第508話 おじさん満を持して登場する


「三番舞台の敵を攻略した人に振るまいますわー。早い者勝ちですわよー」


 コロッセオ型ダンジョンに、おじさんの声が響いた。

 既に聖女とケルシーが敗退している。

 二人は完全に拗ねていた。

 

 その様子を見てもなお、挑戦しようという勇者は少ない。

 皆が蛮勇をふるう蛮族ではないのだから。

 

 だが、その空気を変えたのがおじさんの一言だった。

 

 先ほどから漂ってくる食欲を刺激しまくる匂い。

 香ばしく、かぐわしい。

 嗅いでいるだけでも、口の中にヨダレがでてくる。

 

 まぁおじさんが風の魔法で匂いを運んだからなのだが。

 

 特に男子二人は目の色を輝かせた。

 彼らはまだうな重を食したことがない。

 だが、わかる。

 

 あれは絶対に美味いやつだ、と。

 

「ぐわああああ!」


 踊る人形オート・マタに翻弄されるヴィルであった。

 貴公子然とした彼も搦め手には弱い。

 というか初見殺しが過ぎるのだ。

 

「ぶはああああ!」


 幻魚人セイレーンに騙されるシャルワール。

 見た目通りの脳筋は良い的でしかなったようだ。

 あっさりと敗退してしまう。

 

「……ふっ。シャルとヴィル、あんたたちの骨は私が拾ってあげるわ!」


 元学生会会長であるキルスティも参戦する。

 

「きゃああああ! なにこの可愛い子!」


 おじさんちの精霊獣であるクリソベリルだ。

 数が足りなくて、おじさんは使い魔も登録していたのである。

 

「む! そちらのおねーさんがお相手なのだ!」


 腰にさした細剣を抜くクリソベリルだ。

 見た目は二足歩行のほぼラグドール。


 今回は赤色のトリコーン帽をかぶり、マントまで身につけているのだ。

 その姿がすでに魅惑の存在であった。

 

「我が輩が王より賜りし名はクリソベリル! いざ、尋常に勝負す……にゃあああ!」


 キルスティが動いていた。

 そして見せたことがない速度で、クリソベリルを捕獲していた。

 

 抱っこしてなで回している。

 

「はああ! しあわせーしあわせだわー」


 目がとろりとしているキルスティだ。


「ズルいのです……私もなでたいのです」


 パトリーシア嬢の横でアルベルタ嬢が頷いている。


「あの子、リー様のおうちにいる子ですわね」


「そうなのです! そーちゃんがよく抱っこしてるです!」


「まあ……確かにあの愛らしい子と戦うことはできませんわね」


 アルベルタ嬢とパトリーシア嬢の二人が納得する。

 次の瞬間、キルスティが舞台の袖に転移してきた。

 

「しあわせー。はう! なぜここに! ねこちゃんは!」


「討ち取ったりーなのだ! では、さらばなのだ!」


 勝ち名乗りをあげてから姿を消すクリソベリル。

 その毛なみはグッチャグッチャになっていた。

 

「先輩、あのかわいさにやられたです」


「え……と」


 パトリーシア嬢の指摘が理解できないキルスティだ。

 

「恐らくですが魅了状態と判定されたのでしょう。立派な状態異常ですわ」


 アルベルタ嬢の解説に、なるほどと納得するキルスティである。

 

「では、私が行くとしましょう。搦め手で戦うのは私もいささか心得がありますわ!」


 意気揚々と乗りこむアルベルタ嬢であった。

 魔法陣が輝き、姿を見せたのは聖女が戦った真っ黒な泥人形、シェイプシフターだ。

 

 もう一巡したのか。

 あるいはランダムで選ばれたのか。

 

 理由はどうでもよかった。

 アルベルタ嬢にとって重要なことは、初見・・ではないということである。

 

 先の聖女との戦いから分析ができるのだ。

 できること、できないこと、そしてその対策。

 

 シェイプシフターが姿を変化させる。

 

「その手はもう見ていますわよ! 私に二度同じ手が通用するとは思わないでくださいまし!」


「ふふ……通用するかどうかはその身で証明してみなさいな!」


 偽アルベルタ嬢が吼える。

 その瞬間であった。

 

 二人の姿が舞台から消えた。

 

「あれ? どうして……?」


 訳がわからないアルベルタ嬢である。

 パトリーシア嬢もキルスティも首を傾げていた。

 

