第487話 おじさん第二回チキチキ怪談大会を開く
じゃんけん大会が盛り上がりを見せた後である。
楽しいひとときを過ごし、学生会の男子生徒は夕食の後に帰路についた。
残ったのは
今日は週末なのでお泊まりの予定なのだ。
皆で温泉に入り、ホッコリした後である。
ドライヤーの魔道具が令嬢たちには好評だ。
うちでも欲しいという言葉が次々にでた。
お風呂の後はサロンでまったりしつつ、おしゃべりに花が咲く。
おじさんちは居心地がいい。
妹も参戦してお姉さんたちに甘えている。
愛らしく、人見知りをしない。
誰とでも仲良くなれるのは妹の持っている資質だろう。
「ねぇえーちゃん」
妹が聖女に話しかける。
「けーちゃん、げんきないね。おなかいたい?」
「けーちゃん? ああ、ケルシーのことね。うん、あの子のことはそっとしておいてあげて。あの子は今日、自分の力のなさを知ったの。大きな壁にぶつかったのよ」
「かべ?」
「そう……それはもう大きな大きな壁ね。ケルシーの胸と同じくらいの壁なのよ」
「誰が壁の民じゃああああ!」
聖女の言葉にケルシーが反応した。
妹がビクンと身体を揺らす。
「ねーさま」
てててっとおじさんに走り寄る妹だ。
危険を敏感に察知したのだろう。
おじさんは苦笑を漏らしながら、妹を抱きあげる。
自分の膝の上に座らせて言う。
「ソニア、今日のご飯は美味しかったですか?」
「うん。たこやき、すき。そにあもやいたの!」
「丸くできましたか?」
「うん! できた!」
ニパっと満面の笑みで応える妹である。
おじさんの周囲にいたアルベルタ嬢とパトリーシア嬢もホッコリとするのであった。
「誰が壁の民の村長なのよ!」
聖女の声が響く。
「村長! あちらの山の民たちが笑っとりますぜ!」
「なぁにいいいい!」
蛮族一号と二号は今日も元気である。
「そろそろ夜も更けてまいりましたし、ここらで第二回チキチキ怪談大会といきましょうか!」
おじさんが宣言した。
はい、と手をあげたのはジリヤ嬢である。
彼女は
眼鏡をくいとあげて、口を開いた。
「我が家の領地にある言い伝えです。とある小さな村に若い旅人が訪れました。小さな村ですが旅人のことを歓迎し、その夜は祝宴を開いたそうですの。ちょうど今日と同じように」
落ちついた語り口である。
少し身長が小さなジリヤ嬢が身振り手振りを交えて話す。
「その夜のことですわ。村の象徴的な存在であった大きな木に雷が落ちたのです。どーん、と大きな音を立てたかと思うと、その木はあっという間に大きな炎に包まれましたの」
ごくり、と唾を飲む聖女だ。
「村人たちは火事が広がっては大変だと思って消火活動をしたのですが、いっこうに火は消えません。ぼうぼうと燃えて、ついには村の家々に火がついてしまったのです」
妹がおじさんに抱きついた。
「結局のところ、村の家々を焼き尽くすまで火は消えませんでした。その炎が消える頃、巨大な黒い狼のような影が立っていたそうですの」
ふわぁと声をあげたのキルスティである。
「村人たちはその黒い影をブラックシュックと呼びましたわ。影の狼という意味だそうです。その後、新月の夜になると村の中でどこからともなく狼の遠吠えが聞こえるようになりました」
新月ってなに? と確認するケルシー。
月の見えない夜のこと、と短く答えるアルベルタ嬢だ。
「どこを探しても狼の姿は見えません。そのことにすっかり村人は怯えるようになってしまいました。……惨劇の日に訪れた若い旅人ですが……」
キルスティの背中をパトリーシア嬢が指でなぞった。
ひぃやあああと悲鳴があがる。
「旅人もまたいつの間にか姿が見えなくなっていたそうですの。そこに居たのが嘘だったかのように消えて、居なくなっていたのです」
「ま、まさか……」
そこでジリヤ嬢はにやりと笑う。
「さぁ事の真偽はわかりません。旅人は村に不幸が訪れたのを見て、自分のせいにされてはかなわないと逃げたのかもしれません。それともブラックシュックの正体は旅人だったのでしょうか」
私の話はこれでお仕舞いです、とジリヤ嬢が頭を下げる。
「ふぅ……最後のオチが弱かったわね」
虚勢を張る聖女とケルシーだ。
わおおおおん!
