第499話 おじさん妖精女王の代替わりを体験する


 おじさんの無垢なる言葉に傷ついた女王は泣いた。


「おろろおおおおん! ……ぐがぁ」


 泣いて、泣いて、そして泣き疲れて寝た。

 侍女の手の中で。


「ううん……本当に女王が計画したのですか……悪いことをしましたね」


「お嬢様、いかがなさいますか?」


 侍女が問うているのは、女王の処遇である。

 さすがにタオティエを利用してお菓子を盗んだことは不問にできないだろう。

 

「あなたたちは今の女王のままでもいいのですか?」


 敢えて妖精たちに聞いてみるおじさんだ。

 

「正直に言うと、女王はもう変わってほしいですほ」


 オレンジ髪の妖精が言う。

 それに続いて、他の妖精たちも声をあげた。

 

“そうだそうだー”

“あーしはもうどっちでもいいかなって”

“新女王がいるじゃんか”

“うちは新女王がいいと思うー”

“まてータオちゃんー”

“きゃはははは”


 半分ほどが女王は交代しろという意見だろうか。

 もう半分はおじさんが女王になれという意見。

 残りはもう興味をなくして、タオティエと追いかけっこをして遊んでいる。

 

「ううん……そもそも妖精の女王ってどう決まるのでしょう?」


「わからないですほ! うちの里は代替わりしたことがないですほ!」


 おじさんの呟きも拾い上げるオレンジ髪の妖精さんである。

 

「なら知っていそうな方に聞いてみますか」


 おじさんは耳飾りをぴぃんと弾く。

 風の大精霊であるヴァーユを呼ぶためだ。

 

『お姉さま、相談したいことがありますの。お時間をいただけるでしょうか?』


『リーちゃん? うん、大丈夫よ。いま行くわね』


 一瞬のやりとりのあと、妖精の里に一陣の風が巻き起こる。

 

「お姉さま!」


「リーちゃん、久しぶりってほどでもないか」


 確かアミラのダンジョンの件で会ったはずだ。

 おじさんは事情を説明する。

 

「妖精の女王の代替わりね……。妖精の女王はね、聖樹が決めるようになってるのよ。聖樹が指定して魔力を授けるって形で女王になるの」


 一般的な妖精たちは二対四枚のトンボのような羽である。

 女王だけ三対六枚の同じような羽がついているのだ。

 これが女王の証ということだろう。

 

「だけど……これまで妖精しか指定されたことがないから、いくらリーちゃんが望まれていても難しいかな。そこのオレンジ髪の妖精はどうなの?」


 ヴァーユが解説しながら聞く。

 

「わ、わたしですほ? ムリムリムリですほ! ムーリーのリームーですほ!」


「だよねぇ」


 と、ヴァーユは苦笑をうかべる。

 基本的に妖精とは自由気ままな種族だ。

 そのため女王などという面倒な地位につきたがらない。

 

「新女王に代替わりしたとしても、今の女王はどうするのです。このまま里に置いておくのもどうかと思いますわ」


 おじさんがさらに疑問を重ねた。

 

「それに関しては大丈夫よ。妖精もね、長く女王をやっていると、偶にこんな問題児がでてくるの。で、そうした妖精は昔からの決まりでね、精霊たちの下働きをしてもらうのよ」


 おじさんの知らない世界の情報である。

 ほおん、と興味深く拝聴するのであった。

 

「ちゃんと問題児の教育係をしてくれる精霊もいるから。その点は安心してちょうだい」


 さすがに風の大精霊だ。

 実に頼りになる。

 

 どこかの女王とは大違いだ。

 まぁ……一緒にするなという話ではあるが。

 

「では女王のことはヴァーユお姉さまにお任せするとして、新しい女王をどうするのかだけですわね!」


 その瞬間であった。

 神聖樹がペカーと光る。

 

 茫洋たる神聖な魔力がおじさんを包む。

 そして、おじさんもまたペカーと光った。

 

「お嬢様!」


 侍女が思わず声をかける。

 手に力が入ったのだろう。

 

“ぐっげえ”と女王が奇声を発する。

 

「大丈夫ですわ! 問題ありません」


 光が収束していく。

 

 おじさんの背に光輝く蝶の羽が生えていた。

 さらにフェロニールが額に輝いている。

 額飾りだ。

 

 新緑の草蔓で編まれ、額の中央部分には宝石が輝く。

 

「あら? リーちゃんでいいのかしら?」


 ヴァーユが素直に驚いている。

 

「はにゃああああ! お嬢様ぁあぁあ、しゅてきいいいでしゅうう!」


 侍女が我を忘れておじさんを賞賛する。

 うっすらと青みがかった銀髪に、アクアブルーの瞳をした超絶美少女。

 おじさん妖精バージョンである。

 

「げぇげぇっげげげ……げえ」


 女王がさらに圧迫されて声をあげていた。

 

