第491話 おじさんちの寝室でケルシーが哮る


 キルスティ=アンメンドラ・サムディオ=オルトナス。

 サムディオ公爵家の御令嬢である。

 翡翠色の目と髪をしたスレンダーな眼鏡美人さんだ。

 学生会の会長を務めるという逸材でもある。

 

 一方のセロシエ=フルリ・オーピオス嬢。

 内務閥伯爵家の御令嬢である。

 実は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ内で、副長を決めるときにパトリーシア嬢と競った過去があるのだ。

 

 ただアルベルタ嬢と同じ頭脳派としてかぶる部分が多かった。

 そのためタイプの違うパトリーシア嬢が選ばれている。

 

 セロシエ嬢はそのことを恨みには思っていない。

 ある意味でとてもさっぱりとした性格なのだ。

 

「むふふふ……さぁ勝負するわよ!」


 寝室に入ったところで、聖女が振り返って言う。

 その手には、おじさんが渡したカードゲームがあった。

 

 おじさん、キルスティのことを気遣っていたのだ。

 さすがに怖い話にあれだけ弱いとは思わなかった。

 

 この面子の中では一人だけ年上のキルスティ。

 その彼女が内心では凹んでいたのではないかと心配したのだ。

 

 で、だ。

 賑やかな二人の面倒を任せた。

 さらにカードゲームで盛り上がってくれればと思ったのである。

 

「かまいませんが……泣いても知りませんわよ」


 セロシエ嬢である。

 冷静に返された聖女は一瞬だけ面食らった。


「なにをー!」


 ケルシーが挑発にのる。

 

「まぁまぁ……もう寝ている人もいるのですから静かにしましょう。ですが、その勝負には私も興味があるわ!」


 四人の女子がきゃいきゃいとしながら、寝台の上で円状に座った。

 ルールが書かれた紙を聖女とセロシエ嬢、キルスティの三人でまわし読みをしていく。


「シンプルなバッティングゲームね」


 自分以外のプレイヤーと選択が被ったら負けというシンプルなルールのものだ。

 

「ドラゴンから宝石を盗むのがこの遊びの骨子なのね」


 キルスティはルールを読んで、既に思考モードに入っている。


「ああ。なるほど、さすがリー様。ふふ……相手の出方を考えながら最善手を指すのですね」


 セロシエ嬢も同様であった。

 

「ケルシーは読まなくていいの?」


 セロシエ嬢がケルシーにルールが書かれた紙を渡そうとするも、ケルシーは胸を張って言う。

 

「ワタシはやったことあるもの! 経験者の強み、見せてあげるわ!」


 そんなケルシーを見て、キルスティとセロシエ嬢は穏やかな笑みをうかべた。

 ケルシーを愛らしいと思ったわけではない。

 むしろ、その逆。

 

 経験者ということを、わざわざ披露してくれたのだ。

 これでケルシーの心理を読むときの参考になる。

 

 ひとつ情報をゲットしたと思った笑いであった。

 

 場には山札がひとつと、四枚のドラゴンのカードが用意されていた。

 赤・青・白・黒のドラゴンである。

 

 それぞれのドラゴンのカードの下に山札から一枚ずつ引いたカードをセットしていくのだ。

 この山札のカードには宝石の数が書かれている。

 

 カードにある宝石の数は一個から五個。

 プレイヤーはどのドラゴンから宝石を盗むのかを手札で指定するだけである。


 他のプレイヤーと指定するドラゴンが被った場合は失敗だ。

 単独で指名できれば、宝石がゲットできる。

 

 次のゲーム開始時には再び山札からカードを引いて、それぞれのドラゴンの下にセットしていく。

 つまり、宝石を盗まれなかったドラゴンには累積するのだ。

 

 山札がなくなった時点で、最も宝石を集めた数が多いプレイヤーが勝利となる。

 

「ルールは把握したわね!」


 聖女が音頭をとった。

 聖女以外の三人が頷く。

 

「じゃあ、やるわよ!」


 赤のドラゴンは一個、青のドラゴンは二個の宝石。

 白のドラゴンも二個、黒のドラゴンは四個の宝石となった。

 

 キルスティは思った。

 恐らくは聖女、ケルシーは四個狙いだと。

 だがこのゲームのポイントは初戦で勝つことではない。


 ゲームの性質上、累積していくのだ。

 つまり一回や二回の小さな勝ちよりも、累積した宝石を狙いたい、と。

 

 ただし、そう考えるのは自分だけではない。

 少なくともセロシエは同じ回答にたどりつくはずだ、と。

 

 では、どうするのか。

 あえてバッティングを狙って、誰かを潰しにかかるか。

 

