第501話 おじさん不在のイトパルサで幸運にわく者


 港町イトパルサ郊外にある寂れた一軒家である。

 そこに暗黒三兄弟ジョガーたちの姿があった。


 ガイーア、オールテガ、マアッシュの三人だ。

 そこに追加でマッドレディことマディの姿もある。

 マディが資金をだし、この家を拠点として借り入れたのだ。


「ちゅうちゅうたこかいな、ちゅうちゅうたこかいな」


 三人が稼いできた小銭を、二枚ずつ数えているマディだ。


「姐さん。その数え方、なんとかなりやせんかね?」


 ガイーアが安物の紙巻き煙草をくゆらせながら文句をつける。

 残りの二人も同意のようだ。

 

「ぅるっさいわね! うちの商業組合じゃ、ずっとこうなの! こうやって教えられたんだからしょうがないでしょ!」


 それに間違いにくいし、と付け加えるマディである。

 金勘定には明るくないガイーアたちだ。

 丸投げしているのだから、文句があっても強くはでられない。

 

「しっかし冒険者ってのは案外儲からないものなのねぇ……」


 ちゅうちゅうたこかいなと数えながら愚痴を吐くマディだ。

 

「もらえる額そのものは多いんですがね。やっぱり道具だなんだと揃えちまったら目減りするもんでさぁ」


 活動資金を得るために、マディは貸金業を営もうとしていた。

 ある意味で隙間産業的な発想は良かったのだ。

 だが、領主からの許可は下りなかった。

 

 加えて、闇金として営業したらダメだからね、とキツく釘を刺されてしまったのだ。

 その状態で闇金を営むほどマディはバカではない。

 

 では、代わりとなる金策が必要となる。

 色々と考えた結果、一時的に暗黒三兄弟ジョガーたちを冒険者として活動させることにしたのだ。

 

 なにか商売をするとしても元手がない。

 商業組合時代の伝手を使うこともできるが、それをしたとしても安定的に稼ぐのは難しかったのだ。

 

 で、現在である。

 

 暗黒三兄弟ジョガーたちは冒険者として日雇い労働的なことをこなす。

 マディは金策のネタを求めて、イトパルサをウロウロとする。

 そして何日かに一度、こうして金勘定をするのだ。

 

「ちょっと聞きたいんだけど」


「なんでさぁ?」


 金勘定は終わったようである。

 顔つきが変わったマディを見て、ガイーアは煙草を消した。

 

「さっき色々と揃えるものがあるって言ったわよね? 具体的にはどんなものが必要になるの?」


「まずは装備でさぁ。といっても俺らは手持ちがあるんで、その点については問題ねえですぜ」


「そういうことを聞きたいんじゃないのよ。なにが必要でその相場がどのくらいかってことを聞きたいの!」


 暗黒三兄弟ジョガーの三人が首を傾げた。

 そこでマディはひとつ息を吐く。

 

「いい? 今、私が考えているのは一括して大量に仕入れることで値段を下げて提供できるかってことなの。わかる?」


「姐御、もうちょいわかりやすく!」


 ガイーアが揉み手をしながら聞く。

 

「そうね、あんたたちは今、この下級の治癒薬ってやつに銀貨一枚払っているわよね。これがそうね……例えば銅貨二十枚くらい安くなったらどう思う?」


「どう思うって、そりゃあ買うでしょうよ。ただし安い分、効果が低いんじゃないのかなぁっていう疑いが拭えれば……あ、それは俺たちがやればいいのか」


「そういうこと! 特にお金のない冒険者たちにとっては少しでも安く道具が手に入るお店って貴重でしょ!」


「たしかにそのとおりでさぁ」


「どう? 成功すると思わない?」


 目をキラキラとさせるマディだ。

 

「安かろう悪かろうはダメですぜ。治癒魔法の使い手がいないパーティーは、その薬ひとつで命が助かるかどうかって場面があるんでさぁ。だから、そういう商売をするなら真っ当なもんじゃないと、痛い目に遭いますぜ」


 冒険者らしい発言をするガイーアである。

 裏の世界で生きてきたとはいえ、それは選択肢がなかっただけなのだ。

 根は真面目なのである。


「そこは肝に銘じておくわ。明日、魔法薬師組合に行ってみるわ!」


 マディのやる気に水を差すことはない。

 暗黒三兄弟ジョガーたちは、ウンウンと頷くのであった。


「ところで姐御……そろそろ分け前の方を……」


「わかってるわよ!」


 全体の稼ぎから半分を活動資金にする。

 それは事前の話し合いで決められていたことだ。

 

