第497話 おじさん妖精の里で名探偵になれるのかい?


 おじさんを前にして女王は神妙な顔つきになる。

 

 妖精の女王は語った。

 それはもう熱っぽく語ったのだ。

 

 ときには拳を握り、ときには身体を震わせて。

 心にある澱を吐きだすかのように語り尽くしたのだ。

 

 ――どのお菓子が好きなのかについて。

 

「はぁ……」


 と、大きく息を吐き、肩を落としたのは侍女である。

 

「お嬢様、この羽虫はもうダメです。諦めましょう」


「誰が羽虫じゃああ! ケンカ売っとるんか? おう? おやびんが黙ってないぞ、このヤロウ!」


 シュシュッと空中に拳を突きだしながら、典型的な小者ムーブをかます女王である。


「……これ以上はムダですね。仕方ありません。妖精の里に行きましょう」


 おじさんが腰をあげた。

 

「さすがおやびん! 殲滅! 族滅! 根切り! おやびんの魔法は世界一いぃぃぃいいい!」


 いいいいやっっふううぅうう! とおじさんの周囲を飛ぶ女王である。

 

 そこへ従僕が戻ってくる。

 トレーの上には焼き菓子がならんでいた。

 

「まぁ! なんて美味しそうなお菓子なんでしょう!」


 ぶぅんを目指して飛ぶ女王だ。

 まさに菓子に釣られている。

 そんな女王をハシッと侍女が掴んでしまう。

 

「な、なにをするだー!」


「今から妖精の里に行くのでしょう?」


 おじさんが女王を見た。


「お、おやびん! そりゃあ殺生ってものでゲス!」


 女王の顔が真っ青になっている。


「では、一枚だけ持って行けばよろしいでしょう」


 このままでは埒があかない。

 そう考えたおじさんは女王に許可をだす。

 

「では、これで」


 侍女が手前にあった定番のクッキーをとった。

 それを手の中にいる女王に渡す。

 

「このオニちくしょう!」


 と、言いながらもクッキーにかぶりつく女王であった。

 

 タウンハウスの地下にある秘密の転移陣部屋。

 各地へと飛ぶ転移陣が部屋ごとにわけられている。

 そのひとつを使って妖精の里へ転移するおじさんたちであった。

 

 妖精の里の転移陣。

 その周囲には数多くの妖精が集まっていた。

 

 どうやら女王が帰ってくるのを待っていたのだろう。

 妖精たちがおじさんの姿を見て、わっと声をあげる。

 

“よ! 新女王じゃーん”

“うちらお菓子がたりてなーい!”

“お菓子! お菓子!”

“おい! 女王がまた食べてるぞ!”

“つるせー!”

“つーるーせ! つーるーせ!”


「ぐぬぬ! なんたる恩知らず! なんたる逆心! おやびん、族滅! 根切り! 大虐殺! でゲス! さぁ遠慮なくやったんさい!」


「以前から思っていましたが、族滅、根切りなら女王も対象ですわよ」


「し、しまったあああああ!」


 おじさんが侍女に目配せをする。

 それを合図に女王の口を塞ぐ侍女だ。


 大合唱になったところで、おじさんが手をあげた。

 妖精達の合唱がピタリとやむ。

 

「さて、どなたか詳しい方はいませんか? お話を聞きたいのですわ」


“おまえ、いけよー”

“じゃあ、あーしがー”

“だったら、あーしのほーがいいんじゃない?”

“それだったらわたしもー”

“あたしー”

“仕方ない、では私も……ですほ”

“どうぞ、どうぞどうぞ!”


 最後に立候補した妖精を残して、他が一歩退いた。

 必然的に前にでるかたちになってしまう。

 

 明るいオレンジ色の髪。

 ふわふわしたパーマのような妖精さんはとまどっている。

 

「まぁ聞かずともだいたいわかりますが、どんな問題が起こっているのですか?」


 おじさんはできるだけ優しい口調で聞いてみる。

 ついでに必殺の笑顔も使う。

 

「はわわ! ええと……私たち幼生体の糸と交換にお菓子を得てるですほ? そのお菓子は皆でわけるように保管してあるですほ。でも、昨日の夜に誰かが忍びこんでお菓子を食べつくしたですほ」


「……なるほど。その犯人が女王だと?」


 おじさんが問う。

 妖精がふるふると首を横に振った。

 

「まだわからないのですほ! そのことが発覚したのが今日のことなのですほ! だから私たちは女王に詰め寄ったですほ! そしたら何も知らないと白を切ったのですほ!」


 思いだしてだんだんと興奮してきたのだろう。

 語尾が強くなってきている。

 

