第480話 おじさんと母親は新しい魔法を試す
翌日、早朝の学園長室である。
男性講師は昨夜の報告をしていた。
「……ということですー。悪戯だったということで合意は取れていますのでー。それでお願いしますー」
男性講師の報告を何も言わずに聞いていた学園長だ。
白鬚をしごきつつ、心ここに非ずのようである。
「……あい、わかった。あちらとしてもその方が都合いいじゃろう。ここは悪戯だったということで処理しておこうかの」
学園長の言葉にホッとひと息つく男性講師だ。
経験上、こういう内密な話はトップにとおしておくべきである。
事が露見したときに大変なことになるからだ。
「ロザルーウェンか……確か『猛き王虎』が拠点にしておったのう」
猛き王虎は冒険者のパーティーだ。
緑の古馬と並んで有名なベテランである。
特に新人育成に定評があるパーティーだ。
「随分と鍛えてもらいましたからー。ちょうどいいかとー」
「うむ。ならばよし! ところでのバーマン卿。ヴェロニカとリーが使っておった魔法のことなんじゃが」
「わかりませんー」
先手を打つ男性講師であった。
すげない一言でバッサリと切る。
ここで私見を答えようものなら、いつ部屋をでて行けるのかわからない。
魔法談義が始まってしまうからだ。
男性講師とて魔法談義は嫌いではないが、さすがに昨日の今日では眠いのである。
「では、後は学園長にお任せしますー」
そそくさと学園長室を後にする男性講師であった。
昨夜、帰宅したおじさんと母親はずっと魔法の術式を改造していた。
満足のいく結果がでたのは、家族が朝食をとるという時間帯である。
本日の朝食は中華がゆだった。
おじさんと母親のことを慮ったのだろう。
料理長の気遣いが見えるメニューだ。
ちょっと物足りなさを感じる弟妹たちには、朝からオーク肉の角煮饅頭が追加で用意されているのが心憎い。
おじさんは学園を休むことにして仮眠をとる。
あまり寝てしまっては、夜に影響するのでお昼には起きる予定であった。
「……お休みなさいませ」
侍女に見守られながらベッドに入り、目を閉じるとすぐに眠くなるおじさんだ。
前世ではなかなか眠れないことが多かった。
布団に入っても一時間、二時間と眠れない。
それが今やすやぁと眠れるのだから素晴らしいと思う。
これが若さというものだろうか。
「ふわぁ」
目を覚まして、愛らしいあくびをするおじさんである。
「おはようございます、お嬢様」
侍女はベッドの側で本を読んでいたようである。
ぱたり、と本を閉じておじさんに笑みをむけた。
「おはようございます。お昼頃かしらね」
カーテン越しに入ってくる陽の明るさから、そう判断した。
「ちょうどいい時間帯でしょう」
侍女に手伝ってもらいながらジャージ姿になるおじさんだ。
ぼけーとしていてもお人形さんのように愛らしい。
「まずはお茶でもいかがですか?」
「……お願いします」
ベッドの中で目覚ましのお茶をいただくおじさんだった。
「さて、そろそろ食堂へむかいましょうか」
お茶を飲んで、すっかり目の覚めたおじさんだ。
そこへ母親が入室してきた。
「リーちゃん! スゴいこと思いついちゃったの!」
侍女が母親用にもお茶を用意する。
この勢いだと、しばらくは話に夢中だろう。
「……なるほど。それは面白いですわね!」
「でしょう! 昼食をとったら試しに行きましょう!」
「そうですわね!」
本日のメニューは町中華三点セットだった。
しっかりと昼食をとるおじさんと母親である。
食後にはアミラを伴って、ダンジョンに移動した。
以前、母親は巨大なゴーレムを作ったことがある。
おじさんが、ガンガルと評したあれだ。
巨大すぎてタウンハウスの一部を壊してしまった。
しかし、ダンジョンならば問題ない。
アミラの協力を得て、おじさんたちは実験空間を作ったのだった。
巨大ゴーレムは母親の夢のひとつである。
それを自在に操りたい。
だが、母親ほどの技量があっても無理だったのだ。
そこで活路を見いだしたのが死霊魔法である。
魔物の死体に憑依して自分の身体のように操るという魔法だ。
