第504話 おじさん合宿をするのにあたって新しい階層を作る


 学園長から五日間の合宿許可をもらったおじさんは、学生会室に戻ると準備をしてきますわ、と残して帰宅した。

 

 相談役を含め十八名。

 さすがにこの人数を一手に見ることはできない。

 そこでおじさんは迷宮を利用することにしたのだ。

 

 馬車に揺られながら、どのような迷宮にしようかと考える。

 

 そして帰宅すると、一目散にアミラとともに迷宮に転移したのであった。

 

 迷宮のコアルームである。

 お嬢様のお部屋のように改装された場所だ。

 

 おじさん自室よりも、こっちの方が落ちつく。

 なぜならそこまで部屋が広くないからだ。

 

 この辺は今も小市民的な気質が抜けていない。

 狭い方が落ちつくのだ。

 

 二人がけのソファーにならんで座る二人である。

 

「姉さま、魔力!」


 アミラに魔力を補給してやるおじさんだ。

 

「ん! 十倍だぁあああああ!」


 わかりやすくテンションをあげるアミラを微笑ましく見守るおじさんであった。


「さて、今日は新しい階層を作りたく思いますの」


「新しい階層!」


 目を輝かせるアミラである。

 アミラにとって、おじさんの作る階層は想像力を刺激されるものだった。

 

 なにせ二重、三重に罠を仕掛けていく発想がなかったのだから。

 罠は一撃で決めるというのが、アミラの考えだったのだ。

 

 だが、おじさんは最初の罠は陽動として使うのである。

 また罠にハマったところで畳みかけていく、という発想もなかったのだ。

 

 おじさんの階層作りは、確実にアミラに影響を与えている。

 今もそうした罠作りを学び、実践するためにちょこちょこと自分に任せられた階層を改造するほどだ。

 

 だから、新しい階層を作ると聞いて興奮したのである。

 しかしアミラにとって、今回は残念な結果になった。

 

 なにせおじさんが考えていたのは、魔物との一騎打ちの形をとる闘技場だったのだから。

 

 とは言えだ。

 これはこれで面白いと思うアミラなのだ。

 

 迷宮での一騎打ちなんていうのはロマンである。

 そのロマンが現実のものになるのだ。

 

「ってことで、いきますわよ!」


 おじさんに魔力の供給をうけたアミラが新しい階層を作る。

 そこをコロシアムのように改装するおじさんだ。

 もちろんモチーフはローマのコロッセオ。

 

 中央には石作りの大きな円形の舞台を作った。

 

 次に魔物を召喚する必要がある。

 アミラの持つコアとしての権限のひとつだ。

 

「アミラ、どの程度の魔物を召喚できますの?」


「んん?」


 と、首を捻るアミラである。


「把握できていませんの?」


「リチャード!」


 おじさんの問いに答える前に建国王を呼ぶアミラだ。

 アミラの首もとにある宝珠が光る。

 そして、建国王が姿を見せた。

 

「うむ。しばらくぶりであるな、リー」


「はい。陛下、身体の調子はどうですか?」


「うむ。なんの問題もない。すこぶる調子がいいぞ」


 わっはっはっはと声をあげて笑う建国王であった。

 

「ふむ。迷宮の魔物か……」


 と、建国王が顎に指を置いて少しの間をあける。

 

「リーも知ってのとおり、一般的には迷宮を攻略してからコアと契約することになるからのう。その時点で迷宮は初級へと格を落としておる。つまり……召喚できる魔物もまた弱い魔物だけになっておのう」


「なるほど……」


 そもそも、おじさんは迷宮を作るときに魔物を適正に合わせて配置してきたのだ。

 その強さにこだわりはなく、学生でも倒せるような魔物を選んでいたと言えるだろう。

 

 だが、今回の魔物は一騎打ちという形をとる。

 今は倒せなくてもいいのだ。

 とにかく強敵とのも実戦経験を積ませたい。

 

 また魔技戦のことを考えれば、ヒト型の方がいいのだ。

 魔獣タイプや魔法生物タイプなど、ヒト型とかけ離れた魔物と戦ってもここではあまり意味がない。

 

 もちろん経験という点では意味がある。

 将来的には必要なことだろう。

 だが、今は魔技戦に焦点を絞っておきたいのだ。

 

 となると……。

 おじさんは頭を捻っていくつかの候補をあげてみた。

 その魔物が召喚できるかアミラに確認してみる。

 

「ん! 姉さま、だいたいいける!」


「では、召喚してくださいな!」


「ん!」


 アミラが元気よく両手をあげた。

 魔物の召喚ができれば、それで作業は終了である。

 

 だが、おじさん的にはちょっと試しておきたいことがあった。

 

「さて……召喚魔法が苦手だとは言ってられませんからね」


「むぅ……リーよ。やるのか?」


 前回は酷い目にあった。

 天使を指定して召喚したら、とんでもないのがでてきた。

 

