第507話 おじさん蛮族たちに最悪の相手をチョイスする


 おじさんの開催した合宿は大好評であった。

 実戦経験を積める訓練に美味いメシがある。

 リラックスできる環境もあり、特訓に集中できるのだ。

 

 特に男子生徒二人は仮眠室を占拠して、入り浸っている。

 おじさんちは女子の領分と考えているのだろう。

 

 男子のみならず、女子組とて意気軒昂である。

 順番待ちをしている間もムダにしない。

 自分が戦うのなら、どうするのかといったシミュレーションをする者もいれば、技術を磨く者もいる。

 

 ただ一番人気は、おじさんが行なうマンツーマン講習だった。

 

 逆に不人気なのは三番舞台である。

 搦め手を主体とした魔物との戦闘を行える舞台だ。

 ここが最も経験を積めると思うのだが、あまり人気がない。

 

 逆に勝てないと開き直って戦える四番舞台や五番舞台の方が人気だったりする。

 こういうときに突破口を開いてくれるのが聖女やケルシーだ。

 是非とも挑んでもらいたいおじさんだ。

 

「エーリカ! 三番舞台が空いていますわよ!」


 休憩室から戻ってきた聖女に声をかけるおじさんである。

 

「ええー! 搦め手でくるのきらーい!」


「だからこそ経験しておくのです!」


「うう……」


 と渋る聖女である。

 そんな聖女にむかって、おじさんは奥の手をひとつ切る。

 

「エーリカ、三番舞台で勝てたらうな重を振る舞いましょう」


「やる! 絶対に勝つんだから!」


 即答であった。

 やはりウナギは強い。

 

 のしのしと三番舞台にあがる聖女だ。

 魔法陣が輝いて、真っ黒な泥人形のような魔物が姿を見せる。

 

「……ねちゃねちゃしてるんだけど」


 実に嫌そうな顔をする聖女だ。

 だが、逃げるという選択肢はない。

 なぜならうな重がかかっているのだから。


「ふん! 近づきたくないのなら魔法で一発よ!」


 聖女が魔法の詠唱をしようとしたときである。

 泥人形がじくじくと動き、形を変えていく。

 そのあまりの不気味さに聖女は動きをとめてしまった。

 

「キモっ……」


 ぐねぐねと動いて、真っ黒な泥が足下に落ちていく。

 中から姿を見せたのは聖女であった。


 真っ黒な泥人形。

 それはシェイプシフターと呼ばれる魔物だ。


 姿や形を真似るという特殊能力を持っている。

 その能力を使ったのだ。

 

 聖女とほぼ鏡映し。

 

「なんか美少女でたーーー!」


 聖女がはしゃぐ。

 この手の魔物との戦いは初めてなのだろう。

 

「エーリカ、よく見るのです! 偽物は偽物なのです!」


 パトリーシア嬢が舞台袖から声をかける。


「ふふふ……わかってるわね、パティ! こんな美少女はめったにいないんだから! さすがに魔物といってもアタシの可憐さは完全に再現できなかったのね!」


「そうじゃないのです!」


「もう、なんなのよ!」


「よく見るのです! エーリカ! 特に胸の部分を!」


 泥人形が姿を真似た聖女は草原の民ではなかった。

 そこには確かに山があったのだ。

 偽物は山の民だったのである。

 

「あ……あ……あれは!」


 聖女がわなわなと震える。


「そうなのです! あっちは山の民なのです!」


 泥人形が腕を寄せて胸を強調してみせた。


「……そう、そういうことなのね! 理解したわ!」


「こんな形で精神攻撃をしてくるなんて、いやらしい魔物なのです!」


 パトリーシア嬢が憤慨している。


「あれは未来・・のアタシ! 未来・・のアタシの姿を真似たのね!」


 どうやら蛮族のポジティブ・シンキングがでたようだ。


「それは斜めの発想なのです!」


 少し離れた場所で見守っていたおじさんも、ふふと笑ってしまうやりとりであった。

 ちなみにおじさんは焼き台を魔法で作っている。

 ウナギの準備をするためだ。

 

「いくぞー!」


 聖女が間合いを詰めた。

 一足で間合いを詰めるほど身体強化の精度が高くなっている。

 

 だが、聖女は攻撃の態勢を取れなかった。

 シェイプシフターが脱ぎ捨てた真っ黒な泥に足を取られたからである。

 

 ずぶり、と泥沼に足をつっこんだような感覚があった。

 急激にブレーキをかけられたようなものである。

 

 聖女は体勢を崩して、前へと転んだ。

 転んで頭から泥へとつっこんだのである。

 

