第485話 おじさん慰労会にて切り札をだす


 聖女がふぅふぅとタコ焼きに息を吹きかける。

 そして、一口でパクりといった。

 ハフハフと息を吐きながら咀嚼して、ゴクリと飲みこむ。


「外はカリっ! 中はふわっ! んんぅ最高!」


 ビッとおじさんにむけて親指を立てる聖女だ。

 おじさんも親指を立てて返す。

 

「さ、皆さんもどうぞ」


 おじさん手ずから焼いたタコ焼きである。

 ホットプレートが五台。


 次々に焼けていくタコ焼きたちを慣れた手つきで千枚通しで、ピックアップしていく。

 それを舟に盛りつけて、ソースとマヨネーズをかける。

 

 マヨネーズはきちんと殺菌済み。

 おじさんに手抜かりはない。

 

 本来なら青のりと鰹節もほしいところだ。

 だが、今のところないのだから仕方ない。

 

 その代わりにネギに似た野菜を小口切りにしたものを、たっぷりとかけている。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツはとまどう。

 なにせ見たことがない料理なのだから。

 

「くーださーいな!」


 こういうときに物怖じしないのがケルシーだ。

 おじさんの前に立ち、両手を差しだしている。

 

「はい、どうぞ」


 舟を渡されて、小躍りするケルシーだ。


「ケルシー、一口で食べるのよ! それがマナーなんだから」


「そうなの? じゃあいただきまーす」


 パクリといくケルシーだ。

 だが、思いもよらなかった灼熱地獄が舌を襲った。

 

「ぶほっ! ……あぢゅいいいいいん!」


「吐き出してはダメよ。その熱さこそが美味しさなんだから!」


 ケルシーが聖女の言葉に涙目になって頷いた。

 

「はふはふ……ごくん」


 飲みこんだところで、聖女がレモンスカッシュを渡す。

 よく冷えた炭酸が焼けた口中をいやしてくれる。

 

「ふはあ」


「どーよ! 美味しいでしょ?」


「うん。熱いけど美味しい!」


 いえーいとハイタッチをする蛮族一号と二号であった。

 その姿を見た薔薇乙女十字団ローゼンクロイツも動きだす。

 

 御令嬢なのだから割って、冷まして食べる者もいた。

 どんな食べ方だっていい。

 好きに食べればいいのである。

 

「美味しいですわ」


「こちらはチーズが入っていますわ」


 きゃいきゃいと騒ぐ学生会の面子である。

 その姿を見て、満足そうな笑みをうかべるおじさんだ。

 皆が喜んでくれているのが、何よりも嬉しいのだから。

 

「お嬢様、よろしいでしょうか?」


 そこへ侍女が音を消して近寄ってくる。

 

「奥方様がこちらのお料理を賞味したいと仰っています」


「匂いにつられてしまったのですね」


 おじさん苦笑を漏らしてしまう。

 

「承知しました。こちらの魔道具はお母様にもお渡ししてあります。材料は厨房に言えば作ってくれますわ。あとは……今から実演するので覚えてくださいな」


 侍女と料理長がおじさんの言葉に頷いた。

 いつの間にか移動している料理長だ。

 

「最初に油をひいてですね、次に生地を入れていきます」


 プレートは十分に温まっている。

 生地を流すとじゅわっといい音がした。


「ああ! お嬢様、はみ出てしまいます」


 侍女が声をあげるも、おじさんは和やかに笑う。

 

「いいのです。これはこのようにして作るのです」


 プレートから生地があふれない程度に生地をそそぐ。

 

「ここで具材を入れていきますの」


 茹でたタコ、チーズなんかを入れていくおじさんだ。

 実に手際がいい。

 

「しばらく生地が焼けるのを待ちます」


 じゅわあといい音がする。

 おじさんがおもむろに千枚通しで、プレートの窪んでいない部分をなぞっていく。

 

「……そろそろですわね。ここからが本番ですわよ」


 ほい、とおじさんは両手に持った千枚通しで、大きめに焼いた生地を丸めていく。

 

「ほわぁ。丸くなりました!」


「でしょう。これをひっくり返して……焼きます」


 おじさんの手さばきはプロのものであった。

 何を隠そうおじさんは屋台でタコ焼きを作っていた過去があるのだ。

 

 昔取った杵柄といわんばかりに、器用に千枚通しを使ってクルクルとタコ焼きを仕上げていく。

 その鮮やかな手つきに、侍女は感心するのであった。

 

