第496話 おじさんちから去る者と来襲する者
朝食の後である。
大きなお友だちも皆が馬車にのって王城に帰って行く。
その車中だ。
「ロムルスよ……」
学園長が宰相にむかって切りだす。
「ラケーリヌの相伝、リーにも伝えておくといい」
「リーちゃんにですか?」
宰相は不思議そうな表情で学園長を見た。
白鬚を手でしごく姿が映る。
その表情はとても真剣なものであった。
「うちの相伝じゃが……ものの見事に習得しておる。ラケーリヌの相伝も失われないようにしておくといいかものう」
「は? あの不可視の突き技を?」
学園長が首肯した。
そして、破顔する。
「あの技にカラセベドの相伝を加えて、新しい技まで作っておったわい」
「はぁ……」
信じられない。
だが、学園長の表情に嘘はないと宰相は思う。
「承知しました。うちの相伝もいつ失われるかわかりませんからね……時間を見て教えておきましょう」
うむ、と頷く学園長であった。
「スラン、あのたこ焼きを焼く魔道具を献上するようリーに言っておいてくれんかのう」
国王である。
「かまいませんが……ちょっと今すぐにはいきませんよ、兄上」
「その心は?」
「リーちゃんの発明が色々とありすぎて、どこから手をつけていいのかわからない状態なんですよ」
その言葉で察する国王であった。
「無理にとは言わんが……それほどか?」
「間違いなく嬉しい悲鳴ですけどね」
おじさんの産業革命計画はまだ秘密だ。
実際に領地で運用してみて、結果がでてからの報告になる。
「ああ、そうそう。兄上、ひとつお願いしておきたいことがあるのですが」
「ふむ。昨夜の礼がわりにある程度のことは聞いてやるぞ」
「ならよかった。今度の対校戦のときにリーちゃんの応援に行きますのでよろしくお願いしますね」
実に良い笑顔で笑う父親だった。
「うむ。ロムルス、頼んだぞ!」
「なんでそうなるの! 自分たちの仕事を押しつけるなあああ!」
宰相の悲鳴が馬車の中に響く。
最後の一人、軍務卿はぶんむくれていた。
おじさんが相伝を覚えてしまったことで、自分に腹を立てていたからである。
ちなみにキルスティとケルシーは別の馬車で学園にむかっていた。
「いつも思うのだけど」
キルスティはケルシーに目をむけながら言う。
「なんでそんなに食べるの?」
シンプルな疑問であった。
ケルシーはぽっこり膨らんだ下腹をなでている。
「美味しいからでしょうが!」
「美味しいのはわかるんだけど……」
疑問が払拭できないキルスティだ。
少しの間をあけて、ケルシーがぼそりと言う。
「……誠意ってなにかね?」
ケルシーがぼそりと呟いた。
は? と、キルスティが聞き返す。
「美味しい料理に対する誠意ってなにかね? と聞いているの!」
「え……と」
考えたこともないキルスティだ。
ケルシーの迫力に押されて、真剣に考えてみる。
「……美味しいと思うこと?」
自分でも何を言っているのかよくわからない。
だが、キルスティにはそれが精一杯だった。
「食べることでしょうが! 美味しい料理をだされたら食べる。それが誠意ってもんでしょうが!」
「……え? あ? ……うん。そうね」
「だから食べてるんでしょうが!」
「いや、身動きとれなくなるまで食べなくてもいいと思うのだけど?」
「それが誠意ってもんでしょうが! まったく!」
貴族と蛮族は相容れないものなのかもしれない。
とにかくケルシーの迫力に押されるキルスティであった。
一方で公爵家邸である。
「リーちゃあああん! タオちゃん、きったおおおおお!」
タオティエの元気のいい声が響く。
その声に素早く反応して、おじさんが出迎える。
被害がでる前に。
おじさんの姿を見つけたタオティエは既に興奮気味だ。
右足で床を二度ほどかいて、おじさんに突撃する。
「リーちゃああああん! タオちゃん、寂しかったおおおおおお!」
おじさんがタオティエをいなす。
侍女たちもそれを見て、ホッと胸をなで下ろした。
タオティエは公爵家のマスコットみたいなものだ。
だが、あの突進だけは勘弁してほしいと侍女や従僕たちは思っている。
「タオちゃん、どうしたのです? 遊びにきたのですか?」
「遊びにきったおおおお!」
にぱっと無邪気に笑うタオティエ。
その角にくっついている不穏な存在がいた。
今はタオティエの突進で目を回しているみたいだ。
「女王まで……」
と、おじさんは指で女王の羽をつまむ。
「驚かないでほしいのですが……これが妖精ですわ。ちょっと悪戯者ですが、根は悪くないと思います」
おじさん、混乱を生みそうな女王について説明をしておく。
侍女や従僕にとって妖精は物珍しい存在だ。
いるとは聞いていても、実際に見るのは初めてなのだから。
「はう! ここは……? お、おやびん! おやびいいん!」
暫くして女王が目を覚ましたのだ。
タオティエは庭で精霊獣たちをじゃれている。
ぶぅんとおじさんの周囲を飛ぶ女王であった。
「そのおやびんっていうのはやめてくださいな」
「おやびんはおやびんでゲス」
げへへと手をこすり合わせる女王であった。
「……なぜこちらきたのですか? なにか用があるのでしょう?」
おじさんの問いに女王が言い放つ。
「それはですね……」
と、女王が話を切りだそうとしたときだった。
侍女がおじさんの前にお茶とお菓子を運んでくる。
「お・か・し!」
さっそく飛びつこうとする女王だ。
「させません!」
侍女が電光石火の早業で女王を捕まえてしまう。
「お嬢様、この無礼者を処分してもよろしいでしょうか?」
優雅にお茶を一口飲んでから、おじさんは言った。
「かまいません……と言いたいところですが、なにかこちらには用があってきたようですので」
「はぁぬゎすぇえええええ! お菓子が目の前にあるのにあんまりだああああ! あぁあんまりだぁああああ!」
おじさんは壁際に控えている従僕に目を向けた。
従僕が動く。
「女王、先に話を。お菓子はあとであげますから」
「はう! さすがおやびんでゲス! いや話っていうのはですね!」
女王がそこで間をとった。
「下僕どもが反乱を起こそうとしてるゲス!」
ほう、とおじさんは唸った。
「その理由は?」
「まるで心当たりがないでゲス!」
なるほど、とおじさんは思った。
おおよその事情は予想がつく。
これは妖精の里にも顔をださないといけないか。
ふぅと大きな息を吐くおじさんであった。
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