第479話 おじさん母親に振り回される


 深夜の学園である。

 旧学舎の噴水前。

 月明かりに照らされる二人の人物がいた。

 

 男性講師とメーガンである。

 陰鬼の特殊空間から抜け出てきたのだ。

 

「さて、どうなるかなー」


「ねぇ……パーヴォ。リーちゃんのお母様ってきれいすぎない? それに若すぎない?」


 訝しむメーガンであった。


「え? そりゃあ……おきれいだったと思うー」


「だって、リーちゃんを産んでいるのよ。そこそこの年齢……ぶはあああ!」


 強制的に魔法で黙らされるメーガンであった。

 藪をつついて蛇を出した結果である。

 

 母親イヤーも地獄耳なのだ。

 

 一方でおじさんたちは旧学舎の屋上にいた。

 霊体である以上、移動に制限はないのだ。


 悲鳴をあげた後に気絶してしまった不審者を見下ろしながら、おじさんは聞く。


『お母様、なにをやっていますの?』


『ちょっとこの状態で魔法が使えるかどうか試してみたのよ』


『結果は……聞くまでもありませんわね』


 プスプスと煙をあげているメーガンが、おじさんの目に入ったからである。

 

『この不審者の正体を暴いてしまいましょうか』


 まだ学舎の上で倒れている不審者。

 その顔にはなんだか見覚えがあるような……とおじさんが考えこむ。

 

『んん? どうかしたのリーちゃん?』


『なんだか見覚えのあるようなないような……』


 首を傾げるおじさんであった。

 

『じゃあ、あの二人に確認してもらったら?』


 母親の提案に頷き、おじさんは短距離転移を発動させた。

 ガレット・デ・ロワのときに引き寄せをしたのだ。

 その応用で男性講師とメーガンの二人を屋上に転移させる。

 

 どんどん進化するおじさんであった。

 

『あら? 便利ね、その魔法!』


『最近できるようになりましたのよ』


 おじさんも自慢気である。

 

「ええと……」


 いきなり転移させられて状況が飲み込めない男性講師。


『バーマン先生、あちらの不審者に見覚えはありませんか?』


「ん? ああ? あれは……」


 はぁと大きく息を吐く男性講師だ。

 

「なにしてるんだよー」


 胃の辺りをさする。


『ご存じなのですか?』


「ご存じも何も……こいつは殿下の取り巻きだった……」


『ああ! 思いだしましたわ、赤ですわね!』


「そこは名前でー呼んでやった方が……」


『赤ですわ!』


 そう。

 おじさんは髪色で認識していたのだ。

 だから名前は知らない。

 

「はうあ! おばけ!」


 赤が気絶から復帰したようである。

 そして、おじさんと母親を見た。

 

「ぎゃああああ! おばけええええ!」


 再び同じセリフを吐いて、白目をむく赤である。

 話が進まないので、おじさんが気つけに電撃の魔法をくらわせた。


「ああーばばばばっばばば!」


『これでお話ができますわね。何をしているのです、赤』


「う……お化けじゃなくて。リー……様。それに先生も」


 状況を把握した赤である。

 

『何をしているのです、と問うていますよ』


 赤はおじさんの言葉に直立不動になった。


「ほ、報告します! 私はここで学園の生徒の悩みを解決しようとしておりました!」


 その答えに目を細めるおじさんだ。


『なぜ、そのようなことをするのです?』


「罪滅ぼしのためであります! 私は本来なら死罪となってもおかしくありませんでした! ですが陛下を初め、諸侯の寛恕によって生かされております!」


 赤を見るおじさんだ。

 どうにもあれから変わったらしい。

 あれだけおバカだったのに。

 

「ですから! もう学園の生徒ではありませんが、私と同じ道に同朋たちが進まぬように、ここで悩みを解決しようとしていたのであります! 全部失敗しましたが!」


 まぁおバカであることに変わりはない。

 そんなことがしたいのなら、素直に学園側に話をとおすべきだ。

 とおらないかもしれないが怪文書をばらまき、深夜に学生を呼びだすことを考えればマシだろう

 