 すぐに起き上がる聖女だ。

 

「くっさああああああい!」


 と叫んで、顔を真っ青にしている。

 うげ、と顔をしかめるパトリーシア嬢。

 

「ケケケケケ……」


 シェイプシフターが嘲笑う。

 それは悪意が感じられる笑い方であった。

 

 ぱちり、とシェイプシフターが指を鳴らすと、足下から泥へと変わって沼の面積が広がっていく。

 既に膝のあたりまで泥に変わっている。

 

「マズいのです! エーリカ、そこから逃げるのです!」


「むーりー! ねちゃねちゃなの! 抜けないの!」


 真っ黒な泥沼から手が無数にでてくる。

 その手が聖女の手足をかまわずに掴み、沼の中に引きずりこもうとするのだ。


「いやああ! 臭いのはいやあああああああ!」


 と、残しつつ泥沼に引きずりこまれしまう。

 次の瞬間、舞台の袖に転移させられた聖女だった。

 ちなみに泥汚れはついていない。

 

 あっけなく負けた。

 そのことが聖女の心に火を点けなかった。

 

「きらい! あいつ、きらい!」


 体育座りになる聖女だ。

 パトリーシア嬢が聖女の頭をなでている。

 

「一号の仇は二号が討つ! とうっ!」


 声がしたか、とパトリーシア嬢が視線をむけた。


「あ! ケルシー!」

 

「ふふ! そこで見てなさい! ウナギはワタシのものよ!」


 蛮族二号の登場であった。

 舞台上の魔法陣が輝きを増す。

 

 そこから姿を見せたのはドリアードであった。

 植物の蔓を裸体に巻いた美女である。

 

 ドリアードは微笑んだ。

 なぜかケルシーを見て、うっすらと唇をつり上げたのである。

 

「ンなああ! 舐めてるんじゃないわよ!」


 ケルシーが突っこんでいく。

 どうしても自分の手でダメージを与えたいのだろう。

 

 手にした硬質ゴム製のムチを頭上で振り回している。

 

「ケルシー! 挑発にのってはダメなのです!」


 パトリーシア嬢が注意するのも時既に遅し。

 

 ドリアードの裸体を包む蔓から花が咲いていた。

 紫を地色に黄色の水玉模様が毒々しい。

 

 ケルシーが近づく。

 その瞬間に花粉が散布される。

 

「なによ! このくらい! 風よー!」

 

 ケルシーが初級の風魔法を使って花粉を散らす。

 

「おお、意外とやるのです」


 パトリーシア嬢が褒めた瞬間だった。

 

「みぎゃああああ!」


 ケルシーの叫び声が響く。

 お尻を植物の蔓で叩かれたのだ。

 

 花粉は目くらまし。

 ドリアードの足から伸びた植物の蔓が本命だったのだ。

 

 そのまま足を縛られるケルシーである。

 

「う、うう……お尻がじんじんする」


「泣き言をいってる場合じゃないのです!」


 叱咤の声もケルシーには届かない。

 なぜなら痛みに気を取られたすきに、花粉が再び散布されていたのだから。


 思いきり吸いこんでしまったケルシーの目がうつろになる。

 

「へへへ……」


 ヨダレをたらしながら、ヘラヘラと笑うケルシーだ。

 その姿を見て、ニッコリと笑うドリアードであった。

 

 ゆっくりとケルシーに近づいていく。

 

「ま、マズいのです! ケルシー起きるのです!」


 パトリーシア嬢の声援は届かない。

 

『グゴゴゴゴ……ワレヲネムリカラ……オコシタノハキサマカ……』


 しゃがれた低音の声だ。

 

「あ! なんか前にも見たのです!」


 赤点をとった蛮族たちが、おじさんお手製のお薬を飲んだときのことである。

 

『ジゴクノゴウカヲ……アジワワセテヤロウ……トン・ジ・チ……』


 あふん、とケルシーの意識が落ちる。

 どうやら魔力が足りなかったようだ。

 

 ホッと胸をなでおろすドリアードである。

 ケルシーの様子が変わったところから、おたおたしていたのだ。

 

 おじさんの姿を見つけると、一礼してから姿を消す。

 なかなか礼儀正しいドリアードであった。


「エーリカもケルシーも負けてしまいましたか……。このウナギ、どうしましょう?」


 おじさんは既にウナギを焼いていた。

 香ばしく食欲をそそる香りが辺りにただよっている。

 

 それを遠巻きに眺める学生会のメンバーだ。

 彼・彼女たちは蛮族ではない。

 ただ、その目は獲物を狙う獣のようであった。

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