第493話 おじさん王国上層部にバチコーンいくのかい?


 国王と宰相、軍務卿に学園長が迎賓館に足をむけた。

 

「すまないね、リー。止めきれなかったよ」


 父親がおじさんに声をかける。

 

「兄上たちはどうにもあの巨大ゴーレムがたまらなく欲しいらしくてね。薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが集まると聞いて、そちらに配備されるのではと言いだしたんだよ」


「そうですか……事情は承知しましたわ」


 にっこりと父親に笑みをむけるおじさんだ。

 だが父親は背すじがぞわりとするのを感じる。

 

 近くにいた妹もぶるりと身体を震わせた。

 

「そーちゃん、どうかしたの?」


 妹を抱っこしていたキルスティが心配そうに声をかける。


「ねーさま、おこってる」


「え? リーさんが?」


「まりょくがぴりってしてる」


 自分にはわからない感覚だ。

 この子もいわゆる天才の部類なのだろう。

 と、キルスティは確信するのであった。


「そ、そうなんだ……なら近づかない方がいいわね」


 そんな二人の後ろから、声がかかる。

 

「あら? スランじゃないの?」


 母親である。

 

「ああ……ただいま。ヴェロニカ」


「……おかえりなさい」


 母親は見た。

 おじさんと、その前を歩く四人の大人たちの姿を。

 

「ほおん、だからリーちゃんがご機嫌ななめなのね」


 事情を察した母親である。

 

「スラン、面白そうだから見に行くわよ! それにとっても美味しい食べ物もあるの!」


「へぇ……それは楽しみだね!」


 こうして、おじさんたちは迎賓館にむかったのだった。

 

「ねぇねぇ……」


 残されたケルシーがキルスティに声をかけた。

 自分たちも行こうと言いたいのだろう。

 

「けーちゃん、だめ」


「そーちゃんが言うのなら、そうなのね」


 あっさりと引くケルシーだ。


「私たちは本邸の方でお待ちしていましょう。そーちゃん、ご本を読んであげますわ」


「ほんと!」


「あ! ワタシも聞きたい」


 キルスティと妹、ケルシーの三人は本邸へと戻るのであった。

 賢者は危うきに近づかない。

 妹のお陰で色々と助かったキルスティとケルシーであった。

 

 迎賓館には様々な遊戯が楽しめる施設が揃っている。

 ここ第一遊戯室はバーのようなカウンターに、テーブル席が幾つかあるのが特徴だ。

 

「さて、陛下を初め皆様がお見えになったのは、件の巨大ゴーレムの件ですわね」


 ぐるり、と見渡すおじさんだ。

 おじさんに対して首肯してみせる面々である。

 

「では、こうしましょう。今からわたくしと知的遊戯を行って勝った方のご要望を伺いますわ!」


「ほう! 知的遊戯とな!」


 学園長が食いついてきた。

 

「それはどんなものじゃ、リー!」


 ふふ、と不敵な笑みをうかべるおじさんである。

 

「これですわ!」


 ばばんと宝珠次元庫からボードと駒をとりだすおじさん。

 それは九×九のマスが書かれたボードである。

 

 駒はこの国でも受けやすいようにチェスをベースとした。

 つまり、チェスに似た駒で行なう将棋である。

 

 本来なら完全に将棋の駒も再現したかった。

 だが、この国で使われている文字は表音文字である。

 そのため漢字のような使い方ができないのだ。

 

 そこで苦肉の策として、チェスを模したという理由もある。

 ちなみにチェスにしなかったのは、単なるおじさんの好みだ。

 

 前世のおじさんはお友だちがいなかった。

 将棋の板や駒を買うお金もなかったのだ。

 

 だが将棋は頭の中でも再現できる。

 一人でも詰み将棋を楽しむことができるのだ。

 

 そんな遊びにおじさんがハマらないはずがなかった。


「こちらがルールブックです。最低限、駒の動かし方を覚えてほしいですわ」


 カウンター席に座って、こちらを見ている両親にもボードと駒、ルールブックを短距離転移で渡すおじさんだ。

 

「わたくし、それなりに研鑽を積んでおります。故に初めてとなる皆様に対して有利な条件をつけてさしあげますわ」


 おじさん大駒の飛車角落ちを提案する。

 さらに四面差し――四人を同時に相手にすると提案した。

 

「ふむ……なるほどのう。確かにこれは知的な遊戯じゃな。面白い、その勝負のった!」


 学園長は既にルールを覚えたようである。

 宰相は既に駒をならべて、実際に動かしていた。

 国王と軍務卿の二人はルールブックに目を落としたままだ。

 

 カウンター席ではタコ焼き機がセットされている。

 侍女と従僕たちが準備を整えていたのだ。

 

