第498話 おじさんの悪意なき言葉が妖精の女王を苛む


 妖精の里である。

 誰が保管庫の封印をといてお菓子を食べたのか。

 この謎を解いてみせる、と宣言したおじさんである。

 

「さて、この場で推理を披露したいところですが……」


 おじさんはチラリと侍女を見た。

 侍女がスススッとおじさんに寄ってくる。

 

「まだ条件が揃っていませんわね。そこでちょっとお願いがあります」


 侍女の耳元で指示をだすおじさんだ。

 その指示に頷いて、侍女は駆けだした。

 女王を手に持ったまま。

 

「さて、オレンジ髪の妖精さん。女王の住んでいる場所はどこですか?」


 おじさんの問いに、いっせいに首を捻る妖精たち。

 基本的に妖精というのは家を持たない。


 そもそも妖精の里は常春である。

 それに雨が降ったりもしない。

 

 なぜならダンジョンだから。

 魔力の供給さえあれば、草花も枯れないのである。

 環境が整っているのだから家がなくても問題ない。

 

 もともとの妖精の里でも同じようなものだったそうだ。

 聖樹の影響で実に暮らしやすい場所だったらしい。

 

 なので気のむいたときに眠り、食事をする。

 そんな生活をしている妖精に家の概念はないのだ。

 

 ――ということを説明されるおじさんである。

 

「なるほど……では、最近女王がよく居た場所に心当たりはありませんか?」


「あ! そう言えば……女王が神聖樹の周りを飛んでいるのをよく見かけたですほ!」


 神聖樹は新しくおじさんがダンジョンに生やしたものだ。

 聖樹国のシンボルである大聖樹と区別するために、神聖樹と呼ばれている。

 

「なるほど……」


 保管庫のすぐ近くにある神聖樹を見るおじさんだ。

 その神眼には魔力すら見えてしまう。

 ぐるり、と周囲を歩きつつ観察すると、隠蔽するための魔法の痕跡がしっかりとあった。

 

「あれですわね」


 飛行魔法を使って天井近くまで飛んでみる。

 怪しい場所にかかった魔法をあっさり解除するおじさんだ。

 

 そこには小さな洞があった。

 洞の中には、お菓子がたっぷりと備蓄されている。

 

 これはもう揺るがぬ証拠だ。

 

“こんなにためこんでやがったー”

“女王、あーしらのお菓子を……ゆ゙る゙ざん゙!”

“訴えてやる!”

“ぜんぶ吐きださせてやる!”

“コロスコロスコロス……”


 妖精たちから怒りの声があがる。

 それは怨嗟に満ち満ちていた。


「お嬢様あああ! 戻りましたあああ!」


 そこへ侍女から声がかかった。

 侍女の隣にはタオティエがいる。

 

「はぁあああああ! あれは! あれは! あれはああ!」


 あたふたとした声をあげる女王だ。

 しかし、侍女の手からは逃げられない。

 

 おじさんが音も立てずに地上へと降りてきた。

 その後ろには怒りを隠さない妖精たちがいる。

 

「動かぬ証拠も見つけましたし……これで犯人はわかりましたわね。ただ、女王には聞きたいことがあります」


「ちがうでゲス! あっしはやってねえでゲス! おやびん! 信じてくだせえ!」


「女王、あなたはタオちゃんをそそのかしましたね?」


「ちがうでゲス! それはタオティエが勝手にやったこと! あっしは知らねえでゲス!」


 口角泡を飛ばす女王だ。

 ぎぎぎ、と侍女の手からも抜け出ようとしている。

 

「お? タオちゃん、あのおうちのお菓子を食べたお!」


 おじさんたちの様子を見て、タオティエが正直に言う。

 と言うよりも、嘘をつくという発想がないのだ。

 

 おじさんはそんなタオティエに優しい笑みをむける。

 

「タオちゃん。女王に言われたのですか?」


「そうだお! 女王が夜にきて言ったお。あのおうちのお菓子を食べていいって!」


「ち、ちがうでゲス! お、おやびん!」


 おじさんは自分の推理を述べる。


「なんでも食べるタオちゃんですからね。封印も食べてしまったのでしょう。だから、あの扉には魔力の痕跡がなかったのです」


「女王がいいって言ったお!」


 無自覚に追い打ちをかけるタオティエである。


「だまれええい! だまれええい!」


 女王は必死だ。

 もはや悪代官のようである。

 

「妖精たち単独では開けられない封印。その封印を開けるためにタオちゃんを利用した。そして、タオちゃんがお菓子に夢中になっている間に、自分はせっせとお菓子を盗みだした」


「ちいぃい! バレちまったら仕方ねえ!」


 開き直る女王である。

 

「ですが……ここでひとつ気になることがあります!」


 おじさんが高らかに宣言する。

 

「いったい誰が女王にそんな入れ知恵をしたのか! わたくし、気になります」


 さぁ語ってくださいな、とおじさんが女王を見た。


「え? おやびん?」


 きょとんとなる女王である。


「さぁ、あなたをそそのかしたのは誰なのです?」


「え? そそのかした……?」


 心当たりがないのだろう女王が首を捻った。


「だって、あなたがこんな面倒なことを思いつくわけがないでしょうに」


「いや……おやびん。あっしが考えたでゲス」


「ふふ……ここまで事が露見したのです。遠慮は要りませんよ。それとも何かしらの弱みを握られているのでしょうか?」


「本当にあっしが考えたゲス」


「嘘はよろしくなくってよ? あなたにそんなことを考えることができるなんて信じられません」


 言外にバカだから、と言っていることに気づいていない。

 だって、おじさんは女王にそんな絵は描けないと思いこんでいたのだから。

 

 結果、女王の言葉を否定する。

 自分がやったと言われても、信用できない。


 今までの行動からそう女王のことを判断していたのだ。

 

 そして、女王は正確に事態を把握していた。

 自分がバカにされていることを理解していたのである。


 ただし悪意がないこともわかっているのだ。

 純粋にそんなことができないと思われている。

 

 悪意があるのなら、まだいい。

 純粋にそう思われるのは本当に辛いことなのだ。

 

 それを理解したとき、女王の心が折れた。

 

「う……うわあああん!」


 女王は泣いた。

 心の底から悲しかったのだ。

 

 そんなにバカに思われるなんて……。

 

 自由気ままが信条の妖精である。

 だが、ここまで侮られるのは我慢がならなかった。

 

「うあああああん!」


 女王がギャン泣きする。

 それを見て、どうにも困ってしまうおじさんだった。

 

「わ、わらしがやったのにぃい! ぜんぶ考えたのおお!」


 女王のしゃべり方が元に戻っている。

 

「なんで信じてくれないのおおお!」


 当然である。

 嘘を吐き続けた狼少年の末路だ。

 いや、ちょっとちがうか。

 

「お嬢様……たぶん本当ですわよ?」


 侍女がおじさんに言う。

 

「えー! 信じられませんわ。だって女王なんですもの!」


 妖精たちも理解していた。

 女王の立場を。

 

 これは……さすがに気の毒だと思うのであった。

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