第488話 おじさんさらに聖樹国の怪談を……


 引きつづきサロンである。

 おじさんにくっついたままで妹が言う。

 

「ねーさま。おてあらい、いきたい……」


 妹の本音は白目をむいたキルスティから離れたかったのだ。

 

「アリィ、パティ。先輩をお願いしてもいいですか?」


 テーブルを挟んで対面に座る二人に声をかけるおじさんだ。

 二人は頷き、おじさんにしがみついたまま気を失っているキルスティを引き剥がした。

 

「さて、お手洗いに行きたい方はいますか? 少し休憩といたしましょう」


 おじさんの言葉に半分ほどの御令嬢たちが続く。

 トイレから戻ってくると、キルスティは隔離されていた。

 少し離れた場所で寝かされている。

 

「リー、まだやるの?」


 ケルシーはどうもこの手の話が苦手なのか。

 それでもどこか話をしたそうにしているのがわかった。


「怖いお話をしたい方はまだいらっしゃるでしょう?」


 おじさんに促されたのか。

 ケルシーが声をあげた。


「……じゃあワタシがエルフに伝わる話をするわ」


 そこでお茶を飲んで落ちつくケルシーだ。


「皆も知っているように、エルフは聖樹国に住んでいるのね。偶に外にでるエルフもいるけど」


 そこで薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは、うんうんと頷いた。

 目の前に代表的な例がいるのだから。

 

「聖樹国にはね、ロボネス湖っていう湖があるの。ふだんはね、とってもきれいなところなのよ。エルフの男女が逢い引きをしたりね、家族で楽しむ場所。特に冬になるとね、モーモンっていう白い花が咲いてきれいなの」


 怪談というよりもお国自慢が始まりそうな勢いである。

 そこでおじさんが小声で注意した。


「ケルシー、話がずれていますわよ」


「おおっと。間違っちゃったわ。まぁきれいな湖なのよ! そのロボネス湖なんだけど、昔から怪物がいるっていう噂があるのよ」


 しばらく待ってみたものの、ケルシーから次の声がでてこない。


「…………で?」


 しびれを切らしたのはジリヤ嬢だ。

 文系少女としては異国の怪談は気になるところだろう。

 だが、待てど暮らせどケルシーからの便りがない。

 

「え?」


「え?」


 二人が顔を見合わせる。

 ケルシーが、ほうと息を吐いた。


「もう終わりなんだけど」


「はぁああん? 舐めてンのか、てめぇゴるぁ! 期待したオレの気持ちはどうなンだよ! ああん? 聖樹国の怖い話なんて初めてなンだよ! 楽しみにしてンだよ! おい、こら、ちょっとこっちこい! 教育的指導だゴるぁ!」


 ジリヤ・ウジエッリ嬢。

 男爵家ながらも領地貴族の御令嬢である。

 

 発育のいい者が多い王国貴族だが、ジリヤ嬢は小柄な方だ。

 小動物系の愛らしい見た目をしている。

 

 見た目どおり、ふだんはどちらからと言えば内向的だ。

 文系少女らしく読書を好む。

 

 だが、感情が高ぶると言葉遣いが荒くなる。

 別人格かと思われるほどだ。

 

「え? え? ジリヤ?」

 

 ケルシーはよくわかっていなかった。

 ジリヤが豹変する姿を見たのが初めてだったのである。

 

「おほほほ……少々お待ちくだせえまっせ」


 ジリヤの腕を引っぱったのがウルシニアナ嬢だ。

 ちょっと訛りがでる御令嬢である。

 だが薔薇乙女十字団ローゼンクロイツにそれを指摘し、笑う者などひとりもいない。

 

「おい! ウルシニアナ放せって! オレは悪くねぇだろ!」


「ちょおっと黙るべさ」


 背後からきゅっと、チョークスリーパーを決めるウルシニアナ嬢であった。

 数秒でカクンとジリヤ嬢の首が落ちる。


「おほほほ。静かにさせたべさ」


 ジリヤ嬢を近くのソファに寝かせてしまう。

 そして、ニコっと微笑むウルシニアナ嬢であった。


「ケルシー。今までの話を聞いていたでしょう?」


 アルベルタ嬢が諭すように話をする。

 それにコクンと頷くケルシーだ。

 

