第486話 おじさんじゃんけん大会を開く


 じゃんけん。

 その歴史はさほど古くない。

 一説によると、江戸時代の後期から明治あたりの日本で成立したと言われている。

 

 原型となったのは中国から伝わった虫拳むしけんだ。

 親指がカエル、人差し指がヘビ、小指がナメクジを意味する。


 いわゆる三すくみを使った遊びだ。

 こちらは平安時代の文献にも記されているようである。

 

 アメスベルタ王国において、じゃんけんの代わりによく用いられているのがコイントスだ。

 表か裏かというものである。

 他にもクジを使うというケースも少なくない。

 

 ただ、いずれも道具が必要となるのが難点だ。

 そのため、どこでもという訳にはいかない。

 

 道具が要らず、容易に勝敗がつけられるじゃんけんは、その点が大きくちがうと言えるだろう。

 

「なるほど、グー・チョキ・パーの三つ」


 石とはさみと布という説明をしたおじさんである。

 それに対して、アルベルタ嬢が呟いたのだ。

 

「ね! かんたんでしょ!」


 聖女が言う。

 

「……ちょっとおかしいのです」 

 

 パトリーシア嬢が訝しげな表情をうかべている。

 

「博覧強記のお姉さまが知っているのは当然なのです。ですが、なぜエーリカがじゃんけんを知っているのです?」


 蛮族なのに、と言いたげなパトリーシア嬢だ。

 その後ろでアルベルタ嬢と他の令嬢たちも頷いている。

 ドキッとした聖女の顔色が変わった。

 

「じゃんけんは過去の聖女が伝えたという伝承がありますの」


 しれっと誤魔化すおじさんだ。

 

「そうなのです? だったらエーリカが知っていてもおかしくないのです!」


「そ、そそそ、そうなのよ!」


 ムダに大きな態度にでる聖女だ。


「エーリカ、疑って悪かったのです。ごめんなさい」


 素直に頭を下げるパトリーシア嬢。


「ま、まぁ誰にでもあるってことよ!」


 もはやよくわからない言葉を放つ聖女であった。

 そこでおじさんが助け船をだす。

 

「では実際にわたくしとエーリカでやってみせます。かんたんですから、一度見れば理解できるでしょう」


 強引に実践タイムに入る二人であった。

 

「さいしょはグー! またまたグー! いかりや腸詰め頭がぱー! 正義は勝つ! じゃんけん、ぽん!」


「ちょっとお待ちなさい!」


 さすがにおじさんが声をかける。

 

「さいしょはグー! まではいいでしょう。ですが、その後はさすがにやりすぎですわよ」


「え? そうなの? うちじゃずっとこうだったけど?」


 おじさんが湿度の高い視線を聖女にむけた。

 

「うう……バレちゃあ仕方ないわね。この世界ではアタシがシムラけんかみになるのよ!」


 ふんす、と聖女が鼻息を荒くする。

 その様子を見て、おじさんは深いため息を落とした。

 

「エーリカ、そもそもその詠唱は必要なのでしょうか?」

 

 生真面目なキルスティが割って入る。

 

「ええと……リー、任せたわ!」


「そうですわね、じゃんけんをするときには皆が揃って手をだすことが重要ですわ。そのためのかけ声が、じゃんけんぽん、なのです」


 おじさんの説明にキルスティが頷く。

 

「ですが、いきなりじゃんけんぽんと言っても、なかなか揃わないのです。特に人数が多くなると、どうしてもズレてしまいます。そこで『さいしょはグー』というかけ声を入れることで、大人数でも揃うようにするそうですわ」


 なるほど、と学生会の面々が頷く。

 

「では決着がつかないときはどうするのですか?」


「その場合は、いったん手を引いて、あいこでしょを合図にまた手をだしますのよ」


 疑問が解消されたのだろう。

 キルスティが、ありがとうございますと引く。


「じゃ、じゃあリーとアタシでやってみるから!」


「エーリカ、わかっていますわよね」


 おじさんの問いにコクリと頷く聖女だ。


「さいしょはグー! じゃんけん、ぽん!」


 おじさんがグー、聖女もグーだ。

 

「あいこで、しょ!」


 おじさんがチョキ、聖女がグーである。

 

「はい、これでエーリカが勝ち、わたくしの負けとなりますわ」


「むふふ。リーにさえ勝ってしまう、この豪運!」


 聖女が調子にのる。

 もちろん、おじさんわざと負けたのだ。

 

