第483話 おじさん束の間の休日になにを思う


 学園の一大イベントである魔技戦本戦が終了した。

 対校戦に出場するメンバーも決まり、一段落である。

 

 おじさん的には、なかなか忙しい日々であった。

 学生会が演奏を請け負ったことも大きかったと思うのだ。


 また王都で起こった騒乱のせいで、対校戦までの時間がなかった。

 それ故にギチギチのスケジュールだったと言える。

 

 なにせ対校戦がスタートするのは、二週間後のことなのだ。

 ふだんならもう少し時間に余裕があるのだが、それをいってもせんなきことだろう。

 

 季節もすっかり変わってしまった。

 今や肌寒く感じる日も増えてきている。

 

 これから少しずつ寒くなっていくのだろう。

 急激に気温が変わらないだけマシである。

 

「この香ばしさが美味しいですわねぇ」


 おじさんはほうじ茶を飲んでいた。

 お茶の葉っぱを取り寄せて、あれこれしたのだ。

 

 苦みや渋みがほぼないお茶である。

 そのため弟妹たちにも人気であった。

  

 ほう、と息を吐くおじさんである。

  

 おじさんは休暇をとっていた。

 学園に行ってもいいのだが、特にすることもないからだ。

 

 他にも個人的に抱えている案件は多い。

 直近だと巨大ゴーレムの開発があげられるだろう。

 他にも擬似的な魔法生物を使った産業革命など、やらなくてはいけないことが山積みになっている。

 

 なので、今日は久しぶりに丸一日を休暇にあてたのだ。

 

 朝食の後、サロンの中でおじさんはのんびりとしていた。

 お気に入りの一人がけのソファーでゆったりと。

 膝の上でシンシャがポヨポヨと跳ねる。

 

「お嬢様、料理長がこちらのお菓子を試してほしい、と」


 侍女が三種類の小皿を持ってくる。

 いつもの侍女ではない。

 

 今日は侍女もお休みなのだ。

 無理を言って、おじさんがお休みにしたのである。

 

 目についたのは、木の実を使った焼き菓子だ。

 タルト生地にアーモンドやクルミなど、蜜がけをした木の実がたっぷりとのっている。

 

 おじさん的にはフロランタンが近いだろうか。

 ふむ、とおじさんは一口ほおばってみた。

 

 ざくざくとした木の実の食感が楽しい。

 独特の香ばしさが鼻を抜けていく。


 苦みもあるが、蜜がけしてあるので気にならない。

 むしろ複雑な味が口の中に広がっていく。

 

「美味しいですわね! 明後日の慰労会でだす品ですか?」


「はい。なにか目新しいものをと試しているようです」


 次の皿に目をやるおじさんだ。

 そこにはどら焼きがのっていた。

 

 おじさん、またもやカプリといく。

 

「これは栗ですか! いいですわねぇ」


 どら焼きのクリームに使われていたのは栗だ。

 ペースト状にしてクリームにしたのだろう。

 栗の風味が強い野趣あふれる味だ。

 

 最後の一皿には、一口サイズのパイがのっていた。

 サクッと食べるおじさんだ。

 

「はう! パンプキンパイ!」


 かぼちゃを使ったお菓子パイである。

 惣菜としても食べられることが多いものだ。

 

 だが、あえて甘くしてある。

 といっても、不自然なほどに甘くはしていない。

 ほどよい甘さとねっとり感が心地いい。

 

「どれも合格ですわ、と料理長に伝えておいてくださいな」


 侍女が下がっていく。

 美味しいスイーツで小腹も満たされたおじさんだ。

 

 季節の食材を使ったスイーツ。

 おじさん的には、やはりお芋がほしい。

 サツマイモだ。

 

 栄養価が高く、腹持ちもいい。

 色々とお世話になったものである。

 

 スイートポテトもいいが、やはり焼き芋だ。

 じっくりと火をとおしたお芋はねっとりとして甘い。

 

 思いだせば食べたくなるのが人のサガ。

 おじさんはサロンに控えている別の侍女を呼んだ。

 

「厨房に……」


 と言いかけて、自重する。

 今日はお休みの日なのだから。

 

「いえ、やっぱりやめておきますわ」


 膝上のシンシャをなでて、心を落ちつかせる。

 いつものように行動してしまっては意味がない。

 

「踏みこみが甘いッ! はいやー!」


 裏庭からいつもの侍女の声が聞こえてくる。

 どうやら女性騎士たちに訓練をつけているようだ。

 

 おじさんが目をむけると、ちょうど侍女の掌底が女性騎士の腹部に決まったところであった。

 軽装の革鎧越しに威力が貫通する。

 

 おじさんが教えた技のひとつ浸透勁だ。

 女性騎士がガクリと膝を折った。

 