 だが目の前で詰まれた小銭がごそっと持っていかれるのを見ると、心穏やかではいらない。

 それが人間というものである。

 

 残った半分が三等分にされて、暗黒三兄弟ジョガーたちに分配されるのだ。

 手取りという意味では、かなり少なくなってしまう。

 

「こんだけ……?」


 思わず、口にでてしまうガイーアだった。

 子どもの小遣いとまでは言わないが、冒険者としての稼ぎから考えればかなり少ない。

 

「仕方ないでしょうに。だいたい私は儲けをとってないのよ。それだけじゃなくて、かなり持ち出しまでしてるんだから。贅沢言わないの!」


 そのとおりである。

 金のかかることはマディが資金をだしている状況だ。

 つまり、おんぶに抱っこなのである。

 

 世の中、金を持っているヤツが強い。

 それは異世界でも同じなのだ。

 

「仕方ないわね。マアッシュ! これでお酒でも買ってきなさい!」


 マディが活動資金の一部をマアッシュに渡す。

 きちんとした酒屋・・・・・・・・なら小さな酒樽が買える程度だ。

 だが、粗悪な酒を売る店なら大樽が買えるだろう。

 

 粗悪な酒とは、混ぜ物がしてあるものを指す。

 だいたいは水で割って薄めたものだ。

 酷いものになると、ほぼ水というケースもある。

 

「ちゃんとしたお店で買ってくるのよ! いいわね!」


 マディの小言にも笑顔で応えるマアッシュであった。

 

「そういやぁ姐御、最近耳に挟んだんだけど幻の酒が出回ってるって」


 ガイーアの後ろでオールテガが頷いている。

 暗黒三兄弟ジョガーたちとマディは酒が好きだ。

 そのため幻の酒とも言われるものがあるのなら飲んでみたい。


「ああ、その話! 私も聞いたわ! なんでも好悪がすごくわかれるって。一度は飲んでみたいわね」


「それと新しいエール? ってのもあるそうですぜ!」


「ほおん。そっちは聞いてないわね」


 マディの目が光った。


「冒険者組合で話しているヤツらがいたんでね、ちょいと聞き耳を立ててたんでさぁ。なんでも喉ごしすっきりで、同じエールとは思えねえほど美味かったって」


「それも出回ってないの?」


「そうですぜ。かなり貴重な酒だって話でさぁ」


「そっちも飲んでみたいわね……」


 ちらりと商業組合時代のことが頭をよぎるマディだ。

 曲がりなりにも組合長だったのだ。

 

 今でもその職に就いていれば、口にできたかもしれない。

 だが……そんなことを考えてもせんなきことである。

 そう割り切って、少し重めの息を吐いた。


「ま! あっしらが手にすることができるのは当分先の話でしょうがね!」


 マディの空気が重くなったのを敏感に察するガイーアだ。

 だから敢えて明るい声をだして、ガハハと笑う。

 同じく空気を読むオールテガも笑ってみせる。

 

 他愛のない話は進んでいく。

 意外とこの空気をマディは嫌っていなかった。

 商業組合では、どこか自分の居場所ではない、と感じていたのも大きいだろう。

 

 そこへ珍しくマアッシュがドタバタと足音を鳴らして帰ってくる。

 なにかあったのか、と警戒を見せるガイーアたち二人。

 

 扉が大きく音を立てて開いた。

 マアッシュが大事そうに小さな酒樽を抱えている。

 ガイーアに寄って、コソコソと耳打ちをするマアッシュだ。

 

「な! なんだとう!」


 声を荒げるガイーアにマディが聞く。


「どうしたのよ!」


「姐御……お、おち、落ちついて、きき、聞いてくだせえよ」


「あんたが落ちつきなさいよ」


 ジトッとした目をむけるマディだ。

 息をひとつ飲みこんで、ガイーアが口を開いた。

 

「こ、これ。幻の酒でさぁ」


「なんだってええええ!」


「ルビアの涙……偶然にもマアッシュが寄った酒屋でひとつだけ残っていたそうですぜ!」


「ま、まままっ! マジでっ!」


 このときばかりはマディは自らの運に感謝した。

 そして、暗黒三兄弟ジョガーたちとハイタッチをする。

 

「じゃあ、さっそく飲んでみましょう!」


 マディの言葉に頷く暗黒三兄弟ジョガーたちだった。

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