「あははははは!」


 明るい笑い声が響いた。


「エーリカ、なにを笑っているのです!」


 パトリーシア嬢が聖女に詰める。

 最前まで拗ねていたのに、いつの間にか復活したようだ。

 

「説明しよう! アリィが退場になったのは状態異常だと判断されたからよ!」


「なんですってー!」


 驚くアルベルタ嬢だ。


「それも一度かかったら一生消えることはない呪いのような病! その名は中二病っていうのよ!」


 ばばーんと効果音がでそうな勢いで聖女が指さす。

 

「ちゅ、中二病……」


「安心なさいな、アリィ。あれは誰もがかかる逃れようのない病なの。年を重ねれば少しずつ治っていくと勘違いしがちだけどね、一生残るものなのよ。表にはださなくなるだけでね!」


「ということは、エーリカも中二病なのです?」


「ええ、そうよ。アタシだけじゃないわ。ここにいる皆が個人差はあっても発症しているわ!」


「おねーさまもなのです?」


「もちろんよ!」


 自信満々で聖女が答える。

 それは正解だ。


 おじさんは中二病を患っている。

 間違いない。

 

「まぁ状態異常だと判断されるくらいに深刻だってことだけど。個人差があるものだから、仕方ないといえば仕方ないのよ」


「深刻……重度の中二病……」


 アルベルタ嬢がわなわなと震えている。

 思い当たる節があったからだ。

 

 それは学園長に提出した詩の課題である。

 返ってきたものに状態異常にかかっとるぞい、と書かれていた。

 

 まさか、あのときからすでに。

 そう思うと、背すじに怖気が走るアルベルタ嬢だ。

 

「ちょっと待つのです、エーリカ」


「どうしたのよ、パティ」


「その中二病という状態異常、どういうことになるのです?」


 もっともな指摘であった。

 そこで聖女は自嘲するようにフッと笑う。


「いい質問ね、パティ。仕方ない、ここは私が本気になってみせてやろうじゃない!」


 聖女の目にある種の黒い光が宿った。


「エーリカは仮の名に過ぎない……我が真なる名は気高き光から堕した廃王! ニーベルヴァレスティ! 混沌を好み、混乱を撒き散らす者よ!」


「おお! なんかかっこいいのです!」


「フッ……お遊びはここまでよ。ここから先は覚悟なき者は去るがいい……この腐った世界を相手にケンカを売るのだからな!」


 聖女がビシっとわけのわからないポーズを決める。


「さぁパティ、やったんさい!」


 こくりと首肯するパトリーシア嬢だ。


「パトリーシアとは仮の名に過ぎない……我が真なる名は……」


 やっぱり恥ずかしいのです! と顔を真っ赤にするパトリーシア嬢であった。

 

「ばっか。そこで恥ずかしがっちゃダメよ。見なさい、アリィなんてばっちり決めてくれるんだから!」


 無茶ぶりをする聖女だ。

 

「フッ……この胸に灯るは愛。縛鎖となりて己を縛ろうとも、未知なる光を目指す! 運命に立ちむかうこと、それこそが私の道! 世界を変える覚悟がある! それは勇気!」


 すんなりとやってのけるアルベルタ嬢である。

 言っていることはよくわからない。

 でも、格好良いと思うパトリーシア嬢なのだ。

 

「最後にパイセン、やったんさい!」


「え? 私?」


 こくりと頷く聖女とアルベルタ嬢である。

 パトリーシア嬢も目を輝かせて見ていた。


「し、神秘の扉を開けしこの夜に、わ、我はこの身を捧げ奉らん! 真なる我が名は闇を払い、光を守る者。曙光を背負い、ともに戦わん……?」


「いまいちね……のりきれてないわ!」


 聖女の評にガクリと肩を落とすキルスティであった。

 

 このやりとりを、ウナギを焼きながら聞いていたおじさんである。

 ここはひとつ、自分も参戦すべきではなかろうか。

 

 ということで、いったん手をとめるおじさんだ。

 衣装をゴスロリ仕様に換装する。

 そして、短距離転移で移動したのであった。

 

「公爵令嬢とは世を忍ぶ仮の姿ッ! 我は光と闇を揺蕩い、黄昏を統べる御子。始まりの子にして終わりを告げる者。人は我をこう呼ぶ! 創世王ブラックムーン、と!」


 ビシっとポーズを決めるおじさんだ。

 

「……リー。それはズルいわよ……」


 思いきり湿度の高い目でおじさんを見つめる聖女。

 

「クセになってんだ、この台詞を言うの」


 おじさんの台詞で、二人してニチャっと笑うのであった。

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