「うん、リーちゃん。よく似合っているわね! 真なる妖精の女王ティターニアに選ばれたのね!」


真なる妖精の女王ティターニア?」


 聞きながらも、おじさんは水鏡の魔法を使う。

 自分でも見てみたかったのだ。

 

 水鏡に映るおじさんの姿。

 それは真なる妖精の女王ティターニアと呼ばれても、一切の遜色がないものだった。

 

「妖精たちの王様ってことよ。ああ……もともとこの聖樹はリーちゃんが育てたようなものだからね。相性も良かったんでしょう」


「おおおおお! リーちゃん! がっごいいいおおおおお!」


 タオティエが突っこんでくる。

 それをピタリと指先ひとるでとめるおじさんだ。

 

「タオちゃん、ひとつ聞きたいことがあるのです」


「どうしたお?」


「タオちゃんは魔力を食べてもお腹がいっぱいになりますか?」


「なるお!」


 にぱっと笑うタオティエにおじさんもニッコリだ。

 

「では、お腹が空いてどうしようもないのなら、わたくしの魔力を好きなだけ食べるといいですわ。その代わり、妖精の里のお菓子を食べてはいけません。約束できますか?」


「できるお! タオちゃん、約束守るお!」


「わかりました。では、お好きなだけどうぞ」


 タオティエがおじさんに抱きつく。

 

「いっただくおー! おおおおお?」


 恐らくは数分もかかっていないだろう。

 タオティエがガクっと膝をついた。

 ぶるぶると身体を震わせている。

 

「リーちゃん……」


「大丈夫ですか、タオちゃん?」


「タオちゃん、初めておなかいっぱいになったお! リーちゃんの魔力はすごいお! お? お? お?」


 タオティエの背中から妖精の羽が生える。

 真なる妖精の女王ティターニアとなった、おじさんの影響を受けたのだろう。

 

「あら、かわいい」


「おおおお! タオちゃん、リーちゃんと一緒!」


 満面の笑みをうかべるタオティエ。

 その姿を見て、ほっこりするおじさんであった。

 

「リーちゃん。その額飾りを外すといつもの姿に戻れるはずよ。その宝石、七輝結晶っていってものすごく貴重なものだから、なくさないようにね。きっとお母様の力もこめられてるわ」

 

「七輝結晶……そうですか。女神様の……しっかりお祈りをしておきますわ!」


 なんだかんだとあるが、女神のことは好きなおじさんだ。

 

「オレンジ髪の妖精さん」


 妖精たちは目が点になったまま動けずにいた。

 でも、声をかけるおじさんだ。

 

「は、はははは、はいいいい!」


「わたくしが不在の間、あなたを里の名代にします。公正公平を心がけてくださいな。よろしくお願いしますわね」


「は、はいいいいい! ですほ!」


 おじさんにむかって敬礼をする妖精さんだ。


「では、代替わりのお祝いですわ。今回はわたくしがお菓子を振る舞いましょう!」


“うおおおお!”

“話がわかるぜえええ!”

“神・女王!”

“やっぱ女王はこうじゃないと!”


 おじさんのだしたお菓子に群がる妖精たちであった。

 もちろんオレンジ髪の妖精さんもまじっている。

 

「お姉さま、女王のことはお任せしますわね!」


 お菓子をつまんでいるヴァーユに声をかける。

 

「任せて、リーちゃん」


 ビシっと親指を立てる風の大精霊だ。


「あの……お、お嬢様……」


 そこで侍女が申し訳なさそうな顔でおじさんに近寄った。

 

「お嬢様のお姿につい力が入ってしまって……」


「入ってしまって?」


「こんなんなっちゃいました! 申し訳ありません!」


 そこには元女王がいた。

 羽が二対四枚になっているが、大きく姿は変わっていない。

 

 というか。

 舌をでろんとだして、失神している。

 

「さすがにこれは気の毒ですわね」


 おじさんは治癒魔法を発動させる。

 気がついた元女王は見た。

 真なる妖精の女王ティターニアの姿を。

 

「はううう! お、おやびん? おやびんがティ、真なる妖精の女王ティターニア!」


 女王は知っていたのだろう。

 

「ってことは! ひょっとして……」


 女王がキョロキョロとしている。


「あなたは私が連れて行くわ! 問題児さん!」


「げええ! 大精霊様!」


 即座に逃げだそうとする女王だ。

 だが、風の魔法でかんたんに捕獲されてしまう。

 

「じゃあ私はそろそろ戻るわね。真なる妖精の女王ティターニアに選ばれたリーちゃんも見られたし、楽しかったわ」


「ありがとうございますわ、お姉さま。今度、お菓子を差し入れしますので楽しみにしておいてくださいな!」



 いやじゃああ!

 地獄はいやじゃああ!

 お菓子をおおおお!

 

 と叫ぶ女王は、風の大精霊であるヴァーユとともに姿を消したのであった。

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