第506話 おじさん念願の合宿をスタートさせる


 おじさんちの地下から転移陣を使って、件のバトル階層にむかう一行である。

 

 転移陣の先には幾つかの部屋と廊下があった。

 汗を流すためのシャワー室と大浴場、魔技戦用の武器などが置いてある備品室、休憩するための大部屋に仮眠室、更衣室に医務室なんてものもある。

 

 全員が更衣室にてジャージに着替えた。

 ちゃんと運動用のスニーカーも用意してある。

 おじさんが用意したものだ。

 

 さすがに女性陣はきゃいきゃいと騒がしい。

 別室でさっさと着替えた男子生徒二人は、そこそこの時間を待つことになるのであった。

 

 廊下を抜けると闘技場が見えてくる。

 ローマのコロッセオを再現したもので、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの全員が呆気に取られていた。

 

 さすがに相談役の三人は魂消てしまったようである。

 

 闘技場には菱形を描くように五つの舞台が誂えられていた。

 どれも大きさ的には変わらない。

 

 ただそこに出現する魔物に差がある。

 その点をまず説明するおじさんであった。

 

「この場所から見て最も奥に見えるのが一番舞台ですわね。ここは肉弾戦を中心に戦う魔物が出現します!」


 おおーと声をあげたのは聖女だ。

 他にも脳筋三人組たちが手を叩いて喜んでいる。

 

「一番舞台から時計回りに二番舞台で、こちらは魔法を中心に戦う魔物がでます。さらに三番舞台では搦め手を主体とする魔物がでてきますわね!」


 あちこちから感嘆の声があがった。

 

「そして最後の四番舞台ですが、ここはまぁ腕試しということでお願いしますわ。まぁ四番舞台にでてくるような魔物と戦って勝てるのなら対校戦で敵はありませんわ!」


 今度は学生会の全員が絶句した。

 どんな魔物がでてくると言うのだろう。

 

「最後に中央にある五番舞台ですが、こちらはさらなる強敵と戦いたい人むけのものですわね! 学園長を超えたいとお考えなら、試してみるといいでしょう」


 もう完全に悪乗りである。

 と言うか、最後の最後で使い魔たちにねだられたのだ。

 自分たちにも戦える場を用意してほしい、と。

 

「それとこの舞台上には特殊な結界が張られています。効果は舞台上で負った怪我はなかったことになることですわ。ただし勝負が決するまで出ることはできません」


 途中で逃げられないというのは怖い。

 

「リー様! 質問があります!」


 アルベルタ嬢が挙手をする。

 おじさんが首肯した。

 

「死ぬような怪我を負っても問題ないということでしょうか?」


「極論を言えば、舞台上で死ぬことはありません。怪我はすべてなかったことになるのですから。ちなみに挑戦者の側は気絶、あるいは行動不能になる、もしくは類似する状態になった時点で舞台の外に転移させられます」


 アルベルタ嬢が首肯する。

 そして、少し意味ありげに唇の端をつり上げた。


「ってことは! やりたい放題できるってことね!」


 テンションの上がった聖女が叫ぶ。

 

「ただし!」


 と、おじさんが声を大きくする。

 

「魔力は回復しませんので、そのつもりで。魔力の回復薬はこちらで備品室に用意しておきました。あと、先ほどの浴室にある湯船につかることで通常よりも魔力が早く回復しますわね」


 炭酸泉を使った湯船のことである。

 もはや至れり尽くせりの状況だ。

 

「いちばんのり、もらったああ!」


 シャルワールが一番舞台を目指して駆けだした。

 

「ああ! ズルい!」


 ケルシーが叫ぶ。


「大人げないのです! シャルぱいせん!」


 パトリーシア嬢も非難の声をあげる。

 

「まぁいいでしょう。よく見ておくといいですわ」


 おじさんは冷静であった。

 身体強化を使ったシャルワールが一番舞台に跳びのる。

 

 瞬時に結界が形成されて、透明な半球状のドームができあがった。


「よっしゃああ! かかってきやがれ!」


 シャルワールが声をあげたところで、一番舞台に刻まれていた魔法陣が輝いた。

 そこからズモモと姿を見せたのは、三メートルを超える偉丈夫である。

 

 牛の頭に屈強な人間の肉体が組み合わさった魔物。

 牛鬼ミノタウロスであった。

 

 手には長柄の両手斧である、ポール・アックスがある。

 もちろんポール・アックスは金属製ではなく木製だ。


「はあああああんん! ちょっと待て! いきなりこんな魔物がでてくんのかよ!」


 皆を連れて短距離転移をしたおじさんだ。

 舞台のすぐ近くに陣取っている。

 きちんと観戦用の椅子まで作ってあるのが、おじさんのこだわりだ。


牛鬼ミノタウロスのミノちゃんですわ! シャル先輩、かっこいいとこ見せてくださいなー」


 おじさんが応援をする。

 だが、平静でいられた者はいない。

 学生会の全員が頬をヒクヒクと引き攣らせている。

 

 なにせ牛鬼ミノタウロスは中級の上位に分類される魔物だからだ。

 そんじょそこらの実力では歯が立たない。

 

 予想どおりというべきだろうか。

 

「ごぺっ!」


 さほど時間もかからず、牛鬼ミノタウロスの斧で押しつぶされたシャルワールが舞台の外へと転移してくる。

 

 すぐに身体を起こして、自分のことを見るシャルワールだ。

 怪我がどこにもないことを確認して、ニィと笑った。

 

「……くはぁ! ちくしょう! 俺の実力ってこんなもんだったのか! まったく通用しねえじゃねえか!」


「己の弱さを知ることが強さへの第一歩ですわ! シャル先輩、力で押してくる相手にはどうすればいいのか、少しだけ見せてあげますわ!」


 おじさんが余裕綽々で舞台の上に立った。

 