「ふふ……スラン、私が焼いてあげるわ!」


「ヴェロニカ!?」


 驚く父親である。

 

「大丈夫よ、ちゃんと練習したんだから!」


 じゅわっと音を立てるタコ焼き機。

 香ばしい匂いが第一遊戯室に広がっていく。

 

「へぇ……確かに手つきがなれているね?」


「でしょう」


 微笑ましい夫婦の会話であった。

 

「では、本番前の練習とまいりましょうか」


 おじさんの言葉に四人が頷いた。

 それぞれに駒を動かし、なるほどと納得している。

 

「リー、このプロモーションじゃが」


「駒に魔力をとおしてくださいな」


 おじさんに言われたとおりにする学園長だ。

 すると駒が淡い光を放ち始めた。


「見分けがつくでしょう?」


「うむ。この淡い色合いがきれいじゃな」


 ほっほと上機嫌になる学園長だ。

 

「では、そろそろ本番とまいりましょうか!」


 そこへ香ばしいソースの香りが漂ってくる。

 

「はふはふ……これは美味しいね」


「でしょう? これに合わせるラガーも最高よ!」


 ごくごく、ぷはー。

 父親はご満悦であった。


「美味いッ! 最高だよ、ヴェロニカ!」


「り、リーや」


 学園長が物欲しそうな目をおじさんにむけた。

 

「かまいませんが……勝負は放棄したと考えますわよ」


「ぐぬぬ……殺生じゃ、殺生じゃああ」


 嘆く学園長を見て、おじさんは無慈悲に言う。


「一手はこの砂が尽きるまでにお願いしますわ。それでも指せない場合は負けとなりますので」


 トン、と砂時計をおくおじさんだ。

 だいたい十分程度で砂が尽きるものである。

 

「では、先手をお譲りしますわ!」


 こうしておじさん対王国上層部の勝負が始まった。

 定石などは知らないはずである。

 だが、さすがに上層部だ。

 

 飛車の前の歩を突く、角道を開けるなどの初歩にはたどり着いていた。

 おじさんもちょこっと感心したが、正直なところ迷惑をかけられて怒っているのだ。

 手を抜くつもりはまるでなかった。

 

「陛下、それは悪手ですわよ」


「なにぃ!?」


「王手ですわ!」


「はう! ええと……」


「詰みですわね!」


 がくん、と肩を落とす国王であった。

 

「いや、こういう場合って最後までワシが残るんじゃないの? 陛下、がんばってくれとなるんじゃないの? 最初に負けるなんて……おかしくないか?」


「そんな決まりはありませんわ! わたくしの庭を土足で荒らしたのです。しっかりケジメを取らせていただきますの!」


 おじさん、いつの間にか羽根扇をとりだしていた。

 手持ちの駒で、敢えて国王の駒を弾く。

 

 ころり、と王の駒が盤の外に転がる。

 マナーがなっていないのは承知の上であった。

 

「お母様! 陛下に勝ちましたわ!」


「わかってるわ、リーちゃん! 姉さまを呼べばいいのね!」


 母親とおじさんはつーかーの仲なのだ。


「げえええ! それは、それは……」


 国王の顔が真っ青になった。

 仕事を放りだしてきたのだ。

 明るくない未来がよぎったのだろう。


「……なんですの?」


 おじさんが圧をかける。

 

「まぁよろしいでしょう。陛下、すぐにお仲間ができますわよ」


 おじさんは今、軍務卿の盤の前にいた。

 すいっと手を動かして王手を決める。

 

「だああ! その手は厳しすぎるだろう!」


「閣下、突出しすぎですわね! それでは軍を率いる者としては猪突が過ぎますわ! 猛省してくださいませ!」


 ころん、と軍務卿の駒が盤外に落ちる。

 

「くっそおお! もう一回だ、もう一回!」


「だーはっはっは! 往生際が悪いぞ、ドイル!」


 国王が軍務卿を煽った。

 

「やかましい! 陛下の方が先に負けただろうがっ!」


「なにおう!」


「おーほっほっほ! お二人とも負け犬の遠吠えはみっともないですわよ!」


 おじさんが羽根扇で口元を隠しながら煽る。

 もはや気分は完全に悪役令嬢であった。

 

「宰相閣下、学園長、お二人にも見せてあげますわ! 将棋の深淵というものを!」


 おーほっほっほ! と笑うおじさん。

 

「リーちゃん、楽しそうでよかった」


「うふふ……さっきの陛下の顔ったらないわね!」


 父親と母親はたこ焼きをつまみ、ビールを飲んでいる。

 

「義姉上を呼ぶなんて言うから……ぷくく」


 おかしくてたまらないという表情の両親だ。


「ちょっとは懲りるでしょう?」


 どうやら、おじさんの家族も大概いい性格をしているのだった。

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