 おじさんをバカにする天使だ。

 女神の怒りに触れて消滅してしまったが、その余波で元々あったアミラのダンジョンが潰れてしまったのである。

 

 建国王もその被害を受けた一人と言えるだろう。

 

「トリちゃん!」


 おじさんは相棒の使い魔を喚ぶ。

 

『うむ。しかと話は聞いておった。召喚魔法などそうそう使う魔法ではないがな。だが、いざというときに使えないのでは話にならん。我にできることがあれば協力しよう!』


 やけに饒舌なトリスメギストスである。

 そもそも前回、横やりを入れてきた反省もあるのだろう。

 

『まぁ以前のようなことは滅多に起こらんはず……たぶんな』


「なんだか不穏なことを言いますわね!」


『仕方なかろう。主の魔力を餌にして喚ぶのだ。どんなやつが引っかかってくるかわからんのだからな!』


「なんて言い草でしょう! その筆頭はトリちゃんのくせに!」


『ぐぬぬ……まぁいい! 主よ、今回は手をださんから、好きに紡ぐといい!』


 首肯するおじさんだ。

 そして、両の掌をパンと音を鳴らして合わせる。

 魔力を高速で励起させていく。

 

 もはや建国王やアミラには理解できない。

 その膨大な魔力がおじさんを中心に渦を巻く。

 ちょっとした竜巻のようである。


召喚コール! 万魔宮殿への門ゲート・オブ・ソロモン!」


 おじさんの頭上にバカみたいに大きな魔法陣が出現する。


「其は黄金に満たされし海を行く者、其は欲望をまき散らす愚鈍の王、其は煉獄の炎を弄ぶ者、其はダーイン・クーライズの監獄にて縛鎖を恐れぬ者!」


 幾何学模様と魔法文字が複雑に絡まり合い、輝きを増した。


「悪魔の封書に名を残せし者たちよ! 今こそここにきたれ! 矯激に支配された百足の王、花冠を抱く結縁の大樹、激高せし無空の大蛇!」


 完全に言葉を失ってしまう建国王とアミラだ。

 こんな規模の召喚魔法など見たことがない。

 

魔神召喚デヴィル・ルーラー!】


 ずずず、と暗黒がおじさんの足下から徐々に広がった。

 

『主よ……なにを喚んだ?』


「さぁ? まだわかりませんわ! 異界の住人たる魔神を召喚してみましたが……」


『なぬぅ! またとんでもないものを!』


「かかかかか!」


 笑い声が響く。

 男性でも女性でもない。

 中性的な響きでもない、不協和音に近い音だ。

 

 暗黒が形をなし、ヒト型へと変わっていく。

 

「おお! 天に座す美姫よりも美しき姫君。そなたこそが小生の主となられる御方かな?」


 黒髪に黒い瞳。

 だが彫りの深い端正な顔立ちをしている。

 コウモリのような黒い衣をまとい、背には蝿の羽がはえた壮年の男性だ。

 

 顔――特に目の部分が呪符のようなもので隠されている。

 実に中二心をくすぐるヴィジュアルだろう。

 

「我が名は――」


『古き名を持つ者よ、既にその名は失われておるぞ。これより主に名をつけてもらえばいい』


「ふむ……承知した。気高き館の主とでも今は名のろうか」


 ピンとくるおじさんだ。

 で、ちょっとばかし頭を捻って名前をつける。


「ランニコール。あなたの名前はランニコール、と名づけましょう」


「ふむ……主は小生のことを知っておるのか? 異界のことだというのに……いや、なにも言うまい。小生のすべては主のもの。主が望むいかなるものも小生が献上しようではないか」


 膝を折り、おじさんに恭順の意を示すランニコールだ。

 

「よろしいか、主殿」


 そこへバベルが姿を見せる。

 喚ばれずともでてくる優秀な魔神なのだ。

 

「かまいませんよ、バベル」


「御同輩か……そなたもまた古き神であるな」


「麻呂が少し主殿のことを話そう」


「よしなに頼む」


 自由な使い魔達がその場から姿を消す。

 

「どうです! トリちゃん!」


『一見して危ない輩に見えるがな。まぁあのバカ天使よりはいくらかマシであろう』


「ランニコールにはこの闘技場の差配を任せようと思っていますの。スプリガンの受け持ちが多くなりすぎますからね」


『まぁバベルもついておるのだ、滅多なことにはならんだろう』


 その言葉が終わらないうちであった。

 みしり、と空間に亀裂が入る。

 

 亀裂が大きくなり、パリーンと音を立てて割れた。

 

「麻呂の風をうけても平然としておるとはな!」


「そちらこそ小生の速さについてこれるとはな!」


 お互いが犬歯を剥きだしにして笑う。

 そして、再びぶつかりあうのだ。


 おじさんとトリスメギストスはその姿を見て、大きく息を吐くのであった。

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