 最後の最後で勝てばいいのだから。

 

 ――とキルスティあたりは考えるだろうな、とセロシエは思っていた。

 

 累積ポイントを狙いに行く。

 それは間違ってはいない。

 だが、正しいとも思えないのだ。

 

 結局は皆が狙うことになるのだから。

 

 では、どうすれば有利になるのか。

 それは初回からコツコツとポイントをためることだ。

 

 ポイントに余裕があれば、終盤になって潰しに行くことができる。

 そして、あわよくば累積した宝石もゲットできる算段だ。

 

 セロシエは聖女とケルシーを見た。

 恐らくだがケルシーは何も考えていない。

 

 問題は聖女だ。

 なぜ彼女がルールを知らないのに、おじさんに呼ばれたのか。

 おじさんがムダなことをするはずがない。

 

 なら、類似の遊戯を知っているのか。

 と、すれば聖女の出方も想像がつく。

 

 ……いや一局目は捨てるか。

 見に徹して動向を探るべきだろう。

 

 運否天賦に任せてもいいかもしれない。

 

 聖女は思っていた。

 恐らくこのゲーム、ソニアのために作られたのだろう、と。

 

 ルールはシンプル。

 それ故に読み合いこそが肝だと。

 

 ハゲタカの女王とも呼ばれた、このアタシ。

 素人たちに負けるはずがない。

 

 この手のゲームで初手から大物を狙うのは悪手。

 一個の宝石を取りに行くのも定石のひとつだ。

 この面子だと、キルスティあたりが手堅くいきそうである。

 

 ケルシーをちらりと見る。

 天然ボケのあの子なら、躊躇なく四個狙いっぽい。

 

 セロシエは恐らく二個狙い。

 ここまではばらけていると思うのだ。

 

 ただし二個の宝石は二つある。

 青と白だ。

 

 セロシエが選ぶのは青だと思う。

 だって、おじさんの色なのだから。

 

 で、あれば白にベットするのがいいか。

 いや、待てよ。

 

 ケルシーは経験者だ。

 となれば、四個の宝石は危険だと承知している?

 

 ならば、ここは……。

 

 ケルシーは思っていた。

 ふふ……。

 最初の一回は重要じゃない。

 

 だったらどれでもいいのだ。

 どうせ考えてもわからないのだから。

 

 どれにしようかな、とケルシーはドラゴンを見た。

 赤いのはちょっと意匠が怖い。

 なんでこう怖い意匠にするのだろう。

 

 ここはいちばん格好いい黒にしよう。

 

「いっせーので!」


 聖女が声をかけた。

 各自が選んだ手札が開示される。

 

 聖女は黒いドラゴン、ケルシーも黒いドラゴンであった。

 キルスティとセロシエも青いドラゴンを指定していた。

 つまり全員がバッティングである。

 

 獲得したポイントはなし。

 次に聖女が山札からカードを引いて、各ドラゴンの下に置いていく。

 

「むふふ……やるわね」


 聖女が探りを入れる。

 

「もう! エーリカは白にいくと思ったのに!」

 

 ケルシーが素直に言う。

 

「あんたたちも仲がいいわね」


 聖女がキルスティとセロシエに振る。

 

「偶然……というか、青はリー様の瞳の色ですから」


「ええ。初回くらいはと思ったのですが……被りましたわ」


 そんな二人を見て、聖女は意味ありげな笑みを浮かべた。


「アタシ、次も黒のドラゴンを指定するわ!」


 クワッと目を見開く三人である。

 その手があったか、と。

 

 聖女の意図を汲みとったのはキルスティとセロシエ。

 ケルシーは言葉どおりに受けとった。

 

 そして……ゲームは続いていく。

 最終的に勝利したのは、なんとケルシーであった。

 

「だーはっはっは! 見さらせえええ! これがエルフの知略じゃああああ!」


 ケルシー以外の三人は己の手をぢっと見つめている。

 

「ってことで、ワタシは抜けるわね。おやすみなさ……」


 聖女がケルシーの肩をガシッと掴む。

 

「勝ち逃げは許さないわよ!」


「な、なにをするだー!」


 キルスティもケルシーの膝を掴んでいた。


「サムディオ公爵家家訓! 勝負事は勝つまでやれ! ですわ」


 セロシエの細い指がケルシーの腕をぎゅうと握る。

 

「こう見えても私、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの参謀を自認していますの。ここで退くわけにはいきません」


 ケルシーは思った。

 これって朝まで? と。

 

 その予感は正しかった。

 勝ったり負けたりを繰りかえし、彼女たちは最終的に朝ちゅんしたのである。

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