第509話 おじさんの合宿の打ち上げをする


 おじさんが焼いたウナギ。

 結局のところ、その日は誰も口にすることがなかった。

 つまりお蔵入りである。

 

 誰も勝てなかったのだから仕方ない。

 おじさんが舞台に上がるという、大人げない真似もしなかったのだ。

 

 ただ見守り、助言をする程度にとどめる。

 自分だけ食べるのを良しとはしなかったのだ。


 時は過ぎ、合宿の最終日である。

 この日は打ち上げだ。

 

 打ち上げと言えば、やはりバーベキューである。

 おじさんの中では最初から決定していたことだ。

 

 最後の訓練を早めに終えると、入浴して身支度を調える。

 今日は公爵家邸の庭に移動して食事をとるのだ。

 

 この日のためにお肉の取り寄せも頼んでおいた。

 魚介についてはわざわざイトパルサに転移して、顔を隠して商業組合にでむいたほどである。

 

 わいわい、がやがやと賑やかな宴が始まった。

 夕暮れ時の西日が美しい。

 

 弟や妹にアミラ、母親まで参加する大宴会である。


「ああ! エーリカ、ズルいのです! それは私が育てていたお肉なのです!」


「ふはははは! ちょうど食べ頃の肉が目の前にある。それ以外に食べる理由がいるかね?」


 両手で肉の刺さった串を持ち、交互にかぶりつく聖女だ。

 その姿はまごうことなき蛮族であった。

 

 聖女の隣ではケルシーが、リスのように頬袋を膨らませている。

 どうやら肉を咀嚼するのに忙しいようだ。

 

 あちらこちらで笑顔の花が咲く。

 その様子を見て、満足そうに頷くおじさんだ。

 こうした光景が見られるのなら苦労した甲斐がある。

 

「リーちゃん、おつかれさまね」


 母親であった。

 おじさんの隣の席に腰掛けると、従僕を呼んで飲み物をとってこさせる。

 

「手応えはあったの?」


「ええ! この五日の間で随分と実戦経験を積みましたから」


 そうなのだ。

 おじさんの目から見ても、この五日で実力が伸びたと思う。


「そう……色々と楽しめそうな階層なのよねぇ」


「お母様もご活用されるといいですわ」


「そうね、スランが帰ってきたら案内してくれるかしら」


「もちろん」


 満面の笑みを母親にむけるおじさんであった。

 

「リー様! ご歓談中に失礼いたします。少しよろしいでしょうか?」


 見れば、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが勢揃いしている。

 その後ろに学生会相談役の三人まで揃っているではないか。

 

「あら? なにかありましたか?」


 代表してアルベルタ嬢が一歩前にでた。


「この五日間、本当にありがとうございました」


“ありがとうございました”と全員が唱和する。

 そして、きれいに腰を折って礼をとった。


「私たちにとってこれ以上はない修練の場でしたわ。対校戦での勝利はすべてリー様に捧げさせていただきます。我ら薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ、学生会一同、一度たりとも負けぬ覚悟です」


「……そうですか。でも無理をしてはいけませんよ。対校戦の相手の中には強者も多いのですから」


 ちょっと面食らってしまうおじさんだ。

 それでもつっかえずに返答できた。

 これも成長だろう。

 

「承知しております。私たち感謝してもしきれませんの。ですので……絶対に勝ちますわ!」


 アルベルタ嬢の言葉におじさんは頷いた。

 

「ふふ……若いっていいわね」


 母親が微笑ましそうにおじさんたちを見ている。

 

「ってことで! リー! ウナギ様をくーださいな!」


 聖女だ。

 その変わり身に、おじさんは吹きだしてしまう。

 

「ええ、ちゃんと用意してありますから」


「いいいいやっっふううぅうう!」


 聖女とケルシーが頭上で片手を合わせ、スキップをしながら円を描くようにして踊った。


「まったく、これだから蛮族一号と二号は!」


 と言いながらも、アルベルタ嬢も笑顔である。

 

「皆も今はきたる対校戦にむけて英気を養ってくださいな!」


 おじさんの言葉に皆が首肯するのであった。

 

