第492話 おじさんまさかの乱入者にため息をつく
聖女たちの部屋をノックして侍女が声をかける。
が、どうにも返事がない。
再度、声をかけるも返事がなかった。
なので、失礼しますと声をかけながら侍女はドアを開ける。
「ひう!」
侍女の目に飛びこんできたのはあぐらをかいて座る聖女だ。
目を血走らせて、やや青白い顔をしている。
それはケルシーを含め、他の御令嬢たちも同じだった。
あのおじさんの魔法で描かれた女性を思いだす侍女である。
「え? ああ? もう朝なの?」
聖女が声をかけた。
「ええ。既にお集まりになっておりますので」
「わかったわ! 勝負はひとまずお預けね!」
聖女の言葉にコクリと頷く三人であった。
「あ、あの……大丈夫ですか? もし具合が悪いのならお嬢様にお伝えしますが……」
「大丈夫よ! ね?」
と言いながら、聖女が大あくびをする。
つられてケルシーもあくびをした。
キルスティとセロシエ嬢も同様だ。
「リー様をお待たせするわけにはいきません」
セロシエ嬢の言葉にキルスティが同意した。
ケルシーは目をしょぼしょぼとさせている。
重い足取りながらも、侍女に案内に従う四人であった。
今朝の朝食もサロンである。
四人の姿を見たおじさんは眉をしかめた。
まるでゾンビのように顔色が悪い。
徹夜などしたことがなかったのだろう。
「いったい、どうしたのです?」
言いながら、治癒と清浄化の魔法を使うおじさんだ。
「それが……」
口ごもるセロシエ嬢である。
「ちょっと朝まで盛り上がっただけだから!」
聖女が空いている席に座りながら言った。
もはや実家なみに遠慮のない行動である。
「え? 寝ていないのです?」
パトリーシア嬢が聞く。
「セロシエ……あなたが居ながら」
アルベルタ嬢も声をあげた。
「申し訳ありませんわ」
隣にいたキルスティも気まずそうな顔になる。
「済んでしまったことは仕方ありません。まずは朝食をいただきましょう」
中華がゆをメインとした朝食であった。
「はびゃびゃびゃ! リー、こ、これは……」
聖女がトッピングの盛られた皿を大事そうに両手で掲げる。
「はい。具だくさんのラー油ですわ!」
「神! あんたが神か!」
聖女の言葉に皆の目が赤いトッピングに注目する。
「知っているのですか! エーリカ?」
パトリーシア嬢の問いに聖女が自信満々に応えた。
「ああ……これは恐ろしいものなのよ。かつて時の皇帝ラーに献上されたと言われる幻の調味料! 初めて食した皇帝はあまりの美味しさに七日七晩の間、涙が止まらなかったとも言われているわ。その功績に料理人には、ら=おーの称号を与えられたとかなんとかかんとか!」
「それはスゴいのです!」
「ええ! ティンコンカンコンなのよ!」
「それは意味がわからないのです!」
そんな聖女にジトっとした粘度の高い視線を送る数名の者たちがいた。
「へぇ……そうなんだぁ。
と興味深そうにする令嬢もいる。
「これすきー」
我関せずと食べ始める蛮族二号だ。
「まぁ……どうぞ、召し上がれ」
言いたいことはあるが、とりあえず朝食を優先するおじさんであった。
和やかに朝食は進んでいく。
「ところでエーリカ」
アルベルタ嬢が落ちついたところで質問する。
「なにを朝まで盛り上がっていたのですか?」
「リーが渡してくれたゲームが面白かったのよ!」
あっちに置いてきちゃったか、と呟く聖女だ。
「どんなものなのです!」
興味津々といったパトリーシア嬢である。
聖女に変わってキルスティが説明をした。
セロシエ嬢は猫舌なのか、まだゆっくりと食事をしている。
「なるほど! 理解できたのです! 勝負するのです!」
おじさんは思う。
それが貴族と言われれば、それまでかもしれない。
だが、やたらと勝負が好きなのだ。
他の者たちも、プロセルピナ嬢、カタリナ嬢、ルミヤルヴィ嬢たち脳筋三騎士のことは笑えない。
そんなことを考えていると、既に勝負は始まっていた。
聖女が寝室まで戻って取ってきたのだろう。
「よろしいのですか?」
