第495話 おじさん学園長に相伝を教わる


 国王たちをバチコーンした翌日のことである。

 おじさんはいつものように庭で身体を動かしていた。

 

 本気の侍女を相手に、いなし、すかし、躱す。

 在ると思わせる虚、ないと思わせて在る実体。

 着実におじさんの体術は進歩していた。

 

 侍女もまた翻弄されているだけではない。

 おじさんの体術を取りこみながら、自分流へと昇華させていくのだ。

 

 よって、ここ最近の二人の体術は実に高度なものとなっていた。

 もはや護衛の騎士たちですら、よくわからない領域へと至っているほどだ。

 

 そんなおじさんと侍女の訓練に声をかける者がいた。

 学園長である。

 

 あの後、おじさんの大きなお友だちは公爵家にお泊まりしていった。

 温泉と料理に酒に舌鼓を打ちながら、存分に将棋を楽しんだのである。

 

「なにか御用ですか?」


 学園長の姿に気付いて、手をとめるおじさんたち。

 

「うむ。ちょうどいい機会じゃからな。我が家の相伝をリーに伝えておこうと思うてな」


「以前、仰っていたものですわね」


 魔技戦本番の後、おじさんと学園長でデモンストレーションをした。

 そのときに言われたことである。


「うむ……まぁあのときにも言ったが、我が家の相伝は一度は途絶えておる。ワシが残っていた文献などから再現したのじゃが……まぁ見せた方が早かろう」


 学園長が宝珠次元庫から愛用の槍を取りだす。

 中段に構えて呼吸を整えた。

 

「我が家の相伝が途絶えたのには理由がある。なに、原理そのものは難しくないのじゃ。相伝の要諦はただひとつ! 基本を徹底的に極めるのみ。基本を極めた先にあるのが……」


 学園長が槍を突く。

 だが、その速度が速すぎる。

 遠巻きに見ている騎士たちの目には、まったく見えない。

 

 だが、おじさんはしっかりと見ていた。

 まさに神技とも呼べる突き。

 

「とまぁ……こんなもんじゃ。陰堕かげおとしと呼ばれておる。己の陰すらついてこれない速度と精度。それこそがこの技の……」


 と、学園長が膝をついた。

 その瞬間におじさんは治癒魔法を発動する。

 

「すまぬの、リー。少し無茶をした。基本を極めた先にあると言ってもじゃ、まぁ身体にかかる負担は大きい。もう少し若ければ戦場でも使えるのじゃがな。今ではもう無理じゃ」


「なるほど……基本を極めた先にあるもの。勉強になりましたわ、学園長」


 いいものを見た。

 おじさんはニッコリと笑って、自分用の棍を取りだす。

 

 ピタリと中段に構える。

 目を閉じて集中するおじさんだ。

 さらに呼吸を整え、頭の中でシミュレーションする。

 

「やってみましょうか」


 ゆっくりと目を開けるおじさん。

 目の前に架空の敵を想像する。

 今回はあの天空龍だ。

 

「いきますわ! はあっ!」


 音を置き去りにするような神速の突き。

 踏みこむ足先から指先までの関節を連動させた動きであった。

 

 だが、おじさんの脳内では失敗である。

 なぜなら天空龍の鱗を貫通できなかったのだから。

 

 一方で、よもや見せただけでできるようにはなると思わなかった学園長は言葉を失ってしまう。

 わなわなと身体を震わせて、おじさんを見るのみだ。

 

 それは巨星だ。

 自らを遙かに超える巨大な才能の塊。

 理解はしていたが、それすら過小評価・・・・だったことに学園長は気付いたのであった。

 

「んんぅ……今のは少し腰の連動がズレましたわね」


 おじさんは納得がいかないようである。

 首を傾げながら、呟いていた。


「お嬢様、たぶん踏みこみです。いつもより少し浅かったですわよ」


「ああ! それですわ! では、もう一度いきましょう」


 おじさんが棍を構え、息を整えた。

 

「はいやー!」


 それは神速の一撃。

 騎士たちの目には一度目と二度目のちがいはわからない。

 だが、ひとつハッキリしていることがあった。

 

 木製の棍が割れたのだ。

 恐らくは衝撃に耐え切れなかったのである。

 

「お嬢様、次は身体強化を使ってみてはいかがですか?」


「そうですわね、色々と試してみましょう」


 侍女とおじさんのいつもの会話が始まる。

 