 公爵邸の庭に組まれた井桁型の薪に魔法で火を点ける。

 キャンプファイヤーだ。


 陽も落ちてきたところで、薪がメラメラと燃える。

 公爵家の庭のあちこちには光の魔道具が設置してあるが、それは今回あまり使われていない。

 

 おじさんのこだわりであった。

 暗闇の中、揺らめく炎の灯り。

 それは幻想的であり、どこか懐かしくもある。

 

 おじさんにとっては野外の火起こしなどなれたものだ。

 焚き火で釣った魚を焼いて食べたことも度々ある。

 

 だが、こうしてお友だちと火を囲むのは初めての経験だ。

 それが楽しい。

 

 ジャンベに似た太鼓の魔楽器を叩く聖女だ。

 リズムが心地いい。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの令嬢の中でも、楽器が得意な者たちが楽しげに音を奏でる。

 適当なセッションだ。

 

「ケルシー、踊りなさいな!」


 聖女がケルシーに檄を飛ばす。

 だが、ケルシーはぽっこりと膨らんだ腹を仰向けにして、ベンチの上で寝そべっているのだ。

 

「むーりー! うごけなーい!」


 だが、蛮族の血が騒ぐのだろう。

 聖女の叩く太鼓のリズムにあわせて、手足が動いている。

 

 そこでおじさんが動いた。

 衣装を踊り子風に換装するところがこだわりである。

 

 おじさんが動くと、手足につけた金環がシャンシャンと音を立てた。

 

 リズムに合わせて、優雅に舞うおじさんである。

 くるん、と回るとおじさん自慢の髪がふわりと宙を泳ぐ。

 

 炎による陰影が深く、おじさんの姿が幻のようにも見える。

 確かに在るのに、手を伸ばせば消えてしまいそうな。

 

 それは人の心を魅了する幻想的な美しさだった。

 

 ほう、と息を吐く者がいる。

 声をだせなくなる者もいた。

 

 おじさんが掌を天にむけ、両手を掲げる。

 足をとめ、祈りを捧げるように膝をついた。

 

 その瞬間に場から音が消えた。

 聖女ですら手をとめたのだ。

 

 ぱちぱちと薪の爆ぜる音がした。

 夜天から光がおじさんにむかって降りそそぐ。

 

 神意がなにか。

 そんなことはわからない。

 

 ただ、ただ、おじさんは神聖であったのだ。

 天に座す神からも認められるほどに。

 

 その場にいた者たちは、自然と膝をつき頭をたれていた。

 なぜか理由はわからない。

 

 ただ胸が熱くなる。

 叫びだしたいほどの衝動を抱えるも我慢していたのだ。

 

 そこへ声が響いた。

 

「リーはおるかああああ!」


 学園長である。

 見れば、王国の重鎮が勢揃いだ。

 国王を初め、軍務卿に宰相と外務卿。

 

「うるっさい! 空気読め!」


 叫んだのは聖女だった。

 だが、それはきっかけに過ぎない。

 

 学生会のメンバー全員が、ただならぬ雰囲気を漂わせて王国の重鎮たちを見たのだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの数名は、即座に魔力を練りあげ魔法を撃ちこもうとしていた。

 

「なぬぅ! おおう! なんじゃい?」


 さすがに狼狽えてしまう学園長であった。

 鋭い視線をもらうことなど久しくなかったからだ。


曾祖父おじい様、こちらへ」


 キルスティが素早く動き、重鎮達に事情を説明する。

 

「……うむ。そうか、それは悪いことをしたのう」


 ぽりぽりと禿頭を掻く学園長だ。

 実にバツが悪そうな顔をしている。


 父親は苦笑いをうかべていた。


「で、わたくしに御用ですか?」


 おじさんが聞く。

 

「うむ。今日で合宿も終わりであるからな。どうじゃったか話を聞こうと足を運んだわけじゃ」


 なるほど、とおじさんは思った。

 合宿の内容が気になったのだろうと当たりをつける。

 

「では、ご案内いたしますわ」


 どうせ話をすれば、行きたいと言うに決まっているのだ。

 ならば最初から案内した方が話は早い。


「皆さんは引き続き、楽しんでいてくださいな」


 おじさんは学園長たちを引き連れて、闘技場の階層へとむかうのであった。

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