アルベルタ嬢がおじさんに声をかける。
「かまいません。他の皆も見ているだけでは退屈でしょう。こちらを……」
おじさんが宝珠次元庫から在庫のカードをだす。
そのことにサロン中から歓声があがったのだった。
妹がおじさんの袖を引く。
「ねーさま。そにあとあそぶ?」
その小さな頭をなでて、おじさんは笑顔をうかべるのだ。
カードゲーム大会はその日の夕刻まで続いたのだった。
タウンハウスの玄関前である。
夕焼けの中、各家の馬車がならぶのは壮観だった。
「えー、キーちゃん帰っちゃうの?」
妹とすっかり仲良くなったキルスティ。
「ごめんなさいね……私もそーちゃんと一緒にいたいんだけど……」
妹にヒシっと袖を掴まれ、上目遣いをされる。
その姿にきゅんきゅんするキルスティだ。
「会長! もう一泊お願いしてもよろしいかしら?」
二泊もしてはダメだというキルスティの常識。
だが、心が叫んでいる。
この愛らしい妹を悲しませたくない、と。
「わたくしはかまいませんが……大丈夫ですの?」
おじさん、若干だがひいている。
「そーちゃんがかわいいの! もう放したくないわ!」
妹のことを抱きあげ、ぎゅっとするキルスティだ。
「おとまりする?」
「するわ!」
即答するキルスティだった。
彼女に弟はいても妹はいない。
「ずーるーい! ずーるーい!」
蛮族一号が声をあげた。
「アタシだってリーのお家がいいもの!」
「ずーるーい! ずーるーい!」
なぜか蛮族二号も声をあげている。
「ケルシーはもうリー様のお家でお泊まりしているのです!」
パトリーシア嬢がツッコんだ。
「はうあ!? そうだったあああ!」
おじさんは苦笑を漏らすしかできない。
「ずーるーい! ずーるーい!」
もう一人参戦する者がいた。
その姿を見た
だって、蛮族三号こと学園長だったのだから。
「はう! お、
突然のことにシーンとなる一同である。
「おほん。帰りが遅いのでな、様子を見にきただけじゃよ」
キルスティに抱かれていた妹が、学園長の白鬚に手を伸ばす。
「おひげ」
「おお、愛いのう。そうじゃおひげじゃ」
妹に相好を崩す学園長だ。
「……というわけでリー。ワシも一泊おとまりしようかの!」
「前後が繋がっていませんわ、学園長」
ダメ出しをするおじさんだ。
どうせここにきた理由はわかっている。
あの決戦兵器のことだろう。
「ふむ……まぁそうか」
禿頭をつるりとなでる学園長だ。
「じじいいいいいい!」
軍務卿がとんでもない勢いで入ってくる。
「うるさいのう! ワシはリーに話があるのじゃ!」
「抜け駆けは許しませんよ! 学園長!」
今度は宰相が姿を見せた。
しかもタウンハウスの方から。
恐らくは王城から温泉地、温泉地からタウンハウスへと転移陣を使って移動してきたのだろう。
「いや、だから! 兄上、そういう集まりじゃないんですって!」
今度は父親である。
その後には国王の姿も見えた。
「いいや、それはわからんではないか!」
王国上層部が全員集合してしまった。
「……というわけでの、リー。どうにかならんか?」
おじさんは大きなため息を吐いた。
学園長を見る。
「よろしいですわ。では、皆様、あちらの迎賓館へ」
庭に作った遊戯施設と宿泊施設を兼ねた建物を指す。
「皆さん、楽しいひとときでしたわ。今回はこれでお開きとしましょう。では後日、学園で。ごきげんよう」
「え? 私……どうしたらいいの?」
キルスティが戸惑いを見せた。
「先輩、よろしければお残りください。妹の相手をしていただけると幸いですわ。わたくし、どうやら手が放せないようですので」
ちらりと大きなお友だちに視線を送るおじさんだ。
「う、うん……。そうね。承知しました。……大丈夫?」
「いざとなれば、バチコーンといきますわ!」
心配するキルスティに、ニッコリと微笑む。
「バチコーンって……」
おじさんの笑みよりも言葉に絶句するキルスティだった。
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