第494話 おじさん将棋仲間を作る


 引きつづき、第一遊戯室である。

 国王と軍務卿は勝負の趨勢を見守ることにしたようだ。

 それぞれが盤の状態を見る。

 

 一見して宰相の盤面は互角といったところだろうか。

 他方で学園長の方はかなり劣勢を強いられている。


「むぅうう。この感覚……ぬるりとして掴みどころがない」


 学園長がぽつりと漏らす。

 

「そろそろ時間が迫ってますわよ」


「うむ……ならば。この一手でどうじゃ!」


 学園長が残っていた飛車を動かす。

 

「ほう。そうきましたか」


 おじさんがニヤリと笑った。

 

「では、こう返すといたしましょうか」


 銀将を動かして詰める。

 

「甘い! リー、その手はすでに読んでおったぞ!」


 学園長が素早く次の一手を指す。

 

「ふふ……学園長こそ甘いですわよ」


 おじさんがノータイムで切り返す。


「それも読んでおった!」


 宰相の盤面を見て、そちらも指しつつ、おじさんは内心でほくそ笑んでいた。

 この様子だと学園長と宰相はどっぷりと将棋の沼につかりそうだからである。

 

 前世では得ることができなかった将棋仲間ができる。

 そう思えば、楽しくて仕方なかった。

 

「では、この手は読んでおられましたか?」


 おじさんが桂馬をぴょんと動かす。

 

「はう! そ、それは……」


 学園長が白鬚をしごく。

 禿頭もつるりとなであげる。

 ついでに白眉に皺を寄せて、黙りこんだ。

 

 学園長の大駒が死んだのである。

 動かそうにも、ちょうどいいところにおじさんの歩があるのだ。

 

 それが逃げ場をしっかり防いでいる。

 ここを捨てるのもひとつの手だ。

 しかし、大駒である飛車を取られてしまうと、次の攻めに耐えきれないのは必定である。

 

「むむむ……もはやこれまでか」


 学園長がガクリと肩を落とした。

 負けました、と学園長がボソリと言う。

 

 そう。

 将棋の負けはこれが辛い。

 自分で敗北を認めねばならないのだ。

 

「リーや、少し聞きたいことがあるのじゃが」

 

「少しお待ちを。宰相閣下の盤面もいいところですので」


 その言葉で学園長も盤面に目をやった。


「ふむぅ……」


 と、盤面を眺める学園長だ。

 

「爺様よ、なぜあそこで投げたんだ? まだ戦えただろうに」


 軍務卿の言葉に思いきり渋面を作る学園長。

 そして、その頭をポカリと殴る。

 

「このバカもんがあ! バカじゃバカじゃと思っておったが、ここまでバカだったとはな! 陛下、このバカを軍務卿から降ろした方がいいぞい!」


「え? ええ?」


 いきなりのことで途惑う国王だ。

 

「ジジイ、なにしやがんだよ!」


 いきり立つ軍務卿である。

 

「たった数手先を読めんとは情けない。キサマは大駒ではないのじゃぞ! 一軍を率いる将なのじゃ! この遊戯で言えば王の立場になるんじゃぞ! このままならリーに軍務卿を任せた方がいいわい!」


 おや、とおじさんは思う。

 変な方向に話が進んでいないか、と。

 

「チマチマ考えるのは苦手なんだよ!」


「お静かに。宰相閣下はまだ指しておられるのですよ」


 ヒートアップしそうな二人に、おじさんが釘を刺す。

 

「む。すまぬ」


 学園長が素直に謝った。


「まったく。騒々しい……ああ、負けました。うん……」


 白旗をあげた宰相が、盤面を戻していく。

 

「ここで……この一手を見誤っていました」


「そうですわね。でも、その布石になっていたのは、さらに十手前のこの一手ですわよ」


 おじさんが駒を移動する。


「なるほど……いや奥が深い。この盤と駒、いくらで売ってくれますか?」


 宰相はドはまりしたようである。

 それを見て、おじさんもニッコリだ。

 

「差しあげますわ。ただし、将棋の沼にハマると怖いですわよ」


 冗談を言いつつ、おじさんは盤と駒を入れるケースを取りだして宰相に渡す。

 将棋仲間ができて嬉しいのであった。

 