「女王、やったのですか? 嘘をついてはいけませんよ?」


 ふぐぐと口を動かしながら、女王は首を横に振った。

 おじさんが侍女にサインをだす。

 

「ぷはっ……おやびん、信じてくだせえ。忠実なるこの下僕がそんな真似をするとでも!」


 女王が叫ぶ。


「では、なぜ封印を破られて、お菓子がなくなったのに余裕でいたですほ! 女王こそこの里で最もお菓子を食べたがっていたのですほ! その態度はおかしいのですほ!」


 オレンジ髪の妖精さんが問い詰める。


「女王たる者、いついかなるときも冷静でいなければいけないのですわよ! おーほっほっほ!」


「怪しいですほ!」


“女王がやったに決まってるうう”

“絶対女王のせい!”

“今度こそ成敗すべし”

“クルリンパ”

“かんけねーこと言うなし”


 妖精たちが盛り上がってしまう。

 仕方なくおじさんが再び手をあげてとめる。

 ふむ、と逡巡する。


「そもそも保管庫にはどの程度のお菓子が保管してあったのですか?」


「たくさんですほ!」


「妖精さんたちはどのくらい食べるのでしょう?」


「一日にクッキー三枚までって皆で決めたですほ!」


「では、かなりの日数分が保管されていた……と」


 オレンジ髪の妖精さんがコクコクと頷く。

 

「では女王ひとりで食べつくしたとは考えにくいですわね?」


「確かに言われてみるとそうですほ!」


 ううん、と首をかしげながらも首肯する妖精さんだ。


「だーはははは! ほれ見ろ! おやびん! おやびんの海よりも深いその知恵に脱帽でゲス!」


 勝ち誇る女王だ。

 それを完全に無視するおじさんである。


「先ほどお菓子の保管庫には封印をしてあったと言いましたが……それはどのような封印なのです?」

 

「お菓子の保管庫は私たちにとって最重要施設なのですほ。ですから封印を解除するときは、最低でも女王を含めて十人が力を合わせないとダメですほ!」


「ならば妖精の単独犯ではないと言えますわね」


 う……と言葉に詰まる妖精さんたち。

 そう彼女たちは、てっきり女王がやったと思いこんでいた。


 だが状況を整理すると、単独での犯行は無理である。

 その事実を突きつけられて、彼女たちは黙ってしまったのだ。

 

「なら……いったい誰が?」


 侍女が首を傾げていた。

 

「謝れえええ! この女王に傅けええええ! げーはっはっは。女王はやってない! 無実! これが真実じゃああ!」


 ゲスい。

 なぜ、これが女王に選ばれたのか。

 

 おじさんは言った。

 

「実際に現場を見てみましょう。現場からなにか得られるものがあるかもしれませんわ。案内をお願いしますね」


 おじさんの言葉に妖精さんたちが、おーと返事をする。

 

「ムダムダムダムダああ! おやびん! 女王に楯突いた愚か者たちにせいさ……モゴグググ」


 侍女によって口を塞がれる女王であった。

 

 オレンジ髪の妖精さんたちに連れられて保管庫を目指す。

 それは里の中央に作られた集会所のような場所にあった。

 

 見た目としては草のツルと木で作られたものだ。

 大きさは人間サイズのこぢんまりとした一軒家程度だろう。

 

 妖精サイズで考えると、かなり大きいはずだ。

 保管するクッキーやお菓子が人間サイズなのだから、仕方ないとも言えるかもしれない。

 

 保管庫といっても加工したという見た目ではない。

 植物がねじれ、絡まり、結果としてそうした形になったというべきものだ。

 

 その不思議な造型に思わず、おじさんは声をもらした。

 侍女も感心している。

 

「これは妖精さんの魔法ですの?」


「そうですほ! 私たちはこういう魔法が得意なのですほ!」


 おじさんが近づく。

 確かに扉が開いていて、中にはなにも残っていない。

 

 ふむ、とおじさんは思った。

 扉に刻まれた封印を調べる。

 そこでピンとくるものがあったのだ。

 

「……お嬢様?」


 侍女が声をかける。

 

「わたくし、犯人がわかってしまいましたわ!」


「なんだってー」


 妖精さんたちが揃って大きな声をあげた。

 その様子を見て、おじさんはニヤリと口角をあげる。

 

「ふふ……真実はいつもひとつ。お祖父様の名にかけて! このリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ。華麗に謎を解いてみせましょう!」


 ビシっと宣言するおじさんであった。

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