第489話 おじさん全力で怪談を演出する
怪談。
古来から民話や神話の中に見られる物語の形式である。
おじさん前世から、この手の話が大好きなのだ。
特に落語の怪談噺はよく聞いたものである。
おじさんの前世で言えば、雨月物語が有名だろう。
怪談をまとめて一冊に記したものである。
他にも定番なのが、番町皿屋敷と四谷怪談だ。
さて、とおじさんは頭を巡らした。
どうするべきか、と。
まずはパチンと指を鳴らして魔法を発動する。
サロンの中が常夜灯ほどの明るさになった。
「さて、これより話しますのは古い古いお話です」
おじさんが臨場感たっぷりに語り始める。
サロンにいる全員がおじさんに注目をした。
「あるところに魔物の討伐にて功を上げた騎士がおりました。その騎士の活躍はめざましく、魔物の首魁を単独にて倒してしまうほどでしたの。騎士が仕える王はとても喜び、第一等の功績として貴族に叙したのです」
うんうん、と頷く者たちが多い。
アメスベルタ王国でも、こうした話はあるからだ。
「ですが、一人の騎士が手柄を独り占めしてしまったことに、古参の貴族たちは良い思いをしませんでしたの。ですが今さら王の言葉を覆すわけにはいきません。そこで古参の貴族たちは考えました。ならば曰く付きの土地を与えてしまえ、と」
王国貴族としてあるまじき行為! と怒りを口にして立ち上がるプロセルピナ嬢だ。
その手を引っぱって落ちつかせるニネット嬢。
どちらも王都出身の幼なじみである。
プロセルピナ嬢が座ったのを見て、おじさんが話を続けた。
「その曰く付きの土地ですが、海沿いにある領地でしたの。騎士上がりの男爵家としては、若干広い領地だと言えるでしょう。交易などをする港はありませんが、食料事情は安定していました」
そこで、おじさんは空中に漁村のイメージを魔法で描く。
どこか牧歌的な風景の村だ。
光の大精霊であるアウローラとも契約をしているおじさんにとっては、このくらいの魔法は造作もないことだった。
「では、なにが曰く付きの土地なのでしょうか。それは領主の館に秘密があったのです。実はその領主の館ですが、どうにも呪われているらしいという噂が流れていました。事実、ここ三代ほどは赴任した領主が謎の死を遂げていたのです」
え? なんで暗いの? と目を覚ましたキルスティが周囲を見渡している。
近くに居たニュクス嬢が短く説明をして納得したようだ。
「そんなことはつゆとも知らない騎士。王から寄せられた信頼に応えたいと、二人の従者とともに与えられた領地へとむかいました。新しい領主がきたことで歓迎する村人たち。そして、その場で告げたのです」
おじさんが魔法で場面を変える。
焚き火を囲んで宴をしている騎士と村人たちの図だ。
「この村には呪いがある、と。その呪いがなんなのかわからない。ただ領主の館が原因であるらしい、と正直に言いました。村人なりに騎士に対して気をつかったのです」
またしても絵が変わる。
村の古老が騎士に詰め寄る図だ。
「村人たちは言いました。悪いことは言わないから、領主の館を新しく建てよう、と。そして神官を呼んで、古い領主館は破棄してしまおう、と。村人なりの親切だったのです」
おじさんが魔法で描く絵が、今度は騎士に切り替わった。
「村人たちからの真摯な提案を騎士は笑い飛ばしました。そのような呪いがあるのなら、自分が断ち切ってやる、と。魔物の首魁を倒したことが、若く血気盛んな騎士に自信を与えていたのです」
その意気だ! とプロセルピナ嬢とルミヤルヴィ嬢の脳筋系女子が声をあげた。
「宴も終わり、騎士と二人の従者は領主の館に足を踏み入れました。海に直面する崖の先端に作られたお屋敷。確かに古ぼけていますが、外観からはまだまだ人が住める雰囲気でしたの」
と、おじさんは魔法の絵を切り替える。
突きでた崖の上に立つ洋館だ。
「騎士が邸の中を見回ってみましたが、特に不審な点はありませんでした。従者の二人はその間に寝床を整えていて、明日は大掃除だ、と笑っていましたの。そんな夜のことです」
満月に照らされた海と領主の館に図が変わった。
「その日は満月だったそうです。窓から月の明かりが入ってきて、寝室からの眺望はとても美しかった。だから騎士は寝台に入らず、外を眺めていたのです」
誰かがゴクリと唾を飲んだ。
「すると、どこからか歌が聞こえてくるではありませんか。とても美しい女性の声です。静かに月明かりに照らされる海、幻想的な歌。騎士は村人の誰かが歌っているのだろうと思いました」
おじさんがそこで間をとった。
