第490話 おじさんの後始末と謝罪、そして伝説へ……


 おじさんには悪い癖がある。

 やるなら徹底的にという精神性だ。

 

 これは前世で培われたものである。

 おじさんは問題児ではなかった。

 が、周囲がおじさんを見る目は問題児同然だったのだ。

 

 つまり他の人と同じことをやっただけでは評価されない。

 おじさんが評価されるには、人一倍がんばらねばならなかった。

 

 こうした状況が常につきまとっていたからこそ、おじさんはやるなら徹底的にという精神性を身につけてしまったのだ。

 加えて、おじさんはサービス精神が旺盛である。

 

 この二つが組み合わさることで良い方向に進むことも多い。

 例えば、おじさん開発の魔道具などだ。

 

 特に邪神の信奉者たちゴールゴームでは、おじさん作成の武器や防具がなければ大変だったはずである。

 負けないにしても圧勝できたかは怪しい。

 

 だが逆の結果となることもある。

 それが今回の第二回チキチキ怪談大会であった。

 

 素早く状況を確認したおじさんは清浄化の魔法をかける。

 名誉のために名を伏せるが、粗相はなかったことになった。

 

 そう、粗相をした御令嬢はいなかったのだ。

 断じて。

 

 次におじさんは女神の癒やしを発動する。

 サロン全体を覆うことで余さず対象とした。

 

 女神の癒やしは状態異常を解除する効果がある。

 つまり精神を落ちつかせることを期待したのだ。

 

 おじさんの期待に応えるように、女神の癒やしが効果を発揮した。

 

「はう!」


「あら?」


「……私」


 まだ気を失っている者もいる。

 だが、おじさんは先手を打った。

 

「皆さん、申し訳ありません。やりすぎてしまいましたわ。謝罪いたします」


 綺麗な姿勢で頭を下げるおじさんだ。

 そのことに真っ先に反応したのがジリヤ嬢だった。

 

「そんな! お顔をお上げくださいませ、リー様!」


 ジリヤ嬢はおじさんに駆け寄って手をとる。


「オレ……いや、私は素直にすごいと思ったのです。確かに怖い思いはしました。ですが、リー様のお話に感動しました!」


 ジリヤ嬢、実はけっこう早い段階で目を覚ましていた。

 具体的には騎士と従者が新しい領地に赴任するあたりだ。

 

「神話や民間の伝承の中で怖い話は語り継がれています。ですが、それをここまで引きあげるなんて……。私の想像をまった越えていましたわ!」


 ジリヤ嬢がおじさんの手を力強く握った。

 

「すっかりお話の中に引きこまれたのは、魔法による絵図があったお陰だと思いますの。ドキドキして、怖くて。こんなに素晴らしい体験ができたのはリー様の見事な手腕によるものです!」


 ジリヤ嬢がものすごく早口で喋る。

 文系少女だけに、色々と思うことがあったのだろう。

 

「リー様! できれば私にもあの魔法を教えてくださいませんか? オレは……オレは……本当に感動したんだ! 物語の新しい扉を開かれちまったんだよ! もう後戻りはできねえ! リー様! お願いしますっ!」


 おじさんの手を握ったまま、頭を深々と下げるジリヤ嬢だった。

 興奮しているのがわかる。

 それだけ本気だということだ。

 

 その熱意は確かにおじさんにも伝わった。


「承知しました。では、ジリヤ嬢には魔法をお教えしますわね」


「ズルい!」


 声をあげたのはアルベルタ嬢であった。

 

「私もリー様に魔法を教えていただきたいですわ!」


 アルベルタ嬢に続いて、声をあげる令嬢たち。

 

「では希望者にはお教えしますわね」


 ニコリと微笑むおじさんだ。

 結局は学生会に所属する全員に教えることになってしまうのだが、おじさんは快く了承したのである。

 

 この世界において光の魔法というのは、いまいち使い勝手がよくわからないものに分類されていた。

 最もオーソドックスなのは光球をだす魔法である。


 ダンジョンなどの暗い場所で使うものだ。

 他には太陽け……のように、目くらましに使うことが多い。

 

 そのためおじさんのような魔法は発想になかったのだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは、好奇心が旺盛な者が多い。

 

 新しい魔法を知ることができる。

 それにおじさんとの時間が増えるとなれば、断るという選択肢はなかったのだ。

 

 結果、このことがきっかけになって光の魔法の使い道が広がることになるが、それは別の話である。

 

「んにゅにゅ……」


 妹がおじさんに抱きついてくる。

 完全に眠りに入っていた。


「では、本日はそろそろお開きとしましょう。全員分の寝室はありますが、一人で眠るよりは皆と一緒の方がいいですか?」


 お泊まり会だ。

 そもそも貴族の御令嬢たちはお泊まり会など開かない。

 滅多にないことなので、全員がおじさんの言葉に頷く。

 

 とはいえだ。

 サロンで雑魚寝をさせるわけにはいかないだろう。

 他の部屋に寝具を運ばせるか、と考えるおじさんだ。

 

「お嬢様、この場にはソニア様も含めれば十七名いらっしゃいます。一部屋あたり四人ほどでお別れになるのがいいかと」


 気絶から復帰した侍女の提案であった。

 おじさんちの寝台は大きい。

 

 ゲスト用の寝室にはキングサイズほどの物が用意されている。

 さすがに公爵家といったところだろう。

 

「それでよろしいですか?」


 おじさんが全員に確認をとった。

 皆が首肯する。

 

「では部屋割りはどうしましょうか。わたくしは妹と一緒に眠りますが、他にも……」


 おじさんの言葉が終わらないうちに全員が挙手をした。

 誰だっておじさんと一緒にいたいのだ。

 

「では、先ほどのじゃんけんで決めましょうか!」


 サロンの中に、さいしょはグー! という声が響く。

 悲喜こもごもの勝負が始まったのである。

 

 勝負に勝ったのはジリヤ嬢とウルシニアナ嬢、料理好きのジャニーヌ嬢の三人であった。

 残る十二人が四人ずつ、三組にわかれる。


「アリィ、パティ、エーリカとケルシー。それぞれの部屋長とします」


 承知しました、とアルベルタ嬢とパトリーシア嬢が返答する。

 

「ちょっと! なんでアタシたちだけ二人セットなのよ!」


「そうだーそうだー!」


 蛮族一号と二号だからである。

 この二人の部屋にはお目付役として、キルスティとセロシエ嬢の頭脳派コンビがつくことになっていた。

 差し引きゼロという判断だ。

 

 声をあげる二人を呼び寄せるおじさんである。

 

「エーリカ、ケルシーこちらを。使い方はわかりますわよね?」


 おじさんがコソッと渡したのはカードを使ったゲームだ。

 公爵家内でも遊ばれているので、ケルシーは経験者である。

 

「なるほど! そういうことね!」


 聖女はニヤリと微笑む。

 ケルシーはよくわからないけど、とりあえず頷いた。

 

「ということで、お任せしました!」


「任せんしゃい!」


 どん、と聖女が胸を叩く。

 ケルシーも真似をした。

 

「では、明朝に。お休みなさいませ……」


 おじさんの言葉をきっかけに各自部屋に戻るのであった。

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