「ぎゃああああ!」
聖女とケルシーが抱き合って悲鳴をあげる。
キルスティは腰を抜かしたようだ。
おじさんちの精霊獣クー・シーが遠吠えをしたのだ。
巨大な黒犬の使い魔である。
絶妙なタイミング。
おじさんが意味ありげな笑みをうかべる。
「次は私がいきましょう! こんなこともあろうかときちんと怖い話を仕入れてきましたわ!」
宣言したのはアルベルタ嬢だ。
「私が聞いたのはフィリペッティ公爵領の領都でのことですわ。うちの領都は旧市街と新市街にわかれていますの。旧市街には未だに古い町なみが残っていますわ」
「へぇ……行ってみたいのです!」
パトリーシア嬢が呟く。
「その旧市街に古いお屋敷がありましたの。そのお屋敷には夫に先立たれた老婦人がお一人で住んでいたそうです。ですが近隣の人々からは恐れられていました」
アルベルタ嬢が
「なぜかというと、夜な夜な悲鳴が聞こえるからです。不審に思った者が近づいてみると、アンデッドが徘徊しているのを見たという噂がありましたの」
アンデッド。
ここでは恐らくはゾンビのような存在だろう。
「ですが、その家に住む老婦人は足が悪かったのです。一人では歩くこともままならない。では、あのアンデッドはなんなのか。とある夜のことですわ」
アルベルタ嬢がお茶を含み、たっぷりと間をあける。
「旧市街に住む無頼の若者が老婦人の家に忍びこみましたの。噂の真相を暴いてやる、と。古いお屋敷の中は廃墟のように荒れていたそうです。ですが、どこを探しても老婦人の姿は見当たりません」
いつの間にかキルスティがおじさんの隣にいる。
そして、おじさんの腕をとっているではないか。
「不審に思った若者ですが、とりあえず探索を続けました。すると地下に下りる階段を見つけたのです。ここか、と若者は勢いよく階段を下りていきます」
妹がおじさんにくっついた。
キルスティとおじさんの取り合いである。
「すると地下には大きな部屋があったそうです。ただそこにも老婦人の姿はありませんでした。しかし、その部屋には古びた大きな鏡がありましたの!」
おじさんは魔法の準備をした。
「若者は恐る恐る鏡の前に立ってみました。すると、そこに映ったのは自分ではなく、老婦人の姿だったのです。あまりのことに若者は悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまいました」
ひぃいぃとキルスティがおじさんの腕をぎゅっと掴んだ。
「その瞬間のことです。古ぼけた鏡がいきなり割れました。パリーンと音を立てて。そして、鏡のあった場所から老婦人の腕がニョキっとでてきたのです」
ニョキっとってと思うおじさんだ。
だが他の御令嬢たちはそうは思わなかったようである。
「ずるり、ずるりと床を這いずるようにして老婦人が鏡のあった場所からでてきます。そして、ついに若者の足首を掴んだのですわ!」
ここだ、とおじさんは思った。
魔力の見えざる手を作って、アルベルタ嬢と妹以外の令嬢たちの足を掴む。
ぎぃやあああああと全員の口から悲鳴があがった。
「老婦人は言いました。『私を見た者は呪われる! この呪いは永遠にとけることはない!』と」
ガクガクと膝を震わせ、令嬢たちは青い顔をしている。
「そこで恐怖の頂点に達したのでしょう。若者は悲鳴をあげながら、なんとか古いお屋敷から逃げ出したそうです。そのことを旧市街にいる仲間に告げ、あの邸には絶対に近づくなと言ったのです」
キルスティが白目をむいていた。
その表情が怖い妹である。
おじさんは満足そうだ。
「その後、いつの間にか若者は旧市街から姿を消してしまいましたわ。どこに行ったのか、仲間たちの間では大きな話題になったそうですの。そして数年が経ち、かつて若者の仲間だった一人が偶然に見つけました。その若者は老婦人の邸の中を、アンデッドになって徘徊していたそうです」
ぺこり、とアルベルタ嬢が頭を下げた。
そこで扉がノックされる。
おじさん以外の全員の目がドアにむいた。
「どうぞ」
おじさんが声をかける。
姿を見せたのはいつもの侍女であった。
そのことに安心する御令嬢たちだ。
「お嬢様、先ほど悲鳴があがっておりましたが……」
「今ちょうど怖い話をしていたのですわ。それで悲鳴があがってしまったのです」
「……なるほど。お戯れはほどほどになさいませ」
侍女は知っている。
前回、おじさんの悪戯がとんでもなかったことを。
だから思ったのだ。
またやったな、と。
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