 珍しく侍女服を着ていない。

 おじさんお手製のジャージ姿だ。

 

「判断が遅いですわね。今のも避けられるだけの間を与えましたよ」


「うう……ひとつ聞いてもいいですか?」


「なんなりと」


「お嬢様なら今のは?」


「そもそも攻撃に入らせていただけません」


 侍女が胸を張って言う。

 

「ふふ……まだまだですか」


「お嬢様の側に侍りたいのなら、最低限が私です」


「ぐふ……」


 容赦のない一言に心が折れる女性騎士であった。

 

「では、次の方どうぞ」


 控えていた女性騎士が立ち上がって一礼する。

 そして、侍女にむかって槍を構えるのだった。

 

 そんな様子を見つつ、おじさんはほうじ茶を含む。

 なんとものんびりした一日である。

 

「読書でもしますか」


『テケリ・リ、テケリ・リ』


 シンシャが鳴く。

 同時に、ずずずと身体から一冊の本がでてくる。

 

「シンシャに預けていましたわね」

 

 魔導書である。

 今から数百年前に書かれた本だ。

 

 魔導武器の作成について書かれてある本だ。

 おじさんは魔法を付与した武器を作ることができる。

 

 ただ古い時代には魔導武器というものがあった。

 魔法を付与するのではなく、武器本体に魔文字を刻印する。

 それによって様々な効果を持たせたという。

 

 ただ魔文字というのが、どうにも現在使われているものとは違うのである。

 さらに言えば古代魔法として使われているものとも違う。

 

 では、精霊言語なのかとも考えたおじさんだ。

 しかしそれも違っていた。

 

 実際に武器に刻印してみたが、文献にあるような効果を得ることができなかったのだ。

 今以て解明できていない謎の技術である。

 

 トリスメギストスに聞けば、一発でわかるかもしれない。

 だが、もう少し自分で謎を追ってみたいおじさんなのだ。

 

 それになぜ廃れてしまったのかも気になる。

 有用な技術であれば、今でも残っているはずだから。

 

 おじさん、こういう謎の技術が大好きだ。


「ううん……」


 魔導書を読み進めながら、あれこれと考えるおじさんだ。

 

「……じょうさま。お嬢様」


「はう! どうかしましたか?」


 集中していたおじさんが侍女に声をかけられて驚く。

 その姿にニッコリと微笑む侍女であった。

 

「昼食のお時間でございます。こちらにお持ちしましょうか?」


「……いえ、食堂にまいりますわ。お母様にもご相談したいことができましたし」


「奥方様は食堂で昼食をとられると耳にしておりますわ」


 いつもとは違う侍女を連れて、食堂へむかうおじさんであった。


 食堂には父親とケルシー以外の全員が揃っていた。

 珍しく祖母も顔を見せている。

 昼食の時間帯にこちらにいるのは久しぶりだろう。


「ちょうどよかったですわ、お母様、お祖母様。魔導武器に関して伺いたいことがあったのです」


「ほう……魔導武器ねぇ」


 祖母がちらりと母親に視線を送った。


「リーちゃん! 魔導武器の専門家といえば、この私よ!」


「え? そうなのですか?」


 おじさん初耳であった。

 

 昼食もそこそこに話が始まる。

 おじさん、母親、祖母の三人だ。

 魔法バカが集まると、こうなるという好例だった。

 

 弟妹たちにはまったく意味がわからない。

 なにせ専門用語が飛び交っているからだ。

 

「そうなのよ! でね、ストーンロール男爵はね! 魔導武器の作成をもって貴族に叙されたって記録が残ってるのよ!」


 母親の言葉に、ん? となるおじさんだ。

 ストーンロール?

 石巻?

 

「あ!」


 思わず声をだしてしまうおじさんだ。

 

「どうかしたの?」


「いえ……お母様の発想がスゴいなと思いまして」


 おじさん、謎の技術と真正面から組み合っていた。

 だが、その技術を使った人のことは頭になかったのだ。

 

 商家の三男として生まれ、魔導武器の作成をもって一代で富を築いたという。

 その技術をもって貴族に叙爵され、最終的には子爵まで出世したそうである。

 

 魔導武器の作成は門外不出だったそうだ。

 しかし、ストーンロール子爵家は三代ほど続いた後で断絶してしまっている。

 結果、技術は失伝したのだ。

 

 母親は自らが専門家というだけあって、かなりの情報をもっていた。

 なんでも実家の権力をかなり使ったそうである。

 

 おじさんの予測が正しければ、転生してきた人物ではないだろうか。

 確証はないが、やはりストーンロールという名前が気になる。

 

 貴族に叙爵されたときから、ストーンロールを名のっているらしい。

 石巻さんか、あるいは出身地か。

 

 またひとつ謎を抱えてしまったおじさんであった。

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