。

 舞台の説明をしつつ、おじさんがニヤリと口角をあげた。


 パチリと指を鳴らす。


「これで魔技戦用の条件が解除されましたわ。ただし! 学園長、お母様、禁呪は使用禁止ですのでご注意を」


 続いて国王たちの顔を見ながら言う。

 

「まずは四番舞台から腕ならしをしてはいかがでしょう?」


 こういうときに率先して動くのは母親である。

 だが、母親は動かなかった。

 じっと父親の隣に立っている。

 

「ふはははは! じゃあ試させてもらうぜ!」


 空気を読まない、いや、読めない軍務卿であった。

 軍務卿が愛槍を取りだして舞台にあがる。

 

 設置された魔法陣から姿を見せたのは、ヴィルをボコボコにした漆黒の騎士であった。

 

「いくぜえええ!」


 軍務卿の名に恥じぬ強さだったと言えるだろう。

 さすがに学生とはレベルがちがう。

 だが、制限を取っ払われた漆黒の騎士はさらに上手だった。

 

 最後は無残に腹を剣で貫かれる軍務卿だ。

 だが、無傷の姿で舞台の外に戻ってくる。

 

「ふむぅ……ドイルがまるで相手にならんとは」


 学園長が白鬚をしごきながら呟く。

 

「面白い! 我が槍にてお相手を仕ろう!」


 舞台上の黒騎士は手招きをしている。

 姿が消えていないのだ。

 

 そのまま学園長が舞台にあがって戦う。

 より高度な戦いであった。

 

 軍務卿との戦いでは、まだ底を見せていなかった黒騎士である。

 切迫した戦いが続く。

 が、徐々に漆黒の騎士が優勢になっていき、ついには学園長が舞台に倒れる。

 

 その姿を見て宰相と国王は驚きを禁じ得なかった。

 学園長が負ける姿を見たことがなかったのである。

 

「リー、もしや五番舞台の敵はもっと強いのかのう?」


「そうですわね! 上級者向けとなっていますから」


「ほおん……あの騎士よりも上なんじゃな!」


 学園長が目を輝かせた。

 老いてますます盛んなのだ。

 

「挑戦してみますか?」


「もちろんじゃ!」


 学園長がむくりと身体を起こして拳を作った。

 だが、魔力の消費が大きい。


「と、その前に宰相、陛下は挑戦されないのですか?」


 おじさんは宰相と国王の二人に目をむける。

 舞台の上では漆黒の騎士がまだ残っていた。

 

「師父が負けたのじゃ、挑戦してもムダじゃな」


 同意、と言わんばかりに頷く宰相である。

 

「ですってよ! 建国王陛下!」


 おじさんがネタばらしをした。

 と、同時に漆黒の兜を脱ぎ、顔を見せる建国王だ。

 

「どわははは! まだまだ甘いのう!」


「げええええ! 陛下!」


 思わず、膝をつき頭を下げる一同である。

 

「よせよせ、そのように敬われるような存在ではない」


 ちらりとおじさんを見る建国王だ。

 

「王国貴族たる者、弱き者たちの剣となり盾とならねばならぬ! この老骨ごときに負けておるようでは話にならん! 少し稽古をつけてやろうぞ、アンスヘルム!」


 ご指名された国王である。

 その顔を引き攣らせながら、舞台の上にあがるのであった。

 

「ああ……やっぱり」


 ボコボコにされる国王を少し離れた場所で見る父親と母親である。

 

「なにか考えているはずと思っていたけど、大物を呼んできたわね」


 母親も父親の隣でなにか考えている。

 

「スラン、私は二番舞台で戦ってみるわ」


「なら、一番舞台の敵はもらおう」


 恐らくは四番舞台と五番舞台になにかあると踏んだのだ。

 だから、その二つを避けて楽しむ気になった両親である。

 

「ははは! ジジイ! 一番槍はもらったああ!」


 漆黒の騎士が伝説の建国王だった。

 学園長がそのことに衝撃を受けていたのだ。

 隙をつくように軍務卿が動く。

 

 そして、五番舞台にのった。

 おじさんは再びニヤリと微笑んで姿を消す。

 

「さぁかかってきやがれ!」


 魔法陣がキラキラと光った。

 加えて、まばゆいばかりの光を放つ。

 

「おーほっほっほ! あなたがわたくしのお相手なのですね! 今宵は不運と踊ってもらうことになりますわよ!」


 漆黒のゴスロリ風のバトルドレスを着た超絶美少女。

 目元はコウモリを模したドミノマスクをつけている。

 ただし、今回は髪色を黒に変えているのがポイントなのだ。

 

「え? リー? だよな?」


 軍務卿がおじさんを見て、声をあげた。


「ち、ちちち、ちがいますわ! わたくしは光と闇を揺蕩う黄昏の御子! 断じてリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワではありませんの!」


「…………」


 軍務卿は無言であった。

 だが、その目は明らかに疑っている。

 いや確信していた。

 

 舞台の外から笑い声がする。

 学園長だ。

 

「…………まぁいい。手は抜かないぞ、いいんだな?」


 コクリと頷くおじさんだ。


「わたくしも、ちょっぴり本気をだしますわ!」


 おいでなさいと手甲を召喚する。

 お久しぶりのルファの鎖だ。

 あまりのチート性能なので、使われていなかった神器。

 

「いくぞ、リー!」


 軍務卿は思っていた。

 ちょうどいい機会だと。

 おじさんがどれだけのものか試してやると考えたのだ。


「もう! 奥方様に代わってお仕置きですわ!」


 おじさんの言葉にルファの鎖こと、アンドロメダが反応した。

 鎖が動く。

 神速で。

 

 次の瞬間、軍務卿はがんじがらめになっていた。

 

「なにぃ!」


 身動きひとつ取れないほどの拘束。

 

「ズルいぞ! リー!」


「リーではありません。わたくしは光と闇を揺蕩う黄昏の御子! それ以上でもそれ以下でもありませんのよ。おーほっほっほ!」


 どこからか取りだした黒い羽根扇で口元を隠しながら笑うおじさんであった。

 

「キルスティ先輩から聞いておりますわよ、お父様は怖い話が苦手なのだと! お覚悟を、軍務卿閣下!」


 もはや隠す気があるのか、ないのか。

 おじさんは拘束した軍務卿を相手に、本気で魔法を使いながら怪談を聞かせるのであった。

 

 結果、口の端からあぶくをだしながら気絶する軍務卿だ。

 

「なんちゅう精神攻撃をするんじゃ……」


 おじさんの話と魔法のできに絶句する学園長。

 宰相は怪談を聞き入っていた。

 ものすごく楽しんでいるような表情だ。

 

「リーちゃんったらあんな魔法は聞いてないわよ!」


 早々に二番舞台の魔物を倒した母親が父親に言う。

 父親も一番舞台の魔物を瞬殺していたのだ。

 

「うわぁ……あれはちょっとやり過ぎなんじゃない?」


「スラン、行くわよ。リーちゃんにもっと玩具を見せてもらわないと!」


 苦笑をうかべながら手を引かれる父親であった。


「はぁ……はぁ……」


 片膝をつき、荒い息を吐く国王。

 目の前には建国王こと漆黒の騎士がいる。

 ただし建国王は背をむけ、おじさんの方を見ていた。

 

「ちょっと! 皆してワシのこと忘れてない?!」


 国王は心の底からそう叫ぶのであった。

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