「その前に棍がダメになってしまいましたわ。お気に入りでしたのに……どうしましょうか?」


「それならば余った天空龍の素材で作った棍があったのではないですか?」


「ああ、ありましたわね。すっかり忘れていました。そう言えば天空龍シリーズの素材も少なくなりましたし、また素材がほしいですわね!」


「お嬢様、次は私も戦ってみたいです! 今ならそこそこいけるんじゃないかなって思います!」


 不穏な会話である。

 学園長がそこに割って入った。

 いや、入らずにはいられなかったのだ。


「ちょっと待てええええい! よく見ればサイラカーヤ、サイラカーヤ・フィスキエか! ええい、よくもこのような問題児がリーの側付きに。意外すぎて今まで気付かんかったぞい!」


 全員ではないが、ちゃんと卒業生の顔と名前を覚えている学園長なのだ。


「誰が問題児ですか!」


「問題児と言えばサイラカーヤ。サイラカーヤと言えば問題児だったじゃろうが! 何度、学園長室に呼びだしたか! 忘れたとは言わさんぞ!」


 フッと侍女が笑う。


「そんな過去はとうに捨てました。今の私は、お嬢様の側付きなのです! というか乙女の過去をうだうだと。そんなことではひ孫さんキルスティにも嫌われますよ!」


「なにおう!」


 学園長と侍女がにらみ合う。

 それは街角でメンチの切り合いをするヤンキーのようだ。

 

「サイラカーヤはわたくしの大事なお姉ちゃんなのです。過去のことは問いませんわ」


「はにゃあ! お嬢様! だいしゅき!」


 一瞬で表情を変える侍女であった。

 

「では、ちょっと場所を変えましょうか」


 おじさんは侍女と学園長を連れて転移する。

 女神の作った空間にだ。

 

 ステンドグラス越しに淡い光がさしこむ。

 そんな空間で、おじさんは天空龍シリーズ棍を構えた。

 

 もう一度、脳内でシミュレーションをして頷く。

 調息を行ってから身体強化を利用しつつ、本気の突きをくりだした。

 

 轟雷。

 まるで雷が降りそそぐかのような音が響いた。

 ソニック・ブームによる爆音である。

 

 おじさんの棍が音速を超えたのだ。

 後ろに発生する衝撃波。

 それを魔法で拡散させるおじさんであった。

 

「なぬぅ!」


 学園長が思わず声をだしていた。

 

「そ……それは……」


 絶句であった。

 初代のみが行えたという究極を越えた先にある突きであったのだから。

 

 初代の突きは雷を伴っていたという文献がある。

 それを思いだしたのだ。


「今のは良い感じでしたが、まだいけますわね。感覚を掴みましたから、これで自在に使えるはずですわ!」


「やりましたわね! お嬢様!」


 侍女とおじさんがハイタッチをする。

 

「はいやー!」


 おじさんの演舞が始まった。

 棍で打ち、薙ぎ、払い、突く。

 そのすべてが音速を超えた超必殺の一撃であった。

 

 身体の使い方を覚えたおじさんに不可能はないのだ。

 

「まさか一瞬でこうなるとは……」


 学園長は膝をつき、四つんばいになっていた。

 おじさんの学習能力の高さを舐めていた結果である。


「お嬢様にできぬことなどないのです。天地の理、森羅万象すべてがお嬢様の掌にあるのです!」


 なぜか自信満々な侍女だ。

 

「なるほど。基本の動きを突き詰めるということが、こんなことになるのですね! 楽しいですわ!」


 もはや何をか言わんやである。

 学園長は自身の手でとんでもない怪物を誕生させてしまったのだ。

 

 その動きは今やサムディオ公爵家の相伝を超え、おじさん独自の技へと進化していた。

 

「我が家の相伝である魔纏を上乗せしてみますわ!」


 あ、と学園長が思ったときには遅かった。

 おじさんの神速の一撃から、二重螺旋を描きながら直進する魔法が放たれてしまう。

 

 それは下手な禁呪よりも恐ろしいものであった。

 

「名づけて魔貫光殺……」


「お嬢様……あちらでは使えませんわ」


「でしょうねぇ。あ! 天空龍なら大丈夫かしらん?」


「あれならきっと大丈夫ですわ!」


 いえーと再び侍女とハイタッチするおじさんである。


「伝説の生き物にケンカを打ってはいかんじゃろう……」


 ぼそり、と呟く学園長。

 同時に、どこかの空でぶるりと身体を震わせる者がいたそうである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る