 対峙する牛鬼ミノタウロスが突進してくる。

 おじさんは円を描く独特の歩法を使って、一瞬で背後へとすり抜けた。

 

 そのまま膝の裏を蹴る。

 膝が折れる牛鬼ミノタウロス

 位置が低くなった背骨におじさんが掌を添えた。

 

「これで終わりですわ! はいやー!」


 踏みこむと同時に全身を連動させて力を集約させた。

 ぼぎん、と嫌な音が響く。

 無寸勁であった。

 

 牛鬼ミノタウロスの姿が舞台から消えていく。

 同時に結界も解除されて、おじさんが優雅に舞台袖に降り立った。

 

 ほんの数秒という早業である。

 

「ね? さほど強くはないのです。大切なことは相手の力の向きを見極めること。力で押してくる相手に真正面からぶつかるのは得策ではありませんよ。激流に対するは清流なのです」


“きゃあああ!”と薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから黄色い悲鳴があがった。

 格好良すぎたのである。

 おじさんが。


「……激流に対するは清流か。なるほど……な」


 なんだか納得してしまうシャルワールだった。

 

「さて、でてくる魔物は一種類ではありません。なので、色々と試行錯誤しながら戦ってみてくださいな」


「リー! 魔法は使ってもいいの?」


 聖女が興味津々といった感じだ。


「魔技戦準拠の魔法なら結界内でも使えるようにしてありますわよ」


「よっしゃあああ! じゃあアタシがミノちゃんを倒してあげるわ!」


 意気揚々と一番舞台にあがる聖女だ。

 魔法陣から現れたのは馬の頭を持つ巨躯の魔物であった。


 大きさは牛鬼ミノタウロスとほぼ同じ。

 だが手にしているのは、自身の身の丈とほぼ変わらない大剣であった。

 

「リー! ミノちゃんじゃないんだけどー!」


「さっきそう言いましたわよ!」


「は! そうだったー!」


 賑やかな蛮族一号である。

 こうして学生会の合宿は幕を開けた。

 

 おじさんがチョイスした魔物の強さは絶妙だった。

 今の実力では強敵の部類に入るのだ。

 

 だが絶対に倒せないというほどではない。

 しっかりと工夫をして戦えばなんとかなる。

 

「へへ……順番待ちはしてられねえ。さらなる強敵と戦いたいなら、ここってな」


 学生会相談役の一人であるシャルワール=リャシ・ホーバル。

 彼は嗣子ではない。

 そのため卒業後には、騎士か冒険者になろうかと考えていたのだ。

 

 だから実力を磨いてきた。

 実戦で通用するように、と。

 

 しかし、どうだ。

 自分が考えていたよりも、実戦というのは奥が深い。

 小さな世界で思い上がっていたことに気づいたのである。

 

 結果、上が見たくなった。

 どの程度が上なのか、知ることができれば大きな経験になると思ったのである。

 

 幸い、この場所なら死ぬことはない。

 だから、彼は中央にある五番舞台に踏みこんだ。

 

 蛮勇というなかれ。

 シャルワールなりの覚悟だったのだから。

 

「ほほほほ。待っておったぞ、挑戦者よ。麻呂がお相手を仕ろう!」


 狩衣姿の偉丈夫が姿を見せた。

 バベルである。

 

「こりゃスゲえ……魔力がピリピリとしてやがる!」


「ほほほほ。良き目をしておるな。では、遊んでやろう」


 フルボッコであった。

 だが、シャルワールは満足していた。

 

 今の己がだせるすべてをだしたのだ。

 それでもまったく通用しない相手がいる。

 

 すべてを弾かれ、すべてを否定された。

 でも、心は晴れやかだったのだ。

 

「クソ……親爺殿が笑ってた理由はこれか……」


「井の中の蛙大海を知らず、されど天の深さを知る。よいではないか。励め、若人よ。また相手になってやろう」


 と、残してバベルが姿を消す。


 舞台の脇に転移させられたシャルワールは笑った。

 高らかに笑ったのだ。

 

「ったくよう。こんな世界があるなんてな!」


「……シャル。いい目標ができましたね」


 ヴィルが声をかける。


「ああ! お前もポッキリと鼻を折られてこいよ。気分がいいぜ!」


「ふふ……もう折られましたよ。あちらでね」


 四番舞台に視線をむけるヴィルだ。

 もう姿を消しているが、先ほどまで漆黒の鎧に身を包んだ騎士と戦っていたのである。

 

 武技と魔法を融合させた戦闘に手も足もでなかったのだ。

 ただ翻弄されただけである。

 

「とんだ勘違いをしていましたよ。私たちは。学園での実力などなんの意味もない。会長はそのことを私たちに気づかせたかったのかもしれませんね……。まったく一年生だというのに」


「ククク……お前、会長と同級なら良かったと思っているだろう?」


「否定はしませんが……今の私があるのはシャルやキルスティとの関係があったから。そこに後悔はありませんよ」


「だな! この五日、俺は今までの自分を超えてみせる」


 拳を突き合わせる最上級生の男子たちであった。

 青春である。


「なに男二人で盛り上がってるのよ! 気持ち悪いわね!」


 キルスティが顔を赤くしている。


「げえ! 聞いてたのかよ!」


「私だけじゃないわよ! 皆が聞いてたわよ!」


 キルスティの後ろでは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツがニヤニヤとしていた。

 中には拳を突き合わせている者もいる。

 

 その事実に羞恥で顔を赤らめるシャルワールとヴィルの二人だった。

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