「湖に怪物がいる噂がある。そこまではいいのです。そこから詳細を話さないといけませんのよ。いえ、怖がらせるのが目的なら、怪物の噂というのは最後に持ってきてもよかったかもしれませんわね」


「ああ! そういうこと!」


「じゃあ詳細を語ってくれるかしら? ジリヤには後で私から話しておきますから」


 コクコクと頷いて、ケルシーは言った。


「詳細は知らないんだけど!」


 蛮族であった。

 まぎれもない蛮族の姿がそこにあったのだ。

 

「クロリンダを呼んできてくださいな」


 このままでは収拾がつかなくなると、おじさんは踏んだのだ。

 事実、ケルシーを見る目が生暖かいものになっている。

 

「どういうことだってばよ!」


 ケルシーがおじさんに抗議をする。

 ふぅと息を吐くおじさんだ。

 

「よく考えてみてくださいな。先ほどケルシーが言ったでしょう? 外に出るエルフは少ないって。ということはですよ、王国では聖樹国の情報が少ないのですわ」


 ケルシーが首を捻っている。

 

「なのでケルシーのお話には皆が興味があったのですわ。だかから尻切れトンボで終わってしまって残念に思っていますのよ。そこで事情通のクロリンダを呼んだということですの」


 しゃべりながら、おじさんが侍女にハンドサインをだした。

 察した侍女がトレーを持ってケルシーに近づく。


「どら焼きでも食べて、少し待っていてくださいな」


「食べる!」


 ちょろい蛮族二号であった。

 ハグハグと頬を膨らませるようにかぶりつく。

 そこへクロリンダが顔を見せた。

 

「お呼びでしょうか」


「先ほどケルシーが話してくれたのですが、聖樹国にはロボネス湖の怪物という噂がある、と。その詳細を知っていますか?」


 おじさんの問いにクロリンダがケルシーに目をむけた。

 どら焼きを頬張る姿に、生暖かい目をむける。


「ロボネス湖の怪物……ですか。ああ! 確かに知っていますが大した話ではありませんよ」


「それでも構いません。皆に話してくださいさな」


 では、と咳払いをするクロリンダだ。


「うちのお嬢様がどこまで話をしたのかわからないので、最初からいきますね。聖樹国の北西にロボネス湖っていう湖があります。風光明媚な観光地ってとこですか」


 そこまでは聞いた話である。

 

「で、このロボネス湖周辺でしか採取できない薬草があったりして、近くには集落もあるんですね。その日は珍しくロボネス湖とその周辺に濃い霧がでてたそうですわ」


 クロリンダがちらりとおじさんを見た。

 こんな感じでいいのか、と確認したのである。

 それに首肯で応えるおじさんだ。

 

「で、まぁ集落から若い者たちが何人か様子を見に行ったんですよ。そしたら湖の真ん中に見たこともない首の長いドラゴンみたいなの怪物の姿があったんです」


 ほう、という声があちこちから漏れる。

 

「で、様子を見に行った若い者たちは大慌て。集落にすっ飛んでいって、怪物がいたぞーって話をしたんです。で、集落で戦える者たちが総出で見に行ったんですけどね、怪物は影も形もなかったんですよ」


 おじさんとしては、どこかで聞いたような話である。


「で、まぁそれから濃い霧の日に怪物の姿を見る者が何人かいて、ロボネス湖には怪物がいるぞーって噂になったんですよ」


 これで話は終わり、と言わんばかりに頭を下げるクロリンダであった。

 

「調査とかはしていませんの?」


 アルベルタ嬢が聞く。

 

「そんな話は聞いてないですねぇ。エルフは好戦的な種族ではないですから、自分たちに害があったときには対策をとるって感じじゃないですかね」


 好戦的ではない。

 と、いう言葉で何人かがケルシーを見た。

 まだどら焼きを食べている。

 

「下手に手をだして手に負えないってのがいちばん良くないですからね。まぁ濃い霧の日には、湖に近づかないようにしてるくらいですよ」


「十分な情報でしたわ。ありがとう」


 おじさんが労ったところで、クロリンダが退室した。

 

「他に怪談を語りたい人はいますか?」


 ざっと周囲を見渡すおじさんである。

 誰も挙手をしない。

 

 そもそも怪談というジャンルが余り知られていないのだろう。

 また急に開催したのだから、アルベルタ嬢が特別だったと考えるべきである。

 

「では、最後に私がお話をいたしましょう」


 満を持してのおじさん登場であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る