第503話 おじさん不在のイトパルサであがく者たち
「ったく。あの子は」
魔法薬師組合の渉外担当者はマディの姿が見えなくなってから大きく息を吐いた。
商談をするのに二日酔いでくるバカがどこにいるのか。
百歩譲って二日酔いだとしても、表にはだすなという話だ。
どこかまだ商業組合にいた頃の甘えが抜けていない。
一般の客であれば、そんなもの受付の時点でアウトだ。
担当者が会うこともない。
だが、会えたということがどんな意味を持っているのか、そこに気付いていないのだから始末に負えない。
もう一度、息を吐く。
確かにマディの言うように、駆け出しの冒険者たちにも手をだしやすい魔法薬というのは着眼点として悪くない。
だが、その思いつきだけではダメだ。
「あの爺さんたち、甘やかしすぎよ……」
つい愚痴となって言葉にだしてしまう担当者であった。
「だああああああ! うまくいかないわね!」
大声を張り上げたことで頭に痛みを感じるマディだ。
思わず、そのことに顔をしかめてしまう。
「姐御、頭に響きやすんでお静かにおねげえしますよ」
「わかってるわよ!」
マディとガイーアの二人が同時に頭を抱えた。
イトパルサ郊外にある一軒家。
「きゅきゅきゅー」
精霊獣が魔法で水をだして樽に入れている。
おじさんに寝取られかけたビーバーだ。
水に属する精霊獣だけあって、水を作るのはお手の物なのである。
「姐御もどうですか?」
ガイーアが杯を渡す。
樽からすくっていれたものだ。
「……いただくわ」
さっきのことを反省したのだろう。
声の大きさは控えめであった。
マアッシュが精霊獣の背をなで、労っているのが微笑ましい。
「……まぁ聞かなくても結論は見えてやすが、いちおう聞いておきやすぜ、首尾はどうでしたかい?」
静かに首を横に振るマディだ。
「まったく取り合ってもらえなかったわよ。狙い目はいいと思うんだけど……」
「……姐御、いいこと思いついたんですけどね。この水って売れねえですか?」
「……精霊獣が作った水ってことで?」
「悪くないかもしれないけど……」
マディが考え始めたところで、ガイーアが悲鳴をあげた。
「いででで! おい、噛むな! 噛むなって!」
ガイーアのふくらはぎをガブリと噛んでいる精霊獣だ。
もちろん本気ではない。
本気ならちょっとグロテスクなことになっている。
こそこそっとマアッシュが耳打ちをした。
「わかった! もう言わねえって! ちょっとした思いつきだったんだよ! 悪かった、このとおり!」
精霊獣にむかって頭を下げるガイーアだ。
ふん、と鼻息を鳴らして精霊獣が口を離した。
「いでで! 歯形がくっきり残ってやがる!」
ぺしん、と尻尾でガイーアの足を叩く精霊獣だ。
当たり前だ、バカとでも言うべき表情である。
「ふふふ……精霊獣のお水を売る計画は無理ね。ってことで、私も明日から冒険者としてあんたたちについていこうと思うんだけど、どうかしら?」
「へ? 姐御が?」
「正直なところ足を引っぱるってことはわかってるわ。でも、冒険者相手に商売するのなら、自分でも知っておいた方がいいと思うのよね」
「いや……まぁそりゃあそのとおりかもしれやせんが……」
顔をしかめているガイーアである。
「なによ、なにか問題でもあるの?」
「いや、まぁ姐御の話は理解できるんですけどね」
ガイーアが懐をまさぐって煙草をとりだす。
紫煙をゆっくりと吸いこんで言った。
「あっしらとは一緒に行動できやせんぜ」
「へ? なんでよ?」
思い当たる節がないという顔つきになるマディだ。
「冒険者として行動するのなら、階級ってのがあるんですよ。あっしらはあのエルフの姐さんがくれたメダルを使って登録してやすからね。これでも銀級下位の冒険者でさぁ」
緑の古馬に属するコルリンダのことだ。
一般的な冒険者よりも少し上の立場になるのが銀級である。
当然だが登録したばかりの駆け出しとはちがう。
受けられる依頼にも制限がかかるからだ。
「姐御が登録するとなると、鉄級下位ってとこでしょう」
「それって階級としてはかなり下ってこと?」
ガイーアは冒険者組合の仕組みを説明する。
階級としては五つあるのだ。
で、それぞれに下位・中位・上位と三段階に分かれている。
登録したての見習いは基本的に青銅級となる。
見習いから脱したのが鉄級だ。
一般的な冒険者として認められるのが銅級からになる。
そこから銀級、金級へと上がっていく。
マディは学園を卒業している。
加えて、ダンジョン講習もしっかり受けているので、基本的な戦闘はできると判断できるだろう。
実際にガイーアたちもマディが魔法を使うところは見ている。
駆け出しのレベルにある魔導師よりは使えるという見立てだ。
教育機関を卒業するなど、ある程度は戦闘に対する経験や実績がある場合は青銅級を飛び級できる制度がある。
そのためマディなら鉄級下位からスタートになると判断したのだ。
ちなみに冒険者組合に登録するだけなら年齢は問われない。
そこそこいい年齢であるマディでも問題はないのだ。
「うう……じゃあ、あんたたちは行動できないってことか」
商業組合とはルールがちがうのだ。
そのことを失念していたマディである。
「あっしらに実績がありゃあ教導の依頼も取れるんですがね」
要するに新人さんたちを教える係だ。
冒険者というのは命を落とすことも多い職業である。
そのリスクを少しでも減らすために、組合からでている常時依頼なのだ。
ただし教導の依頼を受けるのなら、ある程度の実績と信用が必要となってくる。
ちなみに金級になるためには、教導の依頼を十回以上こなすことが最低条件になっているほど重要なものだ。
そのため信用と実績が不足している状況だ。
「うまくいかないわ……!」
どん、とテーブルを叩くマディだ。
その音が響いたのだろうか。
頭を押さえる。
「ってことで姐御が冒険者組合に登録するってならとめやしませんが、あっしらとは別行動になるってことを覚えておいてくだせえよ」
「……いいわ! やってやるわよ! 絶対に見返してやるんだから!」
翌日のことである。
マディは
受付で新人登録をする。
受付嬢に怪訝な顔をされたのは仕方ない。
ある程度は顔が売れているのだから。
登録も青銅級は飛ばして鉄級下位になった。
ここまでは予想どおりである。
マディの心を折ったのは、新人たちの研修にでたときだ。
そこに居たのは年若い者たちばかりだった。
いくら登録に年齢制限はないといっても、さすがにマディほどの年齢の者は居なかったのだ。
周囲から寄せられる、なんだこのおばさんという視線。
それはマディの被害妄想だったのかもしれない。
ただ年齢的に見合わない人がいるなぁくらいだったのだろう。
だが、マディにはどうにも責められていると感じられたのだ。
なにせ浮いていることに自覚はあったのだから。
いたたまれなくなったマディは、その日の昼には心が折れて拠点に戻ったのであった。
その手には酒樽が抱えられていたそうである……。
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