「翌朝、騎士は思います。呪いなどどこにもないではないか、と。その日から騎士たちは精力的に動きました。そして夜になると、また歌声が聞こえてきます。昨日は歌声がひとりだったのに、その日は二人の声が聞こえてきたのです」
おじさんがシンシャに合図をだす。
うっすらとBGMのように歌声が流れた。
実は先にシンシャに録音しておいたのである。
えーへらーえーへへらー。
おじさんが前世でプレイしたことがある某ホラーゲームの歌であった。
雰囲気が抜群である。
「その翌日には歌声は三人になり、四人になり、と日が経つごとに増えていきましたの。従者のひとりは体調が悪いと五日目から寝こんでいました。残っていた従者も六日目には体調を崩したのです」
キルスティはもう顔を真っ青にしていた。
聖女とケルシーは抱きあっている。
妹はおじさんに抱きついていた。
その身体が震えているのがわかる。
「そして七日目の夜。さすがに騎士も思いました。これは呪いの歌ではないのか、と。そして歌が聞こえてきた深夜、騎士は覚悟を決めて歌の出所を探しました。邸の中を探し、外を探し、そして見つけました」
またおじさんの出している図が変わった。
皆が怖い思いをしているのは確かだ。
だが、おじさんの語り口と想像を補足するイメージ図。
それに不気味なBGMのせいで、完全にのめりこんでいる。
「それは邸の屋上にいました。中心には村人の服を着た美しい女性。その後ろに並んだ六人の姿。中には青白い顔をした従者の二人もいます。さらには貴族の服を着た三人の男性も。お前たち、大丈夫かと騎士は声をかけましたの」
パトリーシア嬢がアルベルタ嬢の腕を掴む。
ぎゅっとだ。
「だが従者から返事は返ってきません。そこで騎士は剣を抜きます。美しい女性こそが呪いを操る魔物だと当たりをつけたのです。おのれ、魔物め、成敗してくれる! と騎士は女性に斬りかかりました」
プロセルピナ嬢が拳を握ったのが見えた。
「ですが騎士の剣はするりと女性の身体をすり抜けてしまいます。何度斬りつけても同じことでしたわ。女性が笑います。うふふ、と。七人とりこめば開放される。あと……ひとり」
おじさんが声色を変えて不気味な女性の声で言った。
「その瞬間でした。騎士は見てしまったのです。あの気のいい村人たちが、松明をもって邸を取り囲んでいるのを。騎士は叫びました、おおい、助けてくれえと。ですが……村人たちは松明の火を邸につけたのです」
そんな……と脳筋組から絶望する声があがった。
「領主様が悪いんですじゃあと村の古老が叫びます。実はあの美しい女性は村人によって殺され、海神への贄とされていましたの。小さな漁村で食料が豊かなのは、海神へ贄をさしだしていたのです」
はわわわわ! と妹がおじさんにしがみつく。
「騎士は逃げることも許されなくなりました。それでも騎士は剣を構え、女性にむかっていったのです。ざくり、と初めて騎士の手には手応えがありました」
魔法で女性を切る騎士の図を描く。
「女性の身体から青黒い血が噴きだし、騎士の顔や身体を汚します。その瞬間、女性は笑ったのです。とびきり邪悪な顔をして。そして叫びました。贄の交代は成就した、と!」
スプラッターな絵に悲鳴をあげる
「領主の館は燃えてしまいました。騎士の姿もあの夜から誰も見かけていません。ですが、あの不気味な歌は続いていたのです。えーへらーへーへへらー。その後のことです。騎士は死んだということで処理され、また新しい領主が派遣されてきましたの」
おじさんは静かに話を続けていく。
「燃えた領主館の代わりに、村人たちは新しい領主の館を建てました。それでもあの歌はやみません。そして、新しく派遣された領主も見てしまったのです。あの非業の死を遂げたとされる若き騎士の姿を。青白い顔をした若き騎士は言いました」
魔法を発動させた。
今度は風の魔法である。
「次はお前だあああああ!」
青白い顔に真っ赤な目。
乱ぐい歯をむきだしにした騎士の顔がどアップになった。
さらにおじさんは声が耳元で聞こえるようにしたのである。
ぴぃやあああ!
誰があげた声なのか。
いや、もしかすると全員だったかもしれない。
「ア……ア……」
おもら……粗相をしてしまった者も数名いる。
涙を流している者もいる。
気絶してしまった者もいた。
ケルシーと聖女、キルスティに妹である。
「お、おお、おお、お嬢様……」
声を震わせる侍女。
「や、ややや……きゅぅん」
侍女もまた気を失ったのだった。
おじさんは灯りを元に戻す。
そして惨状を見た。
いや、見てしまった。
おじさんにはこちらの方がちょっとしたホラーであった。
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