『……他の者たちはなにをしていますの?』


「報告します! 王都を追放された後、私たちは冒険者として国中を転々としていました!」


 彼らは冒険者としてがんばっていたのである。

 駆け出しの小僧どもはそこで教育されたのだ


 プライドを折られ、自らの実力という現実を見た。

 否、嫌でも見なければ生きてこれなかっただろう。


『なぜ、王都に戻ってきたのです?』


 おじさんが気になったことを聞く。


「報告します! 三ヶ月ほど前、我が家の祖母が他界しました。その報せがあったため、私だけ王都に戻ってまいった次第です」


『なるほど。お悔やみ申し上げますわ。で、このことを王都のご家族はご存じですの?』


「え? ……知らないです」


 赤の顔から血の気が引いていく。

 どうやらマズいことになっていると理解したようだ。


『状況は把握していますか?』


「もしかして……」


『赤、アウトですわよ! タイキックではすまないくらいの』


「はわわわわ! ど、どどどどーしたら!」


 あわてふためく赤を見て、おじさんは静かに首を横に振る。

 

『バーマン先生……どうなさいますか?』


 男性講師は深い息を吐いた。

 それはもうとても重いものである。

 息に質量があれば、旧学舎の屋上を貫通するほどだったろう。

 

「正直に話すかー。あるいは悪戯だったとしてーなにもなかったことにするかーの二つだなー」


 前者の場合、赤はさらなる罰を受けることになるだろう。

 下手をすれば騒乱の罪に問われるような内容だ。


 あの中二がかった言葉がよくない。

 真意はどうであれ、復讐を手伝うことを肯定しているから。


 後者はなにもなかったことにする案だ。

 ただし、そのためには母親とおじさんが協力する必要がある。


 男性講師とメーガンにとっては後者の方が楽かもしれない。

 なにせ、なかったことにできるのだから。

 前者の案なら蜂の巣を突いたとまではいかなくても、色々と問題になる。

 

 さて、どうしたものかと悩む男性講師だ。

 事の成り行きを見守る赤だが、ガクガクと膝が震えている。

 

 おじさんはあくびをこらえていた。

 メーガンはプスプスと煙をあげている。


『つまらないわ!』


 そこで空気を変えたのが母親の一言だった。


邪神の信奉者たちゴールゴームみたいなのがいるのかと思っていたら、なんなのこれ!』


「はう! 邪神の信奉者たちゴールゴームじゃなくて申し訳ありません!」


 赤が母親にむかって敬礼をする。

 

『ああん?』


 ぎろり、と母親がひと睨みした。

 その瞬間、赤の股間の色が変わる。

 じゅんじゅわぁと液体が漏れたのだ。

 

『リーちゃん、帰るわよ』


『そうですわね』


 マイペースな母と娘であった。

 

「なかったことにしてもよろしいのでしょうか?」


 男性講師が慌てて声をかける。

 

『好きになさいな。私は興味ありませんから。リーちゃん、帰って術式検討の続きをしましょう』


『はい、お母様。というわけですから、後はバーマン先生の裁量でお願いしますわ。あ、そうそう。メーガン先生には明日、いいものを見繕っておきますから』


『リーちゃん! 行くわよ』


『では、お休みなさいませ』


 おじさんと母親の姿が希薄になっていき、その場から消えてしまう。

 

「あ、ああ……」


 その瞬間に赤が膝から崩れ落ちた。

 安心したのだろう。

 

「軽率なことをするとーどうなるかわかったかー?」


 コクコクと頷く赤である。

 

「いつ他のヤツらと合流するんだー?」


「明後日には王都を出る予定でした」


「わかったー。悪戯だったってことにするからー。もう二度とやるなよー」


 緊迫した状況だが間延びした男性講師の話し方のせいで、いまいち緊張感がでない。

 

「あざすざす! バーマン先生、あざすざす!」


 何度も頭を下げる赤である。

 

「他のヤツらにも言っとけよー。王都には怖い人がいるんだから戻ってきても調子にのるなーって」


「わかりました!」


「まったくー! バカなのに行動力だけはあるのがなー」


「ば、ばかって……」


 絶句する赤である。


「もう生徒じゃないからなー。遠慮しないぞー。お前らーフィリペッティ領のロザルーウェンに行けー。オレからの紹介だって組合にこれを見せろよー」


 と、一枚のメダルを赤の方に弾く男性講師だ。

 不敵な笑みをうかべて、男性講師が言う。

 

「そこに行ったらー、ちょっとはマシになるだろー」


 なんだかんだで面倒見のいい男性講師であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る