第481話 おじさん大きなお友だちがはしゃぐのを見る


 アミラを伴って自宅に戻ったおじさんである。

 ただ戻る前に、スプリガンとも話をしておいた。

 

 現状としてダンジョンはとても安定しているそうだ。

 初級ダンジョンとして、少しずつ認知が広まっていることもあるだろう。

 

 魔技戦の本戦が終われば、上級生たちもこのダンジョンに潜るようになる。

 そうなっても大丈夫なだけの余裕も残っていた。

 

 諸々の点を確認した上で、おじさんは自宅に戻ったのである。

 

 おじさんが最初に足を運んだのは母親の部屋だ。

 母親の様子を確認しておきたかったのである。

 

 どうやら術式は正常に作動したようだ。

 魔力切れの影響で母親も熟睡している。

 

 規則正しい呼吸音を聞いて、おじさんも一安心である。


「お母様でもちょっとあの魔法は厳しかったですか。仕方ありません。次は空飛ぶ鉄拳の方を実装することにして……」


 そこでピコンと閃くおじさんだ。


「はう! も、もしかして変形合体式の方も作れちゃうのでは? ゲッチューとか、ゲッチューとか、ゲッチューとか」


 合体変形はロマンである。

 おじさんとてロマンを解する者。

 いや、幼き頃に触れられなかったことを鑑みれば、憧れは人一倍と言えるかもしれない。


 さらに夢が広がる。


 超電磁やら六人合体やらなんやら。

 一万年と二千年前から考えてみてもいいかもしれない。

 

 否――考えるべきである。

 だって、ロマンなんだから。

 

「こうしてはいられません!」


 決意を新たにおじさんは母親の部屋をでた。

 その足で地下の実験室に向かったのである。

 

 明けて翌日のことである。

 今日もいつものルーティンを繰りかえすおじさんだ。

 侍女と組み手をし、汗を流してから朝食をとる。

 

「お嬢様、お食事中に失礼いたします」


 すすすっと侍女が寄ってきて、おじさんの後ろに立つ。

 

「どうかしましたか?」


 カップをことりと置いて、おじさんが答える。


「はい。今しがたサムディオ公爵家から使いが参りまして、本日は学園にきていただきたいとのことです」


「……承知しました。きっと学園長がバーマン先生から情報を得たのでしょう。さて、どこまで話したものやら」


 おじさんは視線を母親にむけた。

 どうすると問うているのだ。

 

「そうねぇ……べつに構わないわよ。どうせ大型の魔物や超大型の魔物との決戦兵器にする予定だし。あちらも知らせておいた方がなにかと都合がよさそうだわ」


 母親の答えに目をむいたのは父親である。

 

「ちょっといいかな、ヴェロニカ。なにやら不穏な言葉が聞こえたんだけど。決戦兵器だとかなんとか」


「ん! かっこいい! どかーんとなる!」


 あまり要領を得ない発言をするアミラだ。

 

「どかーん……かっこいい……」


 弟と妹の目が輝いた。

 

「ね、ねぇ。リー?」


 ケルシーが恐る恐るといった感じでおじさんに声をかける。

 

「決戦兵器ってなに?」


「そうですわね……」


 と、形のいいおとがいに指をあてるおじさんだ。

 

「巨大な敵をなぎ倒す、巨大なゴーレムですわね」


「ゴーレム!」


 ケルシーの目も輝く。

 

「リーちゃん、昨日のあの魔法は改良できるの?」


 母親である。

 ブレストビームのことを言っているのだろう。

 おじさんは当然といった表情で首肯する。


「はい。威力と範囲を三割程度落とすことになりましたが、消費魔力をおよそ半分にまで削っていますわ!」


「しゅてき!」


 手を組んでうっとりする母親である。


「威力を落とした分は数で補おうかと思っていましたの。現状ではそれが精一杯ですわね!」


「なるほど。なら学園長に話をしておくのは数を確保する上でも重要ね!」


「ちょ、ちょっと待とうか。ヴェロニカ、リーちゃん、詳しい話をまずは聞かせてくれないかな?」


 父親は胃の辺りをさすっている。

 それを見たおじさんが胃薬をトンと父親の前に置いた。

 

「お父様。そう難しい話ではないのですわ。わたくしとお母様とトリちゃんで死霊魔法の術式を応用しただけですの。巨大なゴーレムに憑依して意のままに操るという術式ですわ!」


 父親は胃薬をひと息であける。

 美味しいね、と呟いてからおじさんを見た。


「……死霊魔法。ああ、そういえばアルテ・ラテンの百鬼横行パレードで倒したのがそうだったね……。巨大なゴーレムか……よし、実物を見ておこうかな」


 本来、魔法を応用するのも難しいことなのだ。

 だが父親はもう既にその点については諦めているのだった。

 

 こうして学園が始まる前に、おじさんによるプレゼンが行われた。

 

 大型の魔物や超大型の魔物の出現率は低い。

 そもそも魔物がどうやって発生するのかもわかっていないのが現状である。

 だが、いるのだ。

 

 時折、バカみたいに大きな魔物というやつが。

 近年では出現していないが、いずれは必ず現れるのだ。

 その魔物をどう倒すのか。

 