この魔法を応用すれば、ゴーレムに憑依できるのでは、とおじさんと母親は考えた。
霊体のみを取りだすというのは、その前提のようなものだ。
一晩、二人はあれこれと考えた。
もちろんアドバイザーとなるトリスメギストスも喚んだ。
そして、ついに完成したのである。
ゴーレムに憑依する魔法が。
おじさんは今、せっせと巨大ゴーレムを作っていた。
土の魔法を使って、ゴーレムを作るだけなら造作もない。
だが、それでは満足のいくものができるかわからないのだ。
なので、おじさんは一般的なゴーレムと、特製のゴーレムを用意することにしたのである。
「ほおん。面白いわね、そのゴーレム」
母親はおじさんが作るゴーレムを見て目を細めている。
一気に全体を魔法で作りだすのではない。
各パーツごとに作っているのだ。
膝や肘にあたる部分は球体関節を採用している。
さらに足と腕をジョイントする部分も、しっかり動かせるような仕様になっているのが特徴だ。
もちろんちょっとしたおじさんの遊び心も入っている。
鉄人にしようか、海の巨人にしようか、あるいはガンガルの本家にしようか。
色々と迷った結果、おじさんは魔人のデザインにすることにした。
「できましたわ! パイルダーオンですの!」
「パイ……? なんだかよくわからないけれど、うん、なかなか格好いいじゃない!」
おじさんの作ったゴーレムを見て、母親もニッコリである。
「お母様、準備はよろしいですか?」
「もちろんよ! しっかり術式は頭に入っているから」
「アミラ! 部屋の強度を最大にしておいてくださいな!」
「ん! 魔力!」
両手をあげてねだるアミラだ。
「お好きなだけもっていきなさいな」
いつものやりとりをして準備万端である。
「では、お母様。最初は一般的なゴーレムから試してくださいな」
「動きがどれだけ変わるのか見ておくのね!」
と、母親の身体から霊体が飛び出る。
そのままふよふよと一般的なゴーレムに憑依した。
『やったわ! リーちゃん、成功よ!』
ゴーレムがグググと動きだした。
ただし、その動きはぎこちない。
『んーちょっと反応が悪いというか、思いどおりには動かせないわね。ちょっとコツが必要かしら』
そう言いながらも、ゴーレムが元気に走っている。
ドスンドスンと地響きを立てて。
ちょっとシュールな光景であった。
「どうですか、アミラ?」
「ん! ちょっと気持ち悪い」
正直なアミラであった。
「お母様、そろそろ特製のゴーレムに乗り換えましょう!」
「わかったわ!」
途端に走り回っていたゴーレムが停止する。
半透明の母親が抜けだし、おじさん特製のゴーレムに憑依した。
「パイルダーオンですわね!」
うしししと笑うおじさんであった。
『あ! リーちゃん、こっちのゴーレムはスゴいわ!』
とても動きやすいのだろう。
もはや人間と変わらない動きをするゴーレムだ。
『あははは。こんなに動かせるなんて楽しいわ!』
「お母様! ブレストビームと!」
『なに? ブレストビーム?』
母親が憑依するゴーレムの胸部が光った。
数瞬してから、
もちろんおじさんが仕込んでおいたものだ。
「姉さま、結界!」
顔を真っ青にしたアミラが指示をだした。
おじさんも慌てて結界を張る。
もちろん魔力吸収型のものだ。
「これは予想以上ですわね! さすがお母様!」
きしむ結界。
そこに魔力を注ぎこむおじさん。
一瞬でも気を抜けば、結界が崩壊しそうだ。
さすがにダンジョンでもぶち抜いてしまうだろう。
『リ……リーちゃん……これスゴいけど……魔力が……』
かくん、とうなだれるゴーレム。
それと同時に
魔力の消費量が多すぎたのだ。
さすがの母親も耐えきれなかった。
術式に組みこんでいた安全装置が作動して、強制的に憑依が解除される母親だ。
「ううーん。もう少し魔力の消費量を抑える必要がありますか」
顎に指をあてて考えこむおじさんである
「姉さま……」
「ん? なんですの、アミラ」
「使っちゃダメ!」
アミラにダメだしされる、ろくでなしおじさんであった。
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