第482話 おじさんと学園長のシーソーゲーム


 ロボット――もといゴーレムはロマン。

 それは王国首脳部の心に焼きついてしまった。

 

 大型あるいは超大型魔物に対する決戦兵器。

 もちろん王国の政治を担う者として魅力的なものである。

 

 決して格好いいとか、そういう理由ではないのだ。

 たぶん……きっと……。


「のほほほ。リーや、あの巨大ゴーレムの威容! それに搭載された武器、むほほほ。楽しいのう、楽しいのう」


 学園長室である。

 その日、おじさんは朝から学園長室に詰めていた。

 

 前日に行われたプレゼンは大成功だったと言えるだろう。

 最終的には誰がどの機体を運用するかを殴り合いで決めそうになったほどである。

 

「よほどお気に召したのですね」


 ゆったりとお茶を飲みながら対応するおじさんだ。


「うむ。巨大ゴーレムはいいぞう。なによりも格好いいではないか! うむ。リーや、新しい機体を作るときには是非ともワシにも声をかけてくれんか?」


 おじさんは学園長の問いにニコリと微笑む。


「いやですわ!」


 学園長のえびす顔にヒビが入る。


「な……なんじゃと……。リーや、い、いまなんと言ったかのう。最近、耳が遠くなっているようでな」


「いやですわ! とお断りしましたの!」


「ンなぜばああああ!」


 つい立ち上がる学園長である。

 

「だって学園長に許可をだしたら、他の皆さんも絶対に関わりたいと仰るでしょう? そんなの面倒ではありませんか」


 にべもなく断るおじさんだ。

 

 そう。

 既に昨日の時点で、やんややんやと言っていたのだ。

 これで機体開発にまで口をだすようになるとどうなるか。

 火を見るよりも明らかである。

 

「ぐ、ぐぬぬ……」


「どうせ専用機体がほしいとかそういうのでしょう? わかっていますわよ! 学園長専用機体、このわたくしが用意しようではありませんか!」


「なぁにいいいいいいい! 言っちまったなぁ! 男は黙って専用機体! 絶対じゃぞうう!」


「もちろんですわ。ということで、わたくし忙しいのです」


「ほっほ。リーや、このお菓子を食べていきなさい」


 学園長が自分の机の引き出しからだしたのは、王都でも最高級とされるチョコレート菓子であった。

 貴族であっても購入が難しい一品である。

 

「まぁ! 大好きですわ! ありがとうございます!」


 箱ごといただくおじさん。

 それをニコニコとして見つめる学園長。

 

 傍から見れば、好好爺と孫という構図だろう。

 だが実際にはおじさんの手の平の上で、コロコロされているだけであった。

 

 その日の午後のことである。

 ついに魔技戦本戦は終了した。

 

 大番狂わせはなかったと言えるだろう。

 ある意味で順当な結果だ。

 

 学園の代表は相談役の三人に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから十二人。

 内、一人は既に殿堂入りしたおじさんである。


 学園長室を辞したおじさんは学生会室にいた。


「本日にて魔技戦本戦も終了いたしました。皆さん、ご苦労様でした。魔技戦の本戦だけではなく、演奏会に学生会の仕事などよく働いてくれました。感謝いたしますわ!」


 おじさんが皆を労う。

 

「今週の週末には当家にて慰労会を開催しますので、皆さん気軽に参加なさってくださいませ」


 ペコリと頭を下げるおじさんだ。

 学生会室で拍手が起こる。

 

「リー様、ひとつご報告があります」


 アルベルタ嬢がおじさんに声をかけた。

 首肯で応えるおじさんだ。

 

「本戦終了後に学園の事務方から要請がありまして、一時間後に大講堂にて対校戦出場選手のお披露目をしたい、とのことです」


「壮行会のようなものですか?」


「いえ、壮行会はまた別に開催されるそうです。今回はあくまでも魔技戦の結果をお披露目するだけになります」


「承知しました。では準備にとりかかりましょう」

 

 おじさんの号令一下、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツがキビキビと動きだした。


 そして大講堂でのお披露目である。

 

「では、今回の魔技戦本戦を勝ち抜いた十五名を紹介します」


 初老の学園講師が拡声の魔法を使って名前を呼び上げていく。

 一人ずつ壇上に進み出ていく。

 

 トリを務めるのはおじさんであった。

 

「一年生にして既に殿堂入り。対校戦の出場についても大きな制限をかけられるという期待の星、リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ」


 おじさんが壇上に姿を見せる。

 その超絶美少女っぷりに大講堂にいる全員が息を呑んだ。


 おじさんが薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのマントをバサッと翻した。

 一矢乱れぬ動きで、後ろにならぶ薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの皆が続く。

 

 あまりの格好良さに、ほわぁと会場全体から声が漏れる。

 おじさんが片手を軽くあげると、声がピタリとやむ。

 

「今回の魔技戦本戦にて我々は代表として選ばれました」

 

 そこで区切って、おじさんは大講堂を見渡す。

 

「わたくし、ここに誓いますわ! 必ず深紅の大優勝旗を持ち帰ってくることを!」

 

「甲子園かい!」


 聖女のツッコミが炸裂した。

 大講堂の皆は意味がわからずシーンとなる。


「エーリカ、どうしましょう! 盛大にスベってしまいましたわ!」


「あ、アタシのせいじゃないわよ! リーが大事なところでボケるから悪いんじゃない!」


「わたくし、ボケてなんかいませんわ!」


「言ったでしょう! 深紅の大優勝旗を持ち帰るって!」


「そうですわよ?」


 こてんと首を傾げるおじさんである。

 実はおじさん本気で言っていたのだ。

 

 そもそも深紅の大優勝旗があるかなんて知らないのに。

 

「これだから貴族のお嬢様は!」


 どわははは、と大講堂がわいた。


「エーリカ、深紅の大優勝旗ってありますの?」


「知らないわよ!」


 聖女が顔を赤くしてツッコんだ。


「わかりました。なければ作ればいいのです!」


「え? どういうこと?」


「だから、作るのですわ! 深紅の大優勝旗を!」


「かああああああ! それって最高じゃないの!」


「でしょう?」


 グッと親指を立てる聖女だ。

 またしても大講堂がわいた。

 

「ほっほっほ! いいのう! どれワシから他校に提案をしておこうではないか!」


「学園長!」


 悲鳴染みた声が司会をしていた初老の講師から飛んだ。

 

「誰かが損をするわけではなかろう。優勝すればその旗を一年、自らの誇りとして掲げられるのじゃぞ。いいことではないか」


 正論に黙らざるを得ない司会であった。

 というか、そこまで説明していないのに理解する学園長。

 

「近年、我が学園は優勝を逃しておるからのう。まぁ運が悪かったとも言える。が、地力が不足していたとも言える。だからこそ今年こそは優勝をという気概をみせてほしいのじゃ」


 学園長とてたまには真面目になるのだ。

 

「さすがにこればかりはリーに任せるわけにはいかんの。こちらで用意しておこう」


「お願いしますわね」


 おじさんと聖女がハイタッチをした。

 

「ここまでするのじゃから必ず今年こそは優勝するのじゃぞ!」

 

 大講堂の皆が拍手でもって応える。

 美味しいところを学園長にもっていかれたおじさんであった。

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