「なにぃ! それはズルい! ワシも欲しいぞ、リー!」


 学園長がのってくる。

 

「承知しました。それでは皆さんの分もお渡ししましょう」


 将棋仲間を一気に四人も作ったおじさんであった。

 後にアメスベルタ王国発祥の遊びとして、将棋と初代永世名人となったおじさんの名が広まっていくのだが、それもまた別の話だ。

 

「リーちゃん!」


 母親である。

 おじさんは短距離転移で母親の隣に飛んだ。

 

「こちらを」


 父親と母親の前に将棋の盤と駒、ルールブックを置く。

 

「わたくし、ちょっとお料理を作りますわ!」


 と、おじさんがだしたのはホットプレートである。

 たこ焼きのプレートではなく、平らなものだ。

 

 そこへ宝珠次元庫から食材をだしていく。

 うどんに野菜に薄切りにしたオーク肉。

 

 最初に薄切りにしたオーク肉を焼いていく。

 ほどよく火がとおったところで野菜を投入する。

 最後にうどんを入れて、ソースをドバッといく。

 

 おじさん、実はソースの匂いにつられていたのだ。

 で、たこ焼きではなく焼きうどんを作ったのである。

 

 焼きうどんには様々なバリエーションがある。

 シンプルにめんつゆを使う和風の焼きうどんもいい。


 ホルモン系の焼きうどんは最高だ。

 だが、今日はソース焼きうどんが良かった。

 

 プレートの上でソースが焦げる良い香りがする。

 それは暴力的でいて、なんとも食欲をそそる匂いだ。

 

「少し召し上がりますか?」


 両親に確認をとるおじさんである。

 確認するまでもなく、両親は目を輝かせていたが……。

 

「これも美味しいわねぇ」


 母親が冷えたラガーとともに、焼きうどんに舌鼓を打つ。


「うん。こっちもいいね」


 父親も同様であった。

 

「ご相伴に預かろうかのう」


 しれっとバーカウンターのスツールに座る国王たち。

 

「陛下、よろしいのですか?」 

 

 おじさんが確認をとる。

 

「王妃様のことですわ」


「いやぁ問題なかろうて。あれは最近、甘い物を好んで食べると聞いておるからな」


 うわははは、と高笑いをする国王だ。

 

「あ、お姉さま!」


 おじさんの母親が振り返って声をかける。


「ぬわははは! ヴェロニカよ、何度も同じ手はくわん! 国王たる者をなめ……」


 国王の肩にポンと手が置かれた。


「ほう……また仕事を抜けだして、自分だけリーちゃんの美味しいお料理を食べようというのですか?」


 ぎぎぎ、と油の切れたロボットのような動きで振り返る国王であった。

 

「な、ななななんのことかな? アヴリルよ」


 王妃であった。

 少しお腹が目立つようになってきている。


「あだだだだ!」


 国王の耳を引っぱる王妃だ。

 

「なにが甘い物を好んで食べているですか! その甘い物も最近はめっきり食べさせてもらっていませんのよ!」


 ちょっぴり顔の輪郭がふくよかになっている王妃だ。

 今も後ろで控えている側付きのオーヴェに止められているのだろう。

 

「た、謀ったなぁああ! ヴェロニカ!」


「あら? なにを仰っているのかしら? 陛下は姉妹の交流をするなと?」


「いや、そうではなく! そうではなく!」


 空気が読める男性陣は気配を消し、隅に移動している。

 巻きこまれたくはないようだ。


「嘘ばかりをつくこの口は要りませんわね!」


 王妃の目に怒りの炎が宿った。

 

「やっておしまいなさい! リーちゃん!」


 なぜ? と思いながら突然のご指名に応えるおじさんだ。

 パチン、と指を鳴らすと、国王たち・・・・の足下から風が吹き、股間を強襲するのであった。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あああああああ!」


 大きなお友だちたちの情けない声が響くのであった。

 

 おじさんたちはソファのあるテーブル席へ移動し、王妃と仲良く食卓を囲む。

 それを羨ましそうに見る、大きなお友だちたち。

 

 なんだかんだでバチコーンしたおじさんなのであった。

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