「焼き上がりはこのくらいで。あまり焼きすぎてはいけませんわよ。中がふわふわになりませんからね」


 先ほどと同じように舟に盛りつけをするおじさんだ。


「最後にソースとマヨネーズを塗って、ネギを散らしてできあがりですわ!」


 ほい、と手渡される侍女である。


「料理長も味わってみてくださいな」


 さらにもう一舟。

 料理長が頭を下げてうけとる。

 

「そうですわね。お好みでこの唐辛子の粉末をかけるのもいいですわよ。お母様が酒精をお望みなら、ラガーをお出ししてくださいな」


 一味唐辛子である。

 こんなこともあろうかとおじさんは作っていた。

 

「……できそうですか?」


 はふはふと頬張る侍女に声をかけるおじさんだ。

 だが、侍女は静かに首を横に振った。

 

「私が奥方様のところに。こちらには代わりの者を用意しておきますので」


 料理長の言葉におじさんは首肯する。


「お願いしますわね。では、このできあがり分はあちらに持っていってくださいな」


 侍女がワゴンの上に舟をのせて、退室していく。

 料理長も同じく部屋から下がっていくのであった。

 

「まだ生地は残っていますわよ。食べたい人はいますか?」


 はい、と全員が手をあげる。

 おじさんはさらにタコ焼きを作りに没頭した。

 

「ねぇねぇ私も焼いてみたいんだけど」


 クルクルと回るタコ焼きを見て、ケルシーが言う。

 

「いいですわよ。エーリカもどうですか?」


「もちろんよ!」


「リー様! 私もやってみたいです!」


 聖女とともに声をあげたのはジャニーヌ嬢である。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの中で、最も料理を得意としている御令嬢だ。

 

 他にもキルスティとヴィルも手をあげていた。

 

「では、一人が一台を担当してくださいな」


 ワイワイと盛り上がる現場である。

 おじさんのタコパは大成功だったと言えるだろう。

 

 一通りの食事がすんだときである。

 おじさんは控えていた侍女に言って、あるものを持ってきてもらった。


「はうう! しょ、しょれはあああ!」


 少し黄色がかったオレンジ色の果物。

 大きさは手の平にすっぽりおさまる程度。

 それが薄い氷の膜をまとっている。

 

「れ、れれれ冷凍みかんじゃないの!」


 冷凍みかん。

 学校給食で有名なデザートである。

 みかんを通年販売するのを目的として、開発されたものだ。

 

 派製品に冷凍パインもある。

 が、パイナップルは見つかっていない。

 なので、おじさんは冷凍みかんを作ったのである。

 

 みかんを一度凍らせ、さらに水に潜らせてから凍らせる。

 それによって氷の膜が表面にできるのだ。

 

 おじさんにとっては給食の思い出である。

 給食には随分と助けられたものだ。

 

「さぁ召し上がれ」


 今回はあえて、かちんこちんにはしていない。

 半冷凍といったところだ。

 

 アイスでもない。

 シャーベットでもない。

 果物を凍らせたというデザート。

 

「あああ! これよ、これ!」


 聖女が一口食べて、感極まっている。

 シンプルだが美味しいのだ。

 

「はわわわわ! 口の中がすっきりするのです。甘みもしっかりあって美味しいのです!」


 パトリーシア嬢の言葉に頷く御令嬢たち。


「リー!」


 聖女がおじさんに手をさしだしてくる。

 握手を求めているのだ。

 

 その手を握り返すおじさんである。

 

「あんた、最高ね!」


「エーリカ、冷凍みかんと言えばイベントを忘れていませんか?」


「は、はう! リーあんたって子は……まさか」


「はい! 冷凍みかん、争奪じゃんけん大会ですわ!」


 うおおお、と声があがるのであった。

 貴族だなんだのといってもだ。


 美味しいものは美味しい。

 それが限られた数しかおかわりがない。

 となれば勝負である。

 

 そこに身分という貴賤はない。

 等しく平等に甘受されるべき、魂の熱い迸りがあるのだった。

 

「ふはははは! じゃんけん女王と呼ばれた聖女の力を見せてやるわ!」


「エーリカ、ちょっと待つのです!」


 パトリーシア嬢が手をあげた。


「あによ? 水を差すのは野暮ってものよ?」


「そうじゃないのです! じゃんけんってなんなのです!」


 そこから、か。

 ずこーとなるおじさんと聖女であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る