 そもそもの話。

 おじさんの目は神眼になっているのだ。

 相手が手をだす瞬間の形がハッキリと見える。

 

 つまり、やりたい放題だ。

 

「では、次に皆さんで練習を行いましょう」


 それぞれが一対一の形でじゃんけんをする。

 あちこちからさいしょはグー! という言葉が聞こえてきた。

 

 聖女はケルシーを相手に満足そうである。

 これで聖女の名が歴史に残るかもしれない。

 

「んんぅ……なかなか面白いですわね」


 おじさんと組んでいるアルベルタ嬢がぽつりと漏らす。


「そうですね。じゃんけんをするだけではなく、その後に勝敗によってひとつ遊びを付け加えるともっと白熱しますわね」


 おじさんは何気なく漏らしてしまった。

 その情報にアルベルタ嬢が食いついてくる。

 

「それはどのような遊びなのですか?」


「あっちむいてほい、が代表的なものですわね。じゃんけんで勝敗を決めるでしょう」


 おじさんの説明をふんふんと首肯しながら聞くアルベルタ嬢。


「で、勝った者が相手の顔を指さします。そして、あっちむいて、ほいと声をかけるのですわ。そのときに指を上下左右のいずれかに動かします。負けた側は声をかけられたときに顔を上下左右のいずれに動かすのです」


「ああ! わかりましたわ! で、指と同じ方向に顔が動いてしまうと負けということですわね!」


 飲みこみが早い。

 

「やってみますか?」


 じゃんけんをして、おじさんが勝つ。

 あっちむいて、ほいの合図でおじさんが指を上に動かす。

 アルベルタ嬢の顔がつられて上に。

 

「ああ! 今のは私の負けですわね!」


「待ったあああ! その派生系は早いわよ! はう! まさかTKJも構想に入れているんじゃないでしょうね!」


 聖女が割って入ってくる。

 たたいて、かぶって、じゃんけんぽんの略称だ。

 ちょっと道具を揃えるのが大変かもしれない。

 

「まずは冷凍みかん争奪じゃんけん大会をしましょう!」


 この場にいるのは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが十五名に相談役三名の計十八人である。

 

 対して残っている冷凍みかんは六個。

 三人に一人は手にすることができる計算だ。


「さいしょはグー!」


 というかけ声がサロン内に響くのであった。

 

「ちいいくしょおおおお! なんてこったああああ!」


 ケルシーが這いつくばり、床を叩いて悔しがる。

 

「アタシもよくよく運のない女ね……」


 聖女はケルシーの隣で体育座りをしていた。

 

「生きることとは辛いことなのです。だからこそ進歩があるのです。さぁお二人とも立ち上がりなさいな」


 おじさんが優しく声をかける。

 その言葉に二人がのろのろと立ち上がった。

 だが、二人の目には希望が宿っていたのだ。

 

 なぜなら、おじさんのことだからなんだかんだと予備があるのではと考えたからである。

 

「リー!」


 二人がおじさんの名を呼ぶ。

 ちょうど、おじさんは冷凍みかんの皮をむいたところであった。

 

 二つに割ってから、一つの袋を食べる。

 おじさんの目がとろりととろけていた。

 

「え? くれるんじゃないの?」


 聖女とケルシーが声を揃えて抗議する。

 

「わたくしは勝ちましたわよ?」


 涼しげな顔で言うおじさんだ。

 対して、きぃいいいいとなる聖女とケルシーだ。


「認めたくないものですわね。自分自身の若さ故の過ちというものを」


 聖女がキッとおじさんを見た。


「坊やだから、じゃないわよ! まったく!」


 ふふ、と笑うおじさんだ。


「それでは張り切って参りましょう! 第二回冷凍みかん争奪じゃんけん大会ですわ!」


 大会は盛り上がりに盛り上がった。

 そして、計四回行われたのだ。

 

「ねぇ……リー」


 第三回大会にてかろうじて勝ち残った聖女が言う。

 

「最初から全員分あったんじゃないの?」

 

「ありましたわね」


「だったら……そういうこと」


 得心がいったという表情になる聖女だ。


「盛り上がったでしょう?」


 悪戯が成功したという微笑みを浮かべるおじさんである。

 その笑顔はなによりも輝いていた。

 

「……まぁそうなんだけど」


 聖女が目を落とす。

 すべての大会で一回戦負けをしたケルシーが、床をドンドンと叩いていたのであった。

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