 これはこの世界に在る国にとっては大きな問題だ。

 大陸であれば近隣諸国との協力態勢を敷くこともできる。

 しかし、アメスベルタ王国は島国だ。

 

 せいぜいがエルフと協力するしかなかった。

 むろん大陸にも友好国はあるのだ。

 だが、さすがに海を隔てて援軍をというのが難しい。

 

 そのためアメスベルタ王国では、多大な被害をだしながらもなんとか魔物を倒してきた。

 大型や超大型の魔物への対策は、この国においてはかなり重要度の高い問題なのだ。

 

 とはいえである。

 もともとおじさんはノリで作っただけだ。

 大型やら超大型の魔物のことは、ちっとも考えていなかった。

 

 しかし、母親はちがったようである。 

 

 結果、諸々の準備をした後でダンジョンの実験場に首脳陣を呼んで、お披露目しようということになった。

 集まったのは両親に国王、宰相と軍務卿に学園長といつものメンバーである。

 そこにオブザーバーとして、アミラと建国王までいるのだ。

 

 そんな面子を相手に、おじさんはいつもの調子で説明する。

 

「では、お母様! お願いしてもいいですか?」


「まかせておきなさい」


 うきうきといった様子で魔法を発動する母親だ。

 その場で本体がぺたりと座りこみ、頭上に半透明の母親が出現する。

 

「これが霊体のみが離脱した状態になりますわ! お母様、魔人一号に搭乗してくださいな!」


『パイルダーオンね!』


 さっそく使いこなしている母親だ。

 魔人一号、昨日おじさんが作った巨大ゴーレムである。

 

 半透明の母親の姿が巨大ゴーレムに吸いこまれていく。

 そして、グググと身体を起こした。

 

「リ、リーや! なんちゅうもんを! なんちゅうもんを開発しとるんじゃああ!」


 学園長が珍しく口角泡を飛ばして叫ぶ。

 おじさんは学園長にニコリと微笑んだ。

 

「お母様、お願いします!」


『うん、あの魔法以外は使っても大丈夫なのよね?』


「はい。その試験も兼ねていますので」


『わかったわ!』


 人間と変わらぬ動きを見せる巨大ゴーレム。

 そのことに目が釘付けになる男性陣だ。

 

『とう!』


 母親が軽くジャンプをした。

 着地まで見事に決まる。

 

 だが、その弊害は大きかった。

 地響きと同時に砂埃が大きく巻き上がったのだ。

 

 だが、そこはおじさんたちである。

 素早く結界を張ってことなきを得た。

 

「お母様、空飛ぶ鉄拳を使ってくださいな!」

 

『ラジオ・コントロール・ぱあああああんち!』


 母親のトリガーワードとともに射出されるゴーレムの肘から先であった。

 肘の部分からはなぜか火を吹いている。

 

 それが目にもとまらぬ速度で宙を舞っていた。

 ごう、と音を立てながら。

 

 正確にはラジオコントロールではない。

 念動的な魔法でコントロールしているものだ。

 だがネーミングで迷ってしまったので、暫定的なものとしてそのままの名称にしたのである。

 

「お母様、ブレストビームを!」


 巨大ゴーレムがコクンと頷く。

 そして、宙を飛んでいた腕が戻ってきた。


『いくわよぅ。見的必殺! 灼熱の炎で敵を焼き尽くす! これで終わりだあああああ! ぶぅれすとおおおおお・びいいいいいいむ!』


 もちろん母親の言葉はおじさんの演出である。

 最も時間を割いて、母親に指導した甲斐があったというものだ。


 巨大ゴーレムから照射されるビーム。

 それはもう見学者たちの想像を超えたものだった。

 

「お母様、魔力に問題はありませんか?」


『ええ……ちょっと厳しいけどまだいけるわ』


「では、無理をせずに一度お戻りになってくださいな!」


『仕方ないわね!』


 と、半透明の母親が姿を見せる。

 同時に巨大ゴーレムの動きが停止した。

 

「ふぅ……随分とマシになったけど魔力をバカ食いするのは変わらないわね」


 おじさん特製の魔力回復薬を手に感想を漏らす母親だ。

 

「リー! ワシじゃワシが乗る! 術式を、術式をはよう!」


「むぅ。学園長、抜け駆けはいけませんよ。ご老体に無理をさせるわけにはいきません。ここは宰相である私が!」


「決戦兵器ってことなら、軍務卿であるオレがやらなきゃ話にならんだろうが!」


「ハハハ、諸君。私の娘が作ったものですよ。父親たる私が試さずにどうするのですか!」


「ぶわははは! 国王のことを忘れてはいかんぞ! 建国王陛下から続く、我が国の伝統。力なき者のたちの先頭に立ち、戦うのは我が使命なり!」


「陛下は前線にでんじゃろが!」


 異口同音に突っこまれる国王であった。

 

「ということで、ここはワシの出番かな。建国王として、いや、既に霊体となった身じゃ。魔法の講義をうけんでもいいからなのう」


「汚いな! さすが建国王陛下きたない!」


 どこまでもはしゃぐ男性陣である。

 皆は魅せられてしまったのだ。

 

 そう――ロマンに。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ大人たちを優しい目で見守るおじさんだ。

